代々木その2(42停止目)

 

天使。やさしい心で、人をいたわる人。

そんな天使のように優しいかどうかは分からないけど、少なくとも僕にとっては
天使のような人で、柔らかな笑顔が素敵な可愛らしい女の子が僕の初恋の相手だった。

一学期末テスト一日前、欠点の教科を5つも抱えている僕は、夜更かしの上、慣れない早起きをし
朝一番に教室で優等生ぶってテスト勉強をすることを決意した。
どうせ起きれないだろうと決め込んでいたけど、思いの外起きたのは5時半と
自分でも吃驚するほど早く、のんびり朝の支度をして、寄り道して学校に通っても
十二分に勉強する時間が出来るくらいだった。
7時前。皆は恐らくめざましテレビの星座占いでも観て今日の
テストの運勢を占っているであろう時に僕は教室の前にいた。
職員室で手に入れた教室の鍵を使ってみる。当然のごとく、扉は開いた。
窓という窓を全て開けてみる。ほんのわずかに肌寒さを感じたものの、とても心地よい風が
教室中に一斉に吹き込んだ。
黒板消しを綺麗にし、机を綺麗に並べてみる。別に意味はない、なんとなくやりたかっただけ。
すると何を思ったのか、僕は床に寝転んでそのまま寝てしまったんだ。

別にそのまま寝過ごしてってわけでもなく、ちゃんと起きて勉強したから難なくってほどでもないけど
テストは何とかなった。でも僕はこの奇行のおかげで、慣れない勉強をひたすらに頑張ってもどうにもならない
問題を一つ、抱えてしまうんだね。

7時半過ぎに、僕は目を覚ました。

全開だった窓が半開きになっていて、ひとつの席だけイスが少しだけ動いていた。
どうやら僕以外にも生徒が来ているみたいだった。
なんとなく寝たふりでしばらく過ごして、生徒の様子をみようなんて馬鹿な考えを思いついたけど
なんだか卑怯な気がして、僕は床から自分の席へ戻った。
鞄の中から、大切なところに線が引かれた、というよりなんとなく汚されたって言い方の方が
しっくりくるような歴史の教科書が露にされた。昔から要点をまとめるなんて作業は苦手だったんだ。
汚れた教科書を使ってお偉いさんの偉業の暗記に四苦八苦をしていると、戸をガラガラと
引く音が聞こえた。僕の他の、もうひとりの生徒らしい。
短い髪の似合う、着崩されてない制服がピッタりの、背はちょっと低めの女の子だった。
ただ、入学して数ヶ月しか経っていないものの、自分のクラスにはそんな子がいないことを知ってたし
たまに見回りに来る先生に見つかると何を言われるか分かったもんじゃないのも知ってたけど
なんだか、その子を教室から追い出そうとは思わなかった。

教室に続く慣れない沈黙に少し嫌気がさして、僕はなんとなく彼女に声をかけた。
「どこのクラス?」
本当にどうでもいいこと。無視されるかなって思ったけど、彼女は明るめな声で答えた。
「C組。誰もいなくてさ、寂しかったんだよね。」
凛として、それでいて涼しげな感じの心地良い声だった。彼女は話を続けた。
「それで、ちょっとトイレ行こうかなぁって教室出たら君が寝てたわけ。
 可愛いね、君。鼻つまんでも起きないんだもん。」
すると彼女はクスクスと笑った。笑った女の子が可愛らしいなんて思ったのは、この時が初めてだった。
「いつから寝てたの?テスト大変だよね〜。今日は何の教科?」
一方的な質問攻めを受けるのも、全然苦じゃなかった。質問を受けながら思ったけど、彼女はよく喋る子だ。
気づくと僕らは、それから八時十五分のチャイムが鳴るまでずっと喋り続けてた。
彼女と話していると一々が楽しくて、彼女の顔を見てるとなんだか心が和むんだ。

出し抜けに僕は彼女にあることを聞いてみた。聞かずにはいられなくなった。
「やっぱり誰かと付き合ってたりするのかな?」
明らかに前後の会話と繋がってなかったし、不自然過ぎて、言った後に少し後悔した。
少しの沈黙の後、彼女からの返答がきた。
「う〜ん・・・ないなぁ。男っ気ゼロっていうのかな?あんまし男の子に好かれないみたいなんだ。」
この言葉を聞いて僕は安堵した。そしてそれよりも、今後の会話が崩れないかを心配した。

このときの後悔や安堵や心配を、当時の僕はイマイチ理解出来ていなかったみたいだけど
時間が過ぎてみるとはっきり分かるもんなんだね。

僕はこのとき、彼女に恋をしていた。

 

なんて妄想してたらめちゃくちゃ時間が過ぎてたんだよね

内容こそチラシの裏でやれって感じだけど、これ書いたあとに
時間とまんねぇかなぁって結構マジに思ったんだ。オナニーに近い感覚なんだよね

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