シュガーその13(44停止目)

とある作者の末路

 

 暗い部屋の中、光源となっているPCの前で苦悩をうかべる青年がひとり。
 血走った目で睨む画面には白紙のメモ帳。何度も文字を打っては消してを繰り返している。
 吸殻が山積みになった灰皿と、随分と放置されているだろう空き缶が異臭を放っている。

「駄目だダメだだめだ……早く書かないと、俺にはこれしかないのに……」
「まだなの? 所詮あなたは能力を経験したところでその程度なのね」

 ぶつぶつと呟く独り言を青年の隣で、それを感情の無い表情で見つめる少女が一人。
 漂う悪臭も狂気に満ちた青年の目すら、ただの一欠片も気にしている様子は無い。

「なぁ……頼むよ、もう一度力を、時間を止める力を俺に……!」
「約束が違うわ。それに、一作品仕上げるたびに一回ってあなたが決めたんでしょう?」

 少女の感情の無い表情は殆ど変わらない。だが、その目には一つの感情が宿っていた。
 少女の服にすがりつく青年に、哀れみを抱く目。いや、少し違うか。

「あなたには才能があると思ったのに、私の見当違いだったわね」

 自らの選別眼が狂ったことに対する、ある種の憤り。
 少女の仕事は、2ちゃんねるにあるモテない男板にある一つのネタスレ、
通称『もし時』といわれる場所のSS作者の育成。
 作者になれそうな住人に、スレタイにあるような『30秒だけ時間をとめる』という奇跡を経験させる。
 その体験を元に小説を書かせ、スレを盛り上げる事。 

「でも、あなたは頑張ったわ。だから殺さないであげる。これからは昔のように普通の住人に戻ることね」

 青年の隣から去ろうとする少女に、獣のような反射神経でそれを察した青年が飛びかかった。
 一度でも奇跡の味を経験した者は、もう二度と普通の生活には戻れない。
 もし時の住人なら一度は妄想した理想。それを何度も経験した彼は完全に奇跡に呪われていた。

「そんな……ここまできて俺を見捨てるのか」
「見捨てる? ふざけた事言わないで。書けなくなった作者は読者に戻るのが道理でしょう」
「もう一度、もう一度だけ力を使わせてくれ! そうすれば短編だって長編だって書いてやるから!」
「……書いてやるですって? はっ! もう駄目ね、あなたはもう作者ではなくなったわ」

 少女が青年を突き飛ばして乱れた服を整える。そのまま青年を一度も見ることなくドアノブに手をかけた。

「作者はね『読んでもらっている』と言う意識を失ったら作者じゃなくなるの」
「あなたは書けなくなってもその意識だけは無くさないと思ったのに……」

 キィ……と音を立ててドアが開いた。
 少女は俯いたままの青年に振り向いて、今まで変えなかったその顔に笑顔を浮かべた。

「そんなに時間の止まった世界に居たいなら、永遠に居させてあげる」

 錆付いた蝶番がまた音をたてた。ドアが閉まると同時に、部屋に時計の針が動いた音が一度だけ鳴った。

――カチリ――

 今もその部屋の中には、淡い光を放つPCと……
 ゆがんだ笑顔を浮かべた青年が止まっているという。

完 

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