シュガーその3(33停止目)

 

俺は学校の屋上から、自分の住んでいる街を見下ろしていた。
何も考えずに……考えられずに、ただぼーっと眺めていた。

「やっぱりここにいたぁ〜」

聞き慣れた声が、俺の後ろから聞こえた。
背の低いその声の持ち主は、俺の隣りに座ると、雲を掴む様に伸びをした。

「こんなとこに居ていいのかよ……おばさん心配するぞ」
「大丈夫だよ? お母さんにはもう話してあるし」

そう言って、俺の背中を叩いて来た。
本当は全然痛くなかった……でも、俺は大袈裟に悶えてやった。

「ぐあっ!! いきなり叩くんじゃねぇぇぇ!!」
「なにお〜!? 辛気臭い顔してるからだぞ!」

くすくすと笑う顔は、いつもと変らない、友希らしい笑顔だった。

「いや〜、しかし来年は受験生だね。刻は進学するの?」
「ん?いきなりだな……そうだなぁ――」

それから、これからの事や、小さい頃の事、将来の夢なんかを話した。

気がつけば、空は茜色にそまっていて、辺りは少し肌寒くなっていた。

「ねぇ、最後に一つ聞きたい事があるんだ……
もしボクがいなくなっても、刻は友達でいてくれるかなぁ?」

精一杯の笑顔……その瞳からは涙がこぼれていた。

―前日―

目覚ましがなっている。今日は一人で起きれたみたいだ。

「ふぁ〜…ん?…また布団落ちてたか」

布団をベッドに戻して、リビングに向かう。

「お母さんおはよ〜!」
「あら珍しい。今日は一人で起きたのねぇ」
「むぅ…失礼な! まるで寝坊の常習犯みたいじゃないですか!」
「みたいじゃなくて常習犯でしょ? 早く学校の準備しちゃいなさい」

お母さんは笑いながら、朝ご飯の準備を続けていた。
でも、ボクが部屋に戻る時
「良かった……」
と言っていたのは、聞こえなかった事にした。

「いってきます!今日は早く帰ってくるよ」
「いってらっしゃい。車に気をつけてね」
「ん? ボクは幼稚園児か! ふぇ……今日急に雨が降るから気をつけてね」
「あらそう……ありがとうね。いってらっしゃい」

そんな他愛も無い会話をして、ボクは学校に向かった。

 
ボクこと小野友希(おの ゆき)にはちょっとした秘密がある。
すこしだけ『未来』を見る事が出来るんだ。
と言っても、自分で見ようと思っても見えない。
朝、雨が降る事が『見えた』ように、突発的なものだ。
……それに、負担が大きくて長生きは出来ないみたいだし。

「ボクのモットーは太く短くだ!」

つい頭で考えてた事が口に出てしまう。回りの人の視線が痛い。

(ふぇ……恥ずかしいよぉ……ん?)

見覚えのある生徒が、校舎に入って行く。

「……あの遅刻魔がちゃんと来てるぞ!? 富士山が噴火するんじゃ……あわわわ」

その遅刻魔は、同じクラスで幼馴染みの、谷口刻(たにぐち きざむ)
彼もまた、特別な力を持っている。
どんな力なのかはボクも知らない。

「この力は、多分一生使うことはないよ」

小さい頃、寂しそうに言っていたのを覚えている。
それから、ボクと刻は一緒にいる事が多くなった。
刻の事が気になりだしたのも、多分その頃からだ。

「おーい! ちょ…ちょっと刻! 待って――」

走ろうとした時、目の前が歪んだ。
立っていられない目眩に襲われ、その場にうずくまる。

「頭が……痛い……」

目を閉じても見えるそれは、お父さんが『死ぬ』未来を見たと同じ感覚。
そして写し出されたのは、残酷で鮮明な、未来の断片だった。

「嘘だ…こんなの…いやだ…!」

歪みが消えたと時に、体が地面に吸い込まれる感じかした。
そこで一度、ボクの記憶は途絶えた。

早起きは三文の徳だというが、徳なんか一つもない。
むしろ、眠さでだるくなる……マイナスじゃねぇか!

「おはよう刻〜。今日は珍しいな?なんかあるのか?」
「いや、たまたま目が覚めたから……ちんこを揉むな」

この変態は澤田友広(さわだ ともひろ)俺と友希とは幼稚園からの付き合いだ。
廊下に変態友広を置いて、教室に入る。

(友希来てないな……寝坊か? これで俺に文句は言えないな)

今は自分が遅刻魔と言うのは棚に乗せて置いた。
ホームルームまでまだ時間がある。暇を潰すため、鞄から本を取り出す。

「お前……あの状況で置いて行くなよ、ホモかと思われるだろ」
「話しかけるな、俺までそう思われるだろうが」
「なっ…この野郎ぉぉぉぉ!悠長に『もし時4巻』など読みおって!」
「バーロー……今いいとこなんだから邪魔すんな」
「どう見てもコナンです」
「本当にありがとうございました」

そんな感じで、今日も時間が過ぎて行く。何も変わらない、普段どおりの朝だった。

「おーし、みんな席に着け〜」

担任が来て、ホームルームが始まる。名前を呼ばれ、生徒が返事をしていく。

「小野〜……は休みだったな」

少し、嫌な予感がした。

「先生〜?小野さんどうかしたんですか〜?」

クラスの女子が声を上げた。確か友希と仲がよかった子だ。
俺が聞くと、いろいろと問題になるだろうから、正直助かった。

「校門で倒れて、病院に行ったそうだ。大事はないとお母さんから連絡が来てる」

倒れた?
貧血か?いや、友希は貧血くらいなら、そのまま保健室にいくだろう。
もしかして、特別な力のせいで……死……

「そういえば友希、倒れる前に谷口君を呼んでたよ」

隣りの女子がひそひそと話しかけて来た。
っていうか、それ先に言えよ……。

「ちょ……先生、お腹痛いんでトイレ行っていいですか?」
「なんだ?なれない早起きしたせいで、朝トイレ行くの忘れたのか?」
「そうみたいです、すいません行ってきます」

クラスメイトが爆笑する中、下駄箱に走った。
靴を履き替えて、裏口から外に出た。

(あ〜…どこの病院かわかんねぇ!あっ、確か……)

踵を返し、裏門の方に走る。そのとき門を閉めていた先生に気付かれた。

「おい谷口!お前――」
(くそっ!友希がやばいかもしれないのに!)
「……あっ!」

数年ぶりに使ってしまった力は、やはり最悪な気持ちになった。

写真の世界に飛び込んだような感覚。
俺意外、動いている物は無い。先生も片手を俺にのばしたまま、止まっている。

時を止める力、感覚じゃ30秒程度だろう。
この力自体に何の問題もない。問題は代償だ。
『関わった相手が近いうちに死ぬ』
実際の所は分からない。他に使える人を知らないし、力の事を聞いた事も無い。
ただ……今まで使った2回とも、相手は死んでしまった。
俺の母さんや、友希のおじさんが死んだのは、多分この力の代償のせいだ。
今回の場合、近いうちにこの先生が……。

「……ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

使う意志が無かったとは言え、先生は死ぬだろう。
裏門をよじ登って、自宅へ急いだ。
俺が先生を殺したと思うと、体が震えて上手く走れなかった。
必死に考えている代償は、俺の勘違いだと言い聞かせた。

「ここ……だったと……思うけど」

小さい頃、友希が倒れた時、お見舞いに来た病院。
倒れた理由は、おじさんの死ぬ『未来』を見たから。
……先の先生の事が胸を押し潰す。
気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと扉を開いた。

ロビーには、友希の母親が座っていた。
その顔を見て、嫌な予感が確信に変わった。

「おばさん、友希は……」
「刻くん、友希は……」

泣き崩れそうなおばさんが、必死になにか喋っていた。
しかしそこで、見覚えのある髭をした、年老いた医者がわって入ってきた。
通称ひげ先生。俺と友希の力の事を知っている人。

「お母さん、私から話しますから……刻君、こっちへ」


応接室に入り、テーブルを挟んで座った。

「……今お母さんは、そっとしてあげてくれ」
「友希はそんなに酷いんですか?」

ひげ先生が顔をしかめた。
嫌だ嫌だ嫌だ…

「……その前に、確認したい事があるんだけど、いいかね?」
「えっ……はい。力の事ですか」
「うん、君達には特別な力があったね。友希ちゃんは予知、君は停止」
「……やっぱり、友が倒れたのは、予知の力の代償のせいで?」
「身に余る力が、体を蝕んでいるんだろう……君は何も無いのかね?」
「俺の力は……俺に影響はありません」

俺の力の代償……『関わった相手が死ぬ』
母さんもおじさんも……きっとあの先生も。
それを聞いて、ひげ先生がゆっくりと、俺の肩を叩いた。

「それは無いよ。力の代償は本人しか払えない。それは偶然なんだよ」

「特別な力を持っていた人達は、例外なく自分自身で代償を払っていたよ
友希ちゃんや、友希ちゃんのお父さん……そして君のお母さんもだ」
「母さん?おじさんも……」
「君のお母さんは、他者に命を分ける力。その分自分の命を削っていた。
友希ちゃんのお父さんは、君と同じ停止の力だった」

二人とも、特別な力の代償を払って、そのせいで死んだ……?
おじさんに至っては、俺と同じ力……。

「じゃあ……俺が二人を殺したわけじゃないんだ……」
「うん、君が罪の意識を背負う必要は無いんだよ」

少し救われた気がして、気付くと泣いていた。先生は死なないんだ……よかった。

「あっ、おじさんの代償は? おじさんはなんで……」
「…不幸だ。使った日、不幸が訪れる。程度はよく分からないが…」

不幸?また曖昧だな……

「君も彼と同じとは限らないが……容易に使わない事だ」
「はい……あの、それで友希は大丈夫なんですか?」


今思うと、これは代償だったのかも知れない。

「言い辛いが……友希ちゃんは死ぬ。もって後2日……他の予知者と同じ――」

それから、ひげ先生が何を言っていたか、俺は覚えていない。

―数十分前―

意識が繋がる……どうやらボクは生きているみたいだ。

「…き……友希……」

誰だろう…すごく優しい、でも、悲しそうな声。

「…ふぇ? お母…さん?」
「あ…友希!? 先生…先生!!」

お母さん…ナースコールは連打する物じゃな――

「どうしました? あっ、友希ちゃん気がついたのかい」

先生早っ!……って、何でボクは病院にいるんだろう?

「友希ちゃん、今日倒れたのは分かる?」
「あぁ……はい、なんとなく覚えてます」
「そっかそっか、気分はどう?」
「少し頭痛がするくらいで……あ……」

そうだ……思い出した。校門で刻を見つけた後、倒れたんだ。
その時、すごい目眩と一緒に力が襲ってきて、未来を見せられた……。
刻とボクが屋上に居て――。

「ん? 何か思い出したかな?」
「あ……いえ、なんでも……ないです」
「……そっかそっか。何か思い出したら教えてね」
「はい……」
「じゃあお母さんとお話して来るから、少し待ってね」

二人が病室を出て行く。
最後に、話がすんだら家に帰れると教えてくれた。

「……あと一日半の人生かぁ」

不思議と、ボクは死ぬのが怖く無かった。

しばらくすると、お母さんと先生が戻って来た。

「待たせたね友希ちゃん、今日はもう帰っていいよ」
「あ、はい。お世話になりました」

先生は少し、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をした。
……そっか、もう会えなくなるんだったなぁ。

「先生……いままでありがとうございました」
「ん? ははっ……友希ちゃんにそう言われると
これからもお医者さんを頑張らなきゃなぁ」

病院を出る時、先生は小さく「ごめんよ」と呟いていた。

「ねぇ友希? 今日はなに食べようか。お母さん張り切って作っちゃう」
「ふぇ? 今日はなにか特別な日だっけ?」
「ううん、なんとなくよ、なんとなく」
「……そっか。 じゃあ……ボクね、カレーが食べたい!お母さんの作ったカレー!」
「あら、カレーでいいの? ……おっけー、まかせといて!」

お母さんは、ずっと笑っていた。
その顔を見てると、もう少しだけでも生きたかったなぁと、心の中で苦笑いした。

お母さんと最後の夕飯の後、手紙を書いた。
お母さんに、精一杯のありがとうの気持ちをこめて。

書き終えた時、寂しくて、皆に忘れられちゃうんじゃないかと不安で、声をあげて泣いていた。

「……刻君、ちょっと失礼するよ、友希ちゃんを待たせていたんだ。
……刻君も会って行くかい?」

俺も友希に会おうと思った。そのつもりできたんだし。
だけど、今友希に会って、何が出来る?友希に会って、何を話すんだ?
……きっと、俺は何も出来ないし、何も話せない。
そんな俺を見て、不安にさせるくらいなら、会わない方がいい。

「……いえ、今友希に会っても、何も話せないと思います」
「……そっか、わかった。悪いが少し待ってておくれ。私は先にさよならをして来るよ」

ひげ先生はそう言うと、静かに扉を閉めた。

「さよならか……」

少しすると、廊下から友希達の声が聞こえてきた。
明るい友希らしい声。後数日で、死んでしまうようには聞こえなかった。

「……待たせたね。さて、刻君も今日は帰りなさい。学校を抜けてきたんだろう?」
「……先生、おじさんの力の代償は不幸になることだったんですよね」
「そうだね……彼は、本当に可哀相だったよ」
「……代償の不幸のせいで、誰かが死ぬって事はないんですか?」
「さっきも言ったとおり、今までそう言う前例はないんだ。刻君、君が責任を感じることはないんだよ」

「……もう一ついいですか?」
「あぁ……なんだい?」
「一人が二つの力を持っている事はないんですか?」

もし、母さんの力が俺にもあったら、友希を助ける事が出来るかもしれない。

「……少なくとも、君がもう一つの力を持っている事はありえない」
「なんでありえないと言えるんですか?」
「一つの力でも、人の限界という物を超越しているんだ。
二つ以上の力を持って、君の歳まで生きていられないんだよ」
「っ!! じゃあなんで友希だけこんなに早く死ななきゃならないんだっ!!」

本当はもう、頭じゃ分かっていた。
今の俺は、子供がごねているのと変わらない。
どうしても、友希の死を認めたく無かった。
俺に出来る事は、もう無かった。

「……すいません、突然来て迷惑をかけました。ありがとうございました」
「私の方こそすまない。友希ちゃんに、何もしてあげられなかった」
「いえ、友希は先生に感謝してると思います。あんなに幸せそうに笑ってたから」
「……そうか、そうだといいね、刻君……ありがとう」

病院から出ると、雨が降っていた。天気予報は晴れだったはずなのに。
雨音は、無力な俺を責めているように聞こえた。

大人になったボクと、歳を取ったお母さんが、楽しそうに笑っている夢を見た。
最後に見た夢は、今までで一番幸せな夢だった。

「ふぁあ〜……ん?」

ベッドの脇でお母さんが寝ている。泣いていたのか、目元が赤い。

「最後の最後に寝坊して、これから先大丈夫かなぁ」

思わず苦笑いをして、お母さんに布団を掛ける。
朝食くらい作ろうとキッチンに向かった。

「友希!? ふぁ! も〜、びっくりしたぁ」
「あはは(笑)お母さんおはよ〜! 今日は寝坊ですか?」
「ごめんねぇ、お母さんやるから、ゆっくりしてて?」
「ううん、いいよ、ボクがやりたいんだ」

朝食を食べた後、お母さんとたくさん話をした。学校は、お母さんが電話で休む事を伝えていた。

「……お母さん、ちょっといいかな」
「ん? なぁに改まって」

……これを言ったら、もうお母さんと、会えなくなるんだなぁ。

「うん……あのね、今まで育ててくれてありがとう。ボクはすごく幸せだったよ」

ボクがそう言うと、お母さんは固まって動かなくなった。
きっと、泣いていたんだと思う。涙を拭った後、ボクを抱き締めてくれた。
これが最後なんだなぁと思うと、少しだけ後悔した。

お母さんは笑ってくれた。涙は止まらなかったけど、笑っててくれた。
そして、何度も何度も、ありがとうと、ごめんねを繰り返した。

「お母さん、お願いがあるんだ」
「なぁに?」
「ボク……最後に会いたい人がいるの」
「そう……わかったわ、気をつけて行って来なさい」
「お母さん……ごめんね」
「私はあなたの母親になれて、本当に幸せだったわ。だから謝る事なんてなにもないじゃない」

とびきりの笑顔で、ボクを抱き締めてくれた。
すごく暖かくて、理由は分からないけど泣いてしまった。

「お父さんにあったら、お酒は飲み過ぎ無いようにって言っておいてね」
「あはは…うん、わかった。お母さんはまだきちゃダメだよ?」
「そうねぇ……あんまり早いと、お父さんに怒られちゃうわね」
「そうだよ? ボクも怒るからね! ずっと元気でいてね、天国でお父さんと見守ってるから」


ボクは制服に着替えて、出かける準備をする。
昨日書いた手紙を机の上において、部屋を出た。

「友希? むこうで風邪ひかないようにね」
「あはは、いってきます!!」
「いってらっしゃい、元気でね!!」

お母さんと話したのは、これで最期になった。

昨日は病院から帰った後、何もせず部屋に籠っていた。
もしかしたら、友希が学校に来ているかもしれないと、昨日より早く学校に着いた。
まだ誰もいない校舎は、とんでもなく静かだった。
当たり前といえば当たり前のような気がするが……。

「まだ日も昇ったばかりだしな……なにやってんだ俺は」

ちょうど用務員がきて、鍵を開けてもらった。
教室でぼーっとしていると、朝練のためか、数人の生徒が登校して来た。

「そろそろくるかなぁ……」

しばらくすると、生徒が次々と教室に入って来る。
でも、いくら待っても友希は来なかった。

ホームルームも終わり、授業が始まっても、友希は来ない。
担任が休みだといっていたのは、本当のようだ。


昼休みを屋上で過ごすために、階段を上がっていく。
もしも友希が来るとしたら、そこから見えるからだ。

「……おい刻! どうしたんだよ!? お前今日おかしいぞ?」
「友広か……ごめん、一人にしてくれ」
「……俺にも言えないのかよ」
「……全部終わったら、ちゃんと話す。今は一人に……頼むよ」
「……わ〜ったよ、そのかわり、全部話せよ。隠し事は無しだ」
「悪いな、ありがとう」

屋上には、数人の生徒や教師がいた。
俺は校門の見える場所に行くと、なんとなく街を眺めていた。


何時間経っただろう?
もう友希は来ないだろうと、うすうす感じていた。
でも、俺はここを離れる気はなかった。
離れちゃいけない気がして、ただひたすら街をみていた。
風が吹くとまだ肌寒い。長い間いるせいか、少し震えてきた。

「おら!ばか野郎、風邪ひくぞ」
「ん、ありがとう」

紙パックのココアを持って、友広が隣りに座る。

「……ったく、いくら待っても友希は来ねぇぞ」
「……知ってたのかよ」
「やっぱりそうか……はぁ。お前が友希の事を待ってるなんてバレバレ」

やれやれと手を広げ、溜め息を付いて寝転がった。

「……友希はもうすぐいなくなるんだろ? いや、死ぬんだろ」
「……お前、なんでその事を知ってるんだよ」
「……言わなかったけど、俺には他人の過去が見えるんだ、ほんの少しだけどな」

正直驚いた。
友広まで力を使えるなんて、思っても見なかった。

「お前も特別な力を持ってたのか」
「お前みたいにうまく使えないけどな。
それに、俺だってあいつの幼馴染みだ。心配くらいするさ」
「……悪いな、だまってて」

「よしっ」と言って、友広が立ち上がる。
俺の背中をたたいて、階段に歩いて行く。

「いいって事よ。後でなんか奢ってくれよ〜」
「……友希には会わないのか?」
「ん〜……まぁ、お前に任せるよ。正直……まだ信じられないしな」
「……そうか、友広!!」

扉の前にいた友広に駆け寄り、制服を掴む。

「んぁ? なんだよ、金は貸さねぇぞ」
「……あいつに、なんか伝える事は?」
「……そうだな、友希が死んでも、俺は友希の友達だと」
「……わかった、伝えとくよ」
「よろしく、俺は帰って泣く(笑)じゃあね〜」

笑いながら、手を振って階段へと消えて行った。

「『友希が死んでも、俺は友希の友達』……なんかあいつかっこいいじゃねえか!」


相変わらず校門には、友希の姿は見当たらない。
全ての授業が終わり、チャイムが学校に鳴り響く。
帰っていく生徒や、部活生が、校庭を歩いている。

「……死ぬって、なんなんだろうなぁ」

俺は後数日で死ぬなんて言われても、実感が沸かない。
友希は……どうなんだろうか。

「あいつ、知ってるのかなぁ……」
「やっぱりここにいたぁ〜」

聞き慣れた声が、俺の後ろから聞こえた。

友希はとことこと、俺の隣りまで歩いてきて、雲を掴む様に伸びをした。

「こんなとこに居ていいのかよ……おばさん心配するぞ」
「大丈夫だよ? お母さんにはもう話してあるし」

そう言うと、俺の背中を叩いて来た。
その手には、いつもの様な元気は無かった。
でも、俺は大袈裟に悶えた。
そうでもしなきゃ、泣いているのがバレてしまいそうだったから。


「ぐあっ!! いきなり叩くんじゃねぇぇぇ!!」
「なにお〜!? 辛気臭い顔してるからだぞ!」

その笑顔は、いつも見ていた友希の、元気な笑顔だった。

「いや〜、しかし来年は受験生だね。刻は進学するの?」
「ん?いきなりだな……そうだなぁ――」

ダムが決壊したみたく、俺達は話してた。
この時間が、まるで無限に続くかのように。

「そうだ、友広も特別な力を持っていたって知ってた?」
「ん〜……なんとなくね。だって、とも君はなんでも知ってる感じだったし」

俺一人だけ気付かなかったなんて、少しへこんだ。


どの位話してたんだろうか。
気がつけば空は赤く染まり、もうじき夜が街を飲み込もうとしていた。

「ねぇ、最後に一つ聞きたい事があるんだ……」

その顔を、見る事は出来なかった。
理由なんて一つしかない。
さよならを言うのが、怖かったから。

「……刻、聞いてる?」
「……あぁ、なに?」

友希は苦笑いをしながら、笑わないでねと前置きをした。

「もしボクがいなくなっても、刻は友達でいてくれるかなぁ……」

精一杯の笑顔。それが強がりだと、さすがの俺でも気がつく。
友希は知ってるんだ、自分がもうすぐ死ぬ事を。
『未来を見る力』で、自分が死ぬ事をみたんだろう。

「………………」
「……刻? ……おーい、なにかいってくれよぉ」

喋れるわけ無いだろ!
お前……もうすぐ死ぬってのに、なんて顔してんだよ……
なんでそんなに……

「……ってられるんだよ」

考えてた事が口から出てしまってる。
そんな事知らない。それどころじゃない。
こいつは、友希は笑ってるのに、俺が泣く訳にはいかない。

「……ったりまえじゃねぇか! 大体いなくなるって、冗談でも笑えねぇって!」

……悔しかった。
声は裏返って、顔は涙や鼻水でぐしゃぐしゃで、無理やり笑ってるのが、バレバレだった。
……友希は困った顔をしてるじゃねえか!
ちゃんと、ちゃんと伝えなきゃ。

「……俺達は、ずっと友達だ。お前が死んでも、それが明日だとしても」

友希は、少し驚いた顔をして、やっぱり苦笑いをした。

「……知ってたんだね」
「ひげ先生に聞いた……もう……どうにもならないのか」
「……ごめんね。多分、あと1〜2時間かな」
「……そんなに急なのか」
「……とも君に、お別れ出来なかったなぁ」
「『友希が死んでも、俺は友希の友達』」
「……え?」

また、驚いた顔をする。相変わらずの百面相。

「友広からお前に伝言だ。友希が来る前、伝えてくれって頼まれた」
「そっか、出来れば会いたかったのにな」
「家で泣いてるって、笑いながら言ってたよ」
「あはは、ひろ君らしいね」

無情にも時間は過ぎていく。
友希は自分の死を見た。もしかしたら、違う死に方があったのかもしれない。
でも、見たとおりの未来を『選んだ』と教えてくれた。

「ボクがこれまで見て来た中で、一番幸せな未来だったよ」
「なんだそりゃ」
「一番幸せな未来が、自分が死ぬ瞬間だなんて、神様もひどい奴だなぁ」

何も言えない。賛同も反対も俺には出来なかった。

「……その幸せな未来は、どんな未来だった?」
「ん〜? ひみつだよ」

あと数分だと、友希が告げる。
友希は、立っていられなくなったのか、その場に座っている。
俺も、友希を支えるようにして隣りに座った。
空は赤と青の二色が混じり、山と山の間には、微かに太陽が覗いている。

「きれいだなぁ……ねぇ、刻?」
「ん?」

太陽が沈み着る瞬間、友希の唇が俺と重なる。
経った一瞬の出来ごと。咄嗟に友希を抱き締める。


そのとき俺は、生まれて初めて自分の意思で、『力』を使った。


たった30秒の時間、『静』が支配する。
世界は俺と友希だけの物。
俺は何度も唇を重ね、強く強く抱き締めた。

「……友希……大好きだよ」

これが、俺が友希に向ける最後の言葉。
全てが『動』を取り戻し、時が世界を支配する。
友希は満面の笑顔を浮かべ、最後にもう一度、唇を重ねた。

「……大好きだよ……刻」

友希から力が抜ける。
もう……動かない。頬を伝う涙を拭い、友希を抱える。


校門には、友希のお母さんがたっていた。

「刻くん……友希は幸せそうだった?」
「……俺は、そうだと信じます」
「そう……ありがとう……刻くん」


代償を払った俺からは、涙を流すという感情が消えていた。


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