闇鍋その2(44停止目)

〜もしも時間を30秒止められたら〜 住人に捧ぐ

「私の場合」
県立高秀(こうしゅう)高校3年 香深(かふか)茜

私にはあたり前でも、他の人には出来ない事があるというらしい。
それは、時間を少しだけ止めるということ。
だいたい30秒くらいかな、正確な時間はわからない。
初めてその事を知ったのは、確か幼稚園の運動会か何かだったと思う。
かけっこで足の速い子がいてどうしても追いつけなかった時に
「時間が止まれば」と思ったら本当に止まったんだ。その時のビデオも残っているから
当時はみんなビックリしていた。そりゃそうだよね、その瞬間だけみんなの時間が
ストンと無くなっちゃうんだから。それでも最初は面白がっていたけれど、
すぐにそれが普通じゃあないって気が付いた。小さい頃の私にもわかった事なんだから
やっぱりこれはおかしい事なんだ。
もしかしたら他の人もできるのに私しかやらないってだけなのかも知れないから、
私はこの時間を止める力を使わないようにした。だって皆そうしているはずだもん。

「俺の場合」
県立高秀(こうしゅう)高校3年 峰浜(みねはま)裕也

何で他の奴にはわからないんだろう、って思うことがいっぱいある。
体格に恵まれなくってもスポーツで負けたことなんか殆ど無い。
バスケだって相手の少し先の動きを見ればディフェンスの方法があるし、
剣道だって相手の狙いがわかれば先手を打てる。
「そうしてお前は先の事がわかるんだ?」って聞く奴の多い事多い事。
ばーか、お前らだって見えてるだろ?30秒くらい先のこと。
実は見えていても見えない振りしてるとかコツがわからないだけなんじゃねーの?

「私の場合・2」香深(かふか)茜

私、恋をしたのかもしれない。同じクラスの峰浜君。
背が大きいわけでもないし頭が良いわけでもない。スポーツがすごいけど
それが格好良いわけでもない。峰浜君本人が気になる感じ。
だけど、誰にも言えない。だって峰浜君、クラスの女の子にモテるもん。
変な事しか出来ない子なんて相手にしないよね、普通。
でもちょっとだけいたずらしちゃおうっと。
授業中に時間を止めて峰浜君の開いているノートの端に
『おいっす〜』って書いてみた。で、急いで席に戻って時間よ、動け。
どうかな、うふふ。

「俺の場合・2」峰浜(みねはま)裕也

授業中のセンセーの話はいい子守唄だ。
先読みできるから俺が言い当てられる直前でぱぱっと調べておけば良い。
社会の杉本がお休み中の俺をそろそろご指名か?
問題は長崎に落とされた原爆の名前ねぇ・・、長崎の原爆・・と。
「じゃあ峰浜には長崎に落とされた原ば・・」
「ファットボーイ」
あっさり答えた俺に杉本は引き笑いをうかべている。
そりゃそうだ、速押しクイズみたいな展開だもんな。
教室ではどよめきが起きる。「かっこいいねぇ〜」と後ろの席の松法(まつのり)。
そうやってセンセーを軽くあしらって遊んでいると、オレのノートにいきなり
女子の文字で『おいっす〜』とか出てきやがった。なんじゃこりゃあ!
思わず立ち上がり、足からませて松法にバックヘッドバッドを決めそうになる。
悪い松法、悪気は無いんだ。

「私の場合・3」香深(かふか)茜

峰浜君にしかけたいたずらはとんでもない方向へいっちゃった。
いきなり立ち上がったと思ったら、突然自爆して転んで松法君に頭突きしちゃうんだもの。
先生もびっくりして「何やってんだお前ら?」って松法君まで巻き込んじゃって・・
あー面白い、でもやりすぎたかな。
次の国語では峰浜君の手にしている教科書を数学の教科書に持ち替えてみた。
もうだめ、止まらない。このいたずら楽しすぎる。
エスカレートしていく自分が怖い。ばれちゃった時が怖い。
けど、止められない。

「俺の場合・3」峰浜(みねはま)裕也

さっきの女文字は何だったんだろう?俺の予想以外のことが起きるなんて
多分生まれて初めてなんじゃないかってぐらいだ。あー、ちくしょう。
しかも次の国語じゃあ、いつの間にか数学の教科書を開いていたりする。
薄気味悪い。
薄気味悪いと言えば香深が面白い手品をやっていた。
何も握っていなかった筈の手からチョークや消しゴムを次々出していたな。
俺の消しゴムで披露されたから覚えているが、あいつはどうやったんだろう?

「私の場合・4」香深(かふか)茜

休み時間に峰浜君が声をかけてきた。
「この前やった手品を教えてくれ」って、真剣な顔で。
教えられないでしょ、こんなの。どうやって答えればいいのかな。
とりあえず「時間を止められれば簡単だよ?」って
本当の事を言ってみた。そしたら峰浜君、社会のノートを見せてきたの。
「お前の字、こんな感じだったような気がするんだけど?」だって。
どうしよう。時間が止められるんだ、なんて言うべきか言わざるべきか。

「俺の場合・4」峰浜(みねはま)裕也

直接香深に聞くのが手っ取り早いだろう。そう思った俺は休み時間に
図書室に向かう香深を呼び止め、この前の手品の種明かしを尋ねてみた。
「時間を止められたら簡単」って言ったが、そんな簡単に止められるはずも無い。
俺はおもむろに社会のノートを香深に見せて言ってみる。
「お前の字、こんな感じだったような気がするんだけどさ。俺のノートに書いた?」
まさか、な。
おい、香深?何戸惑っているんだ?おーい?
仕方が無いから先読みをしてみる。…おいおいおいおい、冗談じゃねーぞ。
また先が読めない。と言うか、香深絡みの時だけ見えなかったり
見づらかったりする。
…こいつ、何者だよ?

「私の場合・5」香深(かふか)茜

「あ、ばれちゃった?」
思い切って峰浜君に本当の事を打ち明けてみた。
最初は目が点だった峰浜君も、
目の前で消えて見せて(実際には時間を止めて背後に回っただけなんだけどね)
信じてもらえたみたい。そしたら峰浜君、面白い事を言い出すの。
「少し先の事とかもわかるのか?」って、そんな超能力あるわけ
無いじゃない。峰浜君には見えるものが私には見えなくて、
私にはできることが峰浜君にはできなくって。
そんな事があってから、峰浜君とは割と親しく話せるようになっていった。

「俺の場合・5」峰浜(みねはま)裕也

香深が超能力者だったって、なんてオチだよ。
そーゆうのは深夜のアニメで充分だっていうのに、事も無げにいきなり
俺の背後に瞬間移動しやがった。その割には先読みのできない
ドン臭い奴で、たまたま一緒に帰った道でふざけて瞬間移動したら
見事にドブに足を突っ込みやがった。
だから先に言っておいただろうが。
しかし意外と面白い奴だな、香深は。

「二人の場合」

それからその二人がどうしたかって?
・・さぁ、私にはわかりませんよ。
ただ巷では最近、妙な噂を耳にするんです。
いえね、何でも超能力者コンビだとか。
何がどう凄いって言われても私は見たこと無いですがね。
バイクの引ったくりに二人乗りの自転車で追いついたとか、
誰もが起きるとは思わなかった事故で見事に救助していたとか、
知らない人はいないくらいの有名人だそうです。
どこに行けば見れるって・・言われてもねぇ。


      終

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