飛入男(44停止目)
第三回短編大会投下作品
グラン・ギニョル
「突然だけど、『次の』キミは死ぬことになった」
なんて―――荒唐無稽なことを言われた私ではあったけれども、それが『彼』の決めたことならば何もおかしなことではないと、即座に悟った。
「……驚かないね」
「……ええ」
だって、驚いたところで変わるはずも無い。
それは、すでに決められたことだから。
過去、死ぬはずだったところを何度も救われた。
反面幾度となく、誰とも知らない相手からレイプされたし、何度も傷つけられた。
何度も誰かを殺したし、何度も誰かに怯え、何度も誰かを愛し。
そして、何度も……幸せになった。
それらはすべて『決められていたこと』だから。
だから、死ぬこと自体は意外ではなかった。
むしろ遅すぎたとさえ、そんな風に。
「貴方が、決めたことですから」
と、受け入れた。
「うん。まぁ、驚かないのはいいさ。
そのほうがボクもやりやすい」
「いつです?」
問う。それは疑問ではなく、ただの確認。
「そうだね。今日中。2月14日が終わるまでに。
そういうシナリオで考えているんだけど、どうかな?」
「…………」
どうかな、なんて訊かれても困る。
私には決定権なんてないし、反対するだけの権限すらもない。
「……じゃあ、出番を待っててくれ。
……今回のキミは だ」
彼が何を言ったのか。
私には聞こえなかった。
そしてそれは、聞こえたところで意味のない言葉だった。
……だってどうせ、私はあと2分以内に死ぬのでしょう?
私が死ぬまでに1分を切った。
正確には1分以内に必ず死ぬ。
加速した思考では並列に物事を考えることが出来る。
だから、死に至る一瞬で一生を振り返ることが出来る『走馬灯』なんてモノが成立するんだ、と。
時計を意識するほら、まだ1分ある。
1秒未満の思考でも結構なことを考えることが出来るのだな、なんて。
我ながら感心する。
……いつも、彼に決められたことを遵守するだけで、凡そ『思考』や『自意識』とは無縁の私が。
そういえばつい54分ほど前にも『彼』の分身がこんなことを言っていた気がする。
「常にルールを守るだけならよくしつけられた犬と同じだよ。言ってるだろう、俺は人間なんだ」
私は犬ですらない。
機械だった。
……時計を見る。まだ59秒ある。
加速した思考は素晴らしいね。これを維持することが出来るなら、2分でフェルマーの最終定理だって証明できる。
誰かが一生掛けても成し得ないこと。
それを成し遂げることが出来る可能性を秘めた60秒が私にはある。
……いや、あと59……58秒で死んでしまうから、2秒ばかり足りないのだけれど。
勿体無いことを、したかな?
なんて思う。
彼の決めたことに従わず、我侭に生きていたら、私には……私の人生には価値があったかな?
彼に従うだけでも充分、十二分に価値があったはずなのに。
そんな風に――――考えてしまう。
だってほら。
思考するのが、こんなに、楽しい。
それにしても今回の素材はよく耐える。
……なんて言葉が聞こえた、気がした。
加速した私の思考。
新しい言語を生み出したり、宇宙の一生をシミュレートしたりでもまだまだ余りあるかと思ってた。
それでもようやく……さて、あと1秒で2月14日が終わる。
さようなら、私の人生。
あと1秒の私の人生。
彼に決められ続けた人生の最後。
ただひとつ、私が私で決めたこと。
「彼が……貴方が、好きだ」
きっと私は、最初から『彼』にこう言いたかったのだろう。
だから従い続けたし、創作されたキャラクタという立場に甘んじた。
でも言葉にしちゃったから、もうお終い。
時間はあっという間に過ぎ去っていく。
加速した思考でも追いつけない。
ああ、せめて、あと30秒。
……30秒時間を止めることが出来たなら。
思考の中で、私は彼と幸せになれるのに――――
カチリ。
刻む秒針の音が響き、慟哭。
やがて閉幕。
……すべては物語。
演じられた舞台には幕が降り、『せめて30秒』と泣いた彼女も舞台裏で一息ついて―――笑っている……はずだ。
死すらも、今際すらも、演技。
本当の気持ちなんて、どこにもない虚構。
観覧席。幕の降りた舞台を眺め続ける男が一人。
小さくて、小さくて、震えている肩すらも、遠目には判然としない。
やがて照明も落ち、暗闇。
舞台には幕。
男は一人、取り残される。
彼女に残酷を決定したのは誰か。
グラン・ギニョルが幕開ける。
[開幕]