アル(36停止目)

神様からの贈り物

七月二十日(木)
誰もいない教室、俺はその教室の中で黙々と作文を書いていた
いつもなら帰っている時間であるが、今日が締め切りなので仕方なく残っている
窓から外の景色を眺めると、綺麗な夕日が見えた
作文はまだ途中だが、何故かこれもこれでいいだろうと思ったので先生に提出した
作文が途中なので書き直しといわれる前に、職員室を出て行く
もう学校に用事はないので、早々に下校する
いつもと変わらぬペースで歩く、そして…いつもの様に十字路の信号で止まる
この付近はあまり車が通らない、しかし何故かここには信号がある
正直なところ、あまり信号の役割を果たしていない信号である
信号が青になり、歩き出す…
今日は珍しいことに前から車が来た
俺は歩きながら、その車を見ていた
すると車は……俺の方向に―――――

俺は不幸にも車に引かれてしまった、そして今は……幽霊である
体が透けて見えていて、体の感覚も無かった
周りを見渡せば、地面に俺が横たわっている
「……すまん」
俺を引いた張本人の年寄りは死体に向かって手を合わせ、そう言った
そして続け様に俺のほうを見て、頭を下げ、もう一度謝罪した
「……別にいいが……どうして見えているんだ?」
「それは……わしが神様だからだ………恐らくは…信じてはくれんだろう……」
神様…確かに見た目は俺が想像する神様と一致する
白髪で長い髪、髭も長く、口元は髭のせいで見えない
確かに信じがたいことだ……だがそれは普通の人にとってである
残念ながら俺はもう普通の人ではない、とりあえず信じてみることにした
「信じるが……神様がどうして車に?」
そう、たとえ死んでもわからぬ疑問、それは神様が車に乗っていることだった
何故神様が車に……それは神様本人にしかわからなかった
「そうか信じてくれるか…ありがたや、して、わしが車に乗っている理由とな………」
神様は何故か押し黙ってしまった、そしてゆっくりと口を開いた
「わしも人間として…この世界で暮らしているのだ、それ故、車にも乗る」
人間として…神様としてではなく、何故か気になったが今はおいておこう
「人間として、と言ったが、それなら俺に関わらない方がいいんじゃないか?」
「たしかに…しかし…わしは神様、本来この世界にはいてはならない存在なのだよ…
……君に頼みがある……未来を変えてきてくれないか?」
今、なんと言ったのだろうか……
「神は時の変化に関与してはいけないのだよ、だから……君が未来を変えてくれ」
話の内容は何となくわかった
とりあえず引き受けることにした、まだ俺でも遣り残したことはある
未来が変わり、俺が生き返るのなら、断る理由も無い
「すまんな……」
神様がそういうと目の前の空間が歪んだ

七月十三日(木)
歪みが戻ると、地面に転がっていた死体が消えていた
「戻しすぎたな……力も大分使ってしまった様だ」
何故か感覚が戻ってきた、体を見ると透き通ることも無かった
「体は戻しておいた、顔は変わっていないから、気をつけて行動する事だな」
「わかった……でも、そんな力があるなら――」
「昔なら……できていたさ、しかし今はこれが限界だ」
神様は懐に手を入れ、何やらストップウォッチを取り出した
「これを…きっと役に立つであろう」
俺はそれを受け取った、よく見ると秒針しかなかった、しかも30秒だけ……
「それで30秒だけ時間を止められるだろう……
しかし三回しか使えないから使い所を間違えるんじゃないぞ」
三回、それは多いのか、少ないのか?俺にはわからなかった
でも本当に時間を止める事ができるのなら、そんな事はどうでもいいような気がした
「力を使い過ぎてしまったのだ……三回分の力しか溜められなかったのだよ……」
「別にいいさ……ありがたく貰っとくよ」
ストップウォッチをポケットに仕舞い込む
「そろそろ行かねばならん、わしもやらねばならん事があるのでな、後の事は君に任せた」
神様は車に乗り込み、窓を開け、言い忘れていたといって声を掛けてきた
「変える未来は、君が死ぬという事実だけだ、それ以外は変えてはならん
だから出来るだけ知り合いとの接触は避けるのだぞ」
神様はその後に付け加えるように言った
「大きく未来が変わってしまうからな……そうなれば……」
神様はそれ以上語らず、窓を閉め、何処かへと去っていった
神様が最後に何を言おうとしたのか気になったが、今は気にしないことにした
俺はこれからどうするべきかを考えた……とりあえず過去の自分を探すことにした
すでに太陽は昇りきっており、昼である事を示していた
平日ならば学校にいるはずである
俺はゆっくりとした足取りで学校に向かった

少し離れた所から学校を見る
いつもこの近辺に来ると、学校に行きたくなくなる
どうして山の上に建てたのであろうか?
確かに景色の眺めはいいが……あまりいい場所とはいえない
仕方なしに黙々と上っていく
……この学校は生徒の為を思って建てられた物ではないな……
あまりにも不便だ、何故学校に行くのに苦労しなければならないのだろうか?
そう疑問に思いながら歩いていたら、いつの間にか学校についていた
校門から校庭を覗くと、校庭にあるベンチに男が二人座っていた
一人は過去の俺である柳、もう一人は親友である長瀬
柳はベンチに横たわり、日向ぼっこをしている、その隣では長瀬が本を読んでいた
そして男がもう一人いる、ベンチに座るところがなく、仕方なく立っている
その男の名前は……藤堂、何故か二人に付きまとう男である
「………」
「………」
「だ〜か〜ら〜、何でお前等は会話の時間より無言の時間が多いんだよ」
藤堂が二人に食って掛かる
「会話がなくても別にかまわないと思うが?」
「それはお前の意見、柳はどうなんだよ」
「俺か?俺も別にかまわないと思うけど……」
「もっと会話を楽しもうとかないのかよ」
柳はちらりと長瀬の方を見る
「会話がなくても通じるものは通じるんだよ」
「……そう……なのか?」
藤堂が長瀬の方を見る、長瀬は黙って二,三度頷いた
藤堂はそれを見ると、黙って校内に入っていった
柳と長瀬はお互いの顔を見て、微かに笑った
柳にとって藤堂は正直な所どうでもいい存在である、恐らく長瀬も同じ考えであると思う
どうやら今は、一週間前……のはず
少し自信がないが、先程の会話には覚えがある
「柳、そろそろ時間である、行かねば」
「そうだな」
二人はベンチから立ち上がり、校内に入っていった
二人が校内に入って少し経ってから、鐘の音が鳴り響いた
俺は学校が終わるのを校門の前で待つことにした

学校が終わりに鐘を鳴らせるのと同時に、俺は学校から少し離れた場所に身を潜めた
少し経つと柳と長瀬が学校の方から歩いてきた、二人は学校の右にある脇道に入っていった
その先は、少し坂道になっていて、上っていけば、綺麗な夕日が見える場所にたどり着く
二人は時々その場所で夕日を見ていた
もちろん学校からでも見えるのだが、二人はその場所が好きだった
俺は二人を追いかけた、追いつく頃には、その場所についていた
二人は無言のまま夕日が沈むのを見ていた、夕日が沈むと二人はその場所を離れていった
この後は…何事もなく一日が過ぎる、それは俺の記憶が知っている
俺は適当な場所を探し、そこで寝ることにした

七月十四日(金)
翌日、俺は校門の前で学校が終わるのを待っていた
ずっと立ち続けるのも疲れるので、地面に座り込む
こういう何もしない時間は、何故か考え事をしてしまう
今一番、俺が気になっていること……それは神様が人間として生きていること
あの時は聞かなかったが聞いておけばよかったと思った
また……再会する事があったら聞くことにしよう
暖かい陽差、俺はそれだけで眠くなっていた
段々と意識が遠のいていく――その時、鐘の音が聞こえ、俺を目覚めさせる
ゆっくりと立ち上がり、物陰に隠れる
生徒たちが下校していき、誰もいないのを確認してから、校庭を横切っていった
着いた場所からは、窓を通して、自分の教室が見えていた
窓越しの教室の中には、柳と……神崎さん
彼女は…俺の好きな人、今思えば…彼女を好きになったのは……
小学四年生の時、委員会が一緒になったころから……
何となく好きになった理由はわかる、俺は……人見知りするし、恥ずかしがりやだし
女の人とは会話なんてしたことないし、どうすればいいかわからなかった……
そんな俺に、彼女は優しく声を掛けてくれた、俺は気付くと、いつも目で彼女を追っていた
しかし、自分の心を打ち明けぬまま卒業式を迎えてしまった
彼女とは中学校は違ったが、俺はいつも彼女の事を想っていた
高校は偶然にも彼女と同じ高校であった
彼女はとても綺麗になっていた、とてもじゃないけど俺には声なんて掛けられなかった
そんな俺に……彼女は昔の様に声を掛けてくれた…俺はそれだけで嬉しかった
彼女に対する想いは強まっていくばかりであった
「その……」
窓が半開きになっており、中から声が聞こえてくる
「いや……何でもない」
柳が何か言おうとするが、結局何も言わなかった
柳が教室から出て行こうとするが、彼女が柳に声を掛ける
「もし宜しかったら、手伝って頂けませんか?」
「よろこんで」
満面の笑みを浮かべて、柳が返事を返す
教室の中を見渡してみると、藤堂の机の中に、何やら入っていた
二人が仕事を追え、帰った後に俺は校内に侵入し、教室に入っていった
早速、藤堂の机の中に入っているものを取り出した
どうやら手帳のようだ、俺はその手帳を開いてみた

七月十四日(金)
 今日は無言で柳を見つめてみた、通じると思ったが通じなかった
 きっと何かが足りないのだろう、それはきっと……俺にはまだわからないだろう
 柳に熱でもあるのかと心配された、柳はやはり優しいと思った
 それに比べ長瀬は変だといってきた、長瀬の言葉には少し傷ついた

それは日記の様な物であった
今日の日付で昼までの出来事が書いていた、恐らく、昼休みに書いたものと思われる
俺はとりあえずページを捲った

七月十三日(木)
 今日、柳は会話がなくても通じるものは通じるといった、明日にでも試してみようと思う
 それにしても長瀬はいつも柳といるな……昔からの付き合いというのもわかるが……
 あれほど一緒にいられると、こっちが困る、どうにかして欲しいものだ
 話は変わるが、今日の放課後は誰かの視線を感じた気がした
 それは殺気と違った何か……とてもじゃないけど今の俺には説明できない
 もしかしたら気のせいかもしれない

気のせいか登場人物が俺と長瀬だけの様な……
しかし何故、長瀬と一緒にいると藤堂が困るのだろうか
少し疑問に思いながら、ページをさらに捲った

七月十二日(水)
 今日授業中に寝ていたら、正体不明の誰かに消しゴムを投げられ、俺は仕方なく起きた
 その正体不明の誰かはわからなかったが、探す暇もなかった
 俺はちょうど先生に教科書を読んでくれと指名されていた
 俺はどこを読めばいいのかわからず、戸惑っていたら、柳が教えてくれた
 柳は優しいな……やはり俺には柳しかいない……これは運命なのだ
 俺は、俺は柳の事が―――

俺は勢いよく手帳を閉じていた
どうやら見てはいけないものを見てしまったようだ
しかし……手帳を閉じる前に見えたあれは……
再び確認するために手帳を開く…………

 もうこの思いはとどめては置けない、どちらにしろ運命なのだ!
 今度の休みの日に柳と何処かで会う事があったら、この思いを伝えよう
 きっと何処かで会うはずだ!何故なら……これは運命なのだから!

無茶苦茶だ……しかし、大丈夫であろう、土日に藤堂に会う事はなかったはずだ
俺は手帳を机の中に仕舞い込んだ
無意識のうちに神崎さんの机を見る、すると机から何かが少しはみ出ていた
俺はそれを手に取り見てみた、それは…写真だった
「これは…あの時の…」
その時、廊下から足音がしてきた、教室の窓からこっそりと廊下を覗いた
すると、長瀬が歩いてくるのが見えた
俺は急いで写真をポケットにしまい、半開きになっている窓から飛び降りた
幸い、ここは一階で怪我をすることはなかった
「…………」
長瀬は何もせずに黙っていた
もしかして柳の心配をしていたのだろうか……
何やら教室の中で物音がした
「見てないだろうな……」
それは藤堂だった
藤堂は息も切れていて、肩を大きく上下させていた
恐らく、走ってでもいたのだろう
「見る訳がなかろう」
「そうか……それならいいんだ」
少ししてから藤堂が日記を大事そうに持ちながら、玄関の方から出て行くのが見えた
その後に続いて、長瀬が帰っていった
俺は何もせずに黙ったまま二人を見送っていた

七月十五日(土)
二日ぶりの自宅、懐かしいとは思わなかった
すでに陽は沈み始めていた
周りを警戒しながら、庭に侵入、身を潜める
家の中から、電話の音が鳴り響く
「―――――」
話し声は小さくて聞く事はできなかった
少ししてから、長瀬が玄関を開けて出てきた
「もう時間も遅い、俺は帰る事にしよう、頑張るのだぞ」
長瀬はそういうと、玄関を閉め、歩き出した
しかし、長瀬は足を止め、周りを見渡した
俺は息を殺して、身を潜めた
長瀬は何事もなかったように帰っていった
長瀬が完全にいなくなったのを確認してから、足音を立てぬように玄関へと近づいた
玄関を少しだけ開け、聞き耳を立てる
「さて……どうしようか」
柳の独り言が聞こえる
もちろん俺は柳が悩んでいる理由を知っている
先程の電話……あれは連絡網で、次の人に回さなければいけないのだ
しかし、次の人は神崎さん、それだけで何故か戸惑ってしまっているのだ
「もしもし」
柳が意を決して、電話を掛ける
「はい、神崎です」
電話から声が聞こえてくるはずもなく
何となく記憶をたどりながら、会話を聞いていた
「柳だけど……明後日の三時間目の科学だけど、国語に変わるから
教科書持ってきて……これ連絡網だから」
「はい、わかりました、次の人に伝えれば宜しいのですね?」
「そう……それと…」
「はい?何でしょうか?」
「えっと……そうそう、この前出された数学の宿題、もうやった?」
「いいえ、まだですけど」
「実は俺も……」
「……もし宜しかったら一緒にやりませんか?」
「え?」
「あ…ご迷惑でしたか?」
「い、いや全然迷惑じゃ……」
「では、迷惑でなければ明日にでも」
「全然大丈夫」
「それでは、明日お伺いいたしますね」
「……え?どこに?」
「……柳君のお家に」
「…あ、ああ、待ってるよ」
「では、また明日……」
「また明日…」
柳がゆっくりと受話器を置く
そしてポツリと独り言
「一体、何を話せばいいんだ……」
柳が玄関に向かって歩いてくる
俺は玄関を閉め、庭に身を潜めた………

柳が玄関を開け、表に出る、そしてしばらく夜風に当たっていた
俺も一緒に夜風に当たる、空を見上げると、綺麗な星が輝いていた
そんな星を見ていたら……いつの間にか昔のことを思い出していた
『…………』
それは小学校4年、委員会が神崎さんと一緒になったときの事だった
『よろしくお願いします』
『その…よろ…しく』
俺は一体何を話せばいいのか、その時も悩んでいた
そんな悩みも、いつの間にかなくなっていた
そして…彼女は俺に、朝会えば
『おはようございます』
帰りには…
『さようなら』
そんな風に挨拶をしてくれた
ただの挨拶…だけど俺にとっては、その挨拶がとても嬉かった
そんな事を…思い出していた…この星空の下で

七月十六日(日)
自分の記憶を辿る
「もしかして……もう終わった?」
「はい、解らないところがあるのでしたら、お教え致しますが?」
「まだ、大丈夫……でも、その時になったらお願いします」
「はい、よろこんでお教え致します」
結局その数分後には……神崎さんの手を煩わせていた
その時は我ながら情けなかったな……
「ごめん、暇でしょ」
「いいえ、お気に為さらずに、柳君にお教えするだけでも楽しいですよ」
「すいません、ご迷惑をおかけして」
「お気に為さらずに」
――――――――――
「終わった……」
「ご苦労様です」
「……その、これから…何か用事でもある」
「たいした用事ではないですが図書館に…以前お借りした本を返却しなければいけませんので」
「……邪魔じゃなかったら、一緒に行ってもいいかな?」
「はい、それでは御一緒に」
未来が変わっていなければ、このまま図書館に行っているはず
俺は街中にある、図書館へと向かった

図書館には、あと数分歩けば着くはずだった
しかし、俺は……思いがけない人物に出くわしてしまったのだ
「柳か?」
突然後から声を掛けられ、振り向く
思いがけない人物……それは藤堂だった
「あ……そうそう、実は話したいことがあるんだ」
何故か手帳に書いてあったことが思い浮かんだ

 もうこの思いはとどめては置けない、どちらにしろ運命なのだ!
 今度の休みの日に柳と何処かで会う事があったら、この思いを伝えよう
 きっと何処かで会うはずだ!何故なら……これは運命なのだから!

俺は無意識のうちにポケットに手を入れていた
「実は急いでるんだ、今度にしてくれ」
「今じゃなきゃ駄目なんだ」
藤堂はなかなか引き下がらない
手が勝手にストップウォッチを握る、そして……
「実は……俺、俺、お前の事が―――」
藤堂が何かを言う前に時間を止めていた
急いで藤堂を担ぎ上げる、すぐ近くの曲がり角を曲がる
しかし、そこは行き止まりだった、時間がないので仕方なしに藤堂を置き去りにする
ストップウォッチを見ている余裕など今の俺にはない、急いできた道を引き返す
それにしても、あんな所に行き止まりなんてあっただろうか?
俺の記憶にはなかったはずだ……今は考えている時ではない
一本先の曲がり角を曲がり身を潜める
残りの時間を調べるために、ポケットからストップウォッチを取り出した瞬間
「好きなんだ!」
藤堂の叫びが耳に響いた
「えっ?わ…私も!」
藤堂の叫びに続き、誰かの声が聞こえてきた
おかしい……確か、あそこは行き止まりで誰もいなかったはずだ
そう思い、こっそりと先程、藤堂を置き去りにしたところを覗いた
あれは……どうやら行き止まりではなかったようだ
あれは同じクラスの荒井さん(推定150kg以上)ではないか……
目の錯覚とは怖いものだ……
「な!これは…ち、違うんだ、これは何かの間違いなんだ!」
「もう、照れ屋さんね〜」
「ち、や、やなぐぅぅぅぉぉ……」
藤堂が何か言おうとするが、荒井さんに抱きつかれ喋る事すらできないでいた
俺は見なかった事にして、ストップウォッチをポケットにしまい、その場を立ち去った
後の方で、何やら叫び声が聞こえたが、それはきっと気のせいである
幻聴とは怖いものだ……

周りを警戒しながら、図書館から二人が出てくるのを待つ
今気付いたのだが、あれは結構未来を変えたことになる……まあ気にしないことした
あれも藤堂の幸せを思っての事だ……頑張れ藤堂………そして、さようなら藤堂
二人が図書館から出てくる、そして学校の方角へと歩いていった
俺は再び藤堂に会わぬため、周りを警戒しながら二人に付いていった
二人が向かっている場所、それは俺と長瀬が時々行く場所
偶然、話の中に出てきて、神崎さんが行きたいといったので、行くことになったのであった
その場所は相変わらず夕日が綺麗だった
「綺麗ですね」
「俺と長瀬が気に入ってる場所なんだ」
「長瀬君ですか……お二人は本当に仲が宜しいですね」
「そうかな?」
「ええ、とても……羨ましい位に」
「…え?」
「会話が少なくても、お互いの事を理解していて、繋がっている様な…その様な関係です」
「長瀬とは付き合いが長いから……」
「昔からあのような関係だと思っていましたが……」
「いや、それはそうなんだけど…」
「付き合いが長いといっても、その様な関係にはなりませんよ、きっと相性がいいんですね」
「相性ね……」
「はい、私もいつかはその様な関係を築いていきたいと思っています」
誰と?と聞きたかった……だけど怖くて聞けなかった……
聞いてしまったら、もう彼女の目を見れなくなるような気がしたから
「会話が少なくても、お互いに何を言おうとしているのかがわかっていても
言葉で伝えなければいけない事もあると思うよ」
そう、どうしてもあると思う、言葉で伝えなければ、いけない想いが……
「はい、私もそう思います」
彼女は優しい微笑を浮かべ、柳の言葉に答えた
俺はその微笑に見とれていた…いつ見ても…見とれてしまう
それで、目が合うと急に恥ずかしくなり、目が泳いでしまう
しかし、今この時間は、遠くからずっと見ていられた
二人は夕日が沈むまでそこにいた
「あ…ごめん、もうこんな時間だ」
「お気に為さらずに、今日は両親がいないので大丈夫ですよ」
「……晩御飯はどうするの?」
「自分で作ってみようかと思っています」
俺はその時、思い出していた、小学校5年生の時、行った調理実習を

『え?料理作った事ないの?一度も?』
『はい、申し訳ありません』
『いや、謝らなくてもいいけど……とりあえず、やってみようか…』
『はい、何をすれば宜しいでしょうか?』
『えっと…もう野菜は切ってあるから、フライパンで炒めて』
『わかりました』
『あ…そうそう、隣で油物やってるから気を……』
その時にはすでに時遅し、コンロ付近は炎に包まれ、見えなくなっていた
『柳君、一体どうすれば宜しいのですか?』
『とりあえず…離れて』
『はい…わかりました』
その時…俺は見てしまった、家庭科の先生が半狂乱で教室から逃げていくのを……
しかたないので消火器を取りに行き、それで消火活動を行った
『申し訳ありません』
『ま…まあ、気にしなくてもいいんじゃないかな…多分』
後日、俺と神崎さんは校長室に呼ばれた
そして……怒られた、どうやら消火器が粉末であった為、掃除が大変だったらしい
『すいませんでした……全て私の責任です』
『柳君……』
『そんなもので済まされるか!』
校長の怒鳴り声は凄まじかった
『あんな事になるとは思いませんでした』
『子供の特権使って逃げようとするなっ!』
『柳君……』
『まあ、大丈夫だよ』
『何が大丈夫だ!』
『そういえば校長先生、調理実習の時、先生が見当たりませんでしたけど…』
『うむ…それは…だな…』
『先程、私の責任といいましたけど、現場監督である先生が普通、
生徒達の行動を把握するものだと思いますが…違いますか?』
『…確かに……』
『問題が起きたときに生徒に指示を出し対処する、これは教師が行う事だと思います』
『…………』
『自分は単に先生が教室から逃げ出したので、自ら対処したまでです』
『ぐっ……このわし直々に目を掛けているだけあるな……
仕方ない、今回の事は、君に免じてなかった事にするとしよう』
校長室を出ると、神崎さんが謝ってきた
『本当に申し訳ありませんでした』
『もう、いいって』
『……柳君ってすごいですね』
『そうかな?それを言うなら神崎さんもすごかったよ、調理実習の時』
『あ…あれは単に……失敗しただけです』
彼女のそのときの表情は今も覚えている…とても可愛らしかった
しかし…人が折角消火したのに、なんとも理不尽な…
原因を作ったのは……まあ、俺だったけど…まあ……いいか…あの表情を見れただけで
そして……家庭科の教師はいつの間にか学校から見なくなった…
とてもじゃないが彼女に料理は作れるとは思わなかった
「…大丈夫?」
「小学生以来ですが…多分大丈夫だと思います」
「……家に招待するよ…俺が作ってあげる」
「本当ですか?」
彼女の目が輝く、やはり大丈夫といっても、料理には自信がないようだった
「本当…神崎さん、料理苦手でしょ…」
「ありがとうございます」
二人は家に向かって歩いていった
柳はその後、神崎さんに料理をご馳走し、家まで送っていった
俺はそれを見ているだけだった、何故か胸が苦しかった
過去の事なのに、自分が何も出来ないことが嫌だった
彼女と話をしたり、一緒に何かをしたり、今の俺には何も出来なかった

七月十七日(月)
学校が終わり、生徒達が下校している
生徒達の中に紛れて、藤堂と荒井さんがいた
「は、放してくれ〜」
藤堂は荒井さんに腕を絡められており、その豪腕により引きずられていた
藤堂の腕は今にも引き千切れそうに見えたのは気のせいであろう
「もう、照れなくてもいいのよ♪ダーリン」
「頼むからその呼び方やめて〜」
藤堂はそのまま引きずられ、やがて見えなくなっていった
しかし、先程から叫び声が聞こえたような気がしたけど……幻聴か……
少ししてから、柳と長瀬が校内から出てきた
二人は学校の右にある脇道を通り、あの場所に向かって歩いていった
俺はその後を気付かれないようについていった

綺麗な夕日の色が空を染めていた
「卒業したら離れ離れだな」
「会おうと思えば、いつでも会えるであろう」
「それはそうだけど……」
柳が長瀬の目を真っ直ぐと見据える
そして、全てを悟ったように答えた
「それもそうだな」
「俺の力が必要になったら、いつでも協力しよう」
「期待しているよ」
何事もなく過ぎていく日常、時間だけが過ぎていく
だけど、一つ一つの小さな出来事が、俺の思い出
過去に戻り、俺はそのことを実感していた
「神崎さんとは、その後、どうなのだ?」
「どうって言われても……」
「時間は待ってくれないぞ」
「……とりあえず、悔いが残らないようにする」
「そうであるな、それが一番だ」
夕日はすでに沈んでおり、辺りは暗くなっていた
二人は歩き出す、俺はその後を付いていった

二人は街中を通って家に向かっていた
「た、頼む、やめてくれ〜」
その時だった、何処かから奇声が聞こえてきた
その声は、何処かで聞いたことがあるような声であった
「夜というのに、騒がしいものだな」
長瀬が奇声のする方向を見る、それと同時に柳もそちらの方を見る
俺は考えた……このような出来事があったのだろうかと……
とりあえず俺も二人の見ている方向を見てみた
そこは裏道にあるホテル街、そして奇声を上げていたのは……藤堂
「やめろ、頼む、お願いします、ご勘弁を、許して〜」
藤堂の叫びがホテル街に鳴り響く
「……………」
「……………」
「柳、世の中には知らなくてもいい事はあるものだな」
「あ…ああ、そうだな」
柳は苦笑いしながら言った、そして二人はお互いに顔を見合わせ
黙ったまま、その場を立ち去っていった
俺にはわかる、二人とも見なかった事にしたのを……
この日の夜、ホテル街から叫び声が絶える事はなかった……

七月十八日(火)
学校が終わり、生徒達はすでに下校し終わっている頃だろう
俺はその時間帯を見計らい、学校に向かった
俺は校門の前で足を止めた、何故か校門の前に藤堂がいる
藤堂は気のせいか以前より痩せ細っている様に見えた
藤堂は校庭の方をじっと見ていた、やがて、藤堂の後ろから巨大な影が……
それは、荒井さんだった、荒井さんは藤堂の腕を掴み、そのまま藤堂を連れ去っていった
藤堂が元気そうに叫んでいた、別に心配する必要もないようだ……
しかし、一体何を見ていたんだ?
藤堂が立っていた位置に立ち、校庭の方を見てみた
すると、ベンチに座って本を読んでいる長瀬がいた
藤堂は何故長瀬を見ていたのか?俺にはわからなかった
俺は気にせずに、長瀬に見つからない様に校庭を横切った
学校の壁に沿って進み、ある窓のところで足を止める
窓から中を覗くと、図書室の前で柳が立っていた
柳は何もせずに立っていた、そして何かを決心したかのようにドアへと手を伸ばす
それと同時にドアが開き、中から神崎さんが出てきた
「どうかしたのですか?このような所で」
「あ……図書整理でも手伝おうかと思って」
「助かります、私一人では今日中に終わりそうになかったので」
「………」
「どうかしましたか?」
「言ってくれれば、いつでも手伝うよ」
「はい、ありがとうございます」
二人は図書室の中へと入っていった
今のやり取りを見る限り、未来は変わったようには見えなかった
しかし……昨日のは一体……
考えても仕方ないので、隣の窓に移り、窓から中を覗いた
柳は嬉しそうに、図書整理をしていた

俺は思い出していた……それは昔…小学校の卒業式の時であった
『柳、写真でも撮らぬか?』
突然、長瀬が言ってきた
『あ…ああ、いいけど』
『…あ、神崎さん…神崎さんも一緒に写真を撮らぬか?』
長瀬が帰ろうとしている神崎さんに声を掛けた
『はい、私で宜しいのでしたら』
『では、柳は真ん中にでも立っておれ……うむ、カメラを教室でも忘れたようだ
時間の無駄であるな……神崎さん、カメラを貸してくれぬか?』
『はい、どうぞお使いください』
『ん……ここであるかな』
カメラのシャッター音が聞こえる
『おい、長瀬…お前入ってないだろ…』
『間違ったようだな……まあ、細かい事は気にするでない』
そういいながら、長瀬は神崎さんにカメラを返していた
『もう、宜しいのですか?』
『うむ、写真も撮れたところであるしな』
俺はこっそりと…長瀬に聞いた
『わざとやったのか?』
『どうであるかな、それよりも今日しかないぞ』
『わ…わかってるよ』
『では、頑張るのだぞ』
そういって長瀬は帰っていった
『神崎さん…実は話したい事があるんだけど』
『はい、何でしょうか?』
『………………』
気まずい時間が流れていく
『……あ…いや……何でもないんだ』
そして、俺は結局言えなかった
『そうですか……』
神崎さんは、帰る間際、俺に向かって、こういった
『また……お会いするときまで、お元気で』
『神崎さんも』
俺には……そう答える事しかできなかった

昔の事を思い出しているうちに、すでに何時間も経過していた
図書整理も、終わりが見えてきてた
しかし、図書整理をしている柳の手が止まる
柳は気付いてしまったのだ、終わりか近づくにつれ
彼女と一緒にいれる時間がなくなっているという事に
「どうかしましたか?」
「いや……何でもないよ」
柳は作業を再開する
だが先程と比べれば、明らかに遅くなっているのが見てわかる
「体調が優れないのですか?」
「そういう訳じゃないんだ」
「では、どうしたのですか?」
「少し……考え事を……」
「私で宜しければ、お聞かせ下さい」
「それは……図書整理がもっとしたいな…なんて…」
「図書整理がお好きなのですか?」
「いや、それとは違うんだけど……」
柳が神崎さんの目を真っ直ぐと見据える
「それは…つまり……」
「はい?」
柳は視線を落としながら言った
「……いや…何でもないんだ」
「?」
「本当に何でもないんだ」
「……そうですか、では、少し休憩しましょうか、柳君もお疲れのようですし」
「……そうだね」
それから二人は、少し休憩を取り、作業を再開した
俺はここから出て行き、彼女に自分の想いを伝えたかった
たとえ過去であろうと、俺の想いに変わりはなかった
むしろ強くなっている、それは俺が未来で死んでしまっているから……
だが、俺は今それを食い止めようとここにいるのだと言い聞かせ、自分を抑える
図書整理が終わるころには辺りも暗くなっていた
柳は神崎さんを家まで送り、自分の家へと帰っていった

七月十九日(水)
学校の授業も全て終わり、生徒達はすでに下校している
先程から雨が降り始め、俺は少し濡れながら、窓から教室を覗いていた
教室にいるのは神崎さんと柳
神崎さんは委員会の仕事があったので残っている、柳はその手伝いをしていた
次第に雨は強くなり、俺はずぶ濡れになっていた
しばらくすると二人は仕事を終え、教室を出て行く
俺は玄関へと向かった
こっそりと玄関を覗くと、二人が玄関で立っていた
「雨…降っていますね」
「……傘持ってきてる?」
「いいえ、残念ながら」
「これ使っていいよ、返さなくてもいいから」
柳は神崎さんに傘を渡し、雨の中を駆けていった
「あ…柳君」
残された神崎さんは傘を見つめている
「……では、お言葉に甘えて」
神崎さんは傘を差して、雨の中に消えていった
自分でも自分が嫌になってくる、不器用で、恥ずかしがりやで、自分の想いも伝えられない
彼女の前に行くと、自分の想いを伝えられなくなる、言う勇気がない…そして、何より怖い
俺はそれを見送っていた、そして二人が完全にいなくなったのを確認してから校内に侵入した
何故かわからないが、俺は自分の教室を目指していた
雨で濡れた服から、廊下に水が滴り落ちる
しかたないので、気にしないことにした
教室に入り、何もせずに目を瞑る、そして…何故か藤堂の机の中を見てしまった
そこには……あの手帳があった
その手帳を手に取り、開いてみる

七月十九日(水)


今日の日付のところには何も書いていなかった
……今日は昼も少し雨が降っていた、教室には人も大勢いたのだろう
そんなところで書けるわけもないか……

七月十八日(火)
 荒井怖い、荒井怖い、荒井怖い、俺は恐怖を感じた
 あの生物といると生気を奪われていく
 俺の体重は一日で5kgも痩せた、これは全てあいつのせいであろう
 荒井怖い、荒井怖い、荒井怖い、俺の精神は蝕まれていく
 今日の朝、荒井の夢を見た、もう駄目だ、俺はこのままでは死んでしまう
 荒井怖い、荒井怖い、荒井怖い、俺は気付いてしまった
 いつからか感じる視線、それは全て荒井の仕業だったのだ
 家にいるときも、授業中も、トイレにいるときでさえ、あの視線を感じる
 荒井怖い、荒井怖い、荒井怖い、俺は絶望の淵に立っている
 荒井がいるせいで俺は柳のところにいけないでいる
 荒井とは関係ないということを話さなければいけないのに
 他にも問題は山積みなのに、また一つ問題が増えた
 ……これから問題を一つ一つ解決していこうと思う

……………
さらにページを捲る

七月十七日(月)
 ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
 ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
 おっと少し取り乱してしまったようだ
 俺はいつの間にか荒井にダーリンと呼ばれるようになった
 勘違いから生じたこの出来事、早く解決せねば
 それにしても、荒井が腕に絡みつくせいで、俺の腕には青あざができていた
 ペンを持つと手が震えてしまう、字を書くのも辛い
 どうにかならないものか、あの力は…あの女は手加減というものをしらないようだ
 今日も腕を絡められ、引きずられていた、俺の必死の抵抗も虚しく、連れ去られた
 どこに連れて行くのかと思ったが、連れて行かれたのは…街中にある、ホテル街
 俺には心に決めた人がいる、その為俺は必死に抵抗した、しかしそれも虚しく
 ホテルの中に連れ込まれてしまった、そして荒井は俺をベットに押し倒し……
 そのまま寝てしまった、俺が抵抗したおかげで疲労していたようだ
 しかし、俺の力では荒井を退かす事が出来ず、俺は荒井の体重の下敷きになっていた
 あまりの重さに、腹から自然と声が出ていた……

……最初の3行消せよ、取り乱したとか書くなら消してくれ
まあ、なんだ……さよなら藤堂……
心の中でそう呟き、手帳を机の中にしまった
その時、俺は見てしまった…長瀬の机の中にも何かあるのを
俺は長瀬の机の前に立ち、周りに誰もいないかを確認する
そして誰もいないことを確認し、机の中を見る
そこには手紙が一通置いてあった
机の中から手紙を取り出し、手紙を見てみる

 明日、学校が終わり次第、シーポートに来るように

簡素な手紙であった、だが…見てあまり言い気分はしなかった
とりあえず見なかった事にして、手紙を机の中に戻した
その時教室のドアが開く音がした……ドアの近くには長瀬が立っていた
「帰ったのではなかったのか?」
「まあ、帰ったけど」
時間を止める余裕すらなかった
あまりに突然の出来事だったので、少し戸惑ってしまった
「ずぶ濡れではないか……風邪をひかぬようにするのだぞ」
「あ…ああ、そうするよ」
長瀬は机の中から、先程の手紙を取り出し、その手紙を見た
そして、その手紙を破り、ゴミ箱に捨てた
「さて、俺は帰る事にする……ここで見たことはなかったことにすればいいのだな?」
「……助かるよ」
どうやら長瀬に俺の気持ちが伝わってしまったようだ
長瀬はそのまま教室から出て行った
俺もその後を追うように、教室から出て行った

七月二十日(木)
今日は俺の死ぬ日、全てはこの日の為に……
学校が終わりの鐘を鳴らす
生徒達は一斉に下校する、その中に柳と長瀬の姿も見ることが出来た
「ん…作文出すの忘れた、今日が締め切りだったな…」
「丁度よい、俺も用事があるのだ、今日はここで別れよう」
「…そうだな、じゃあな、また明日」
柳は校内に入っていき、それを見送ってから長瀬が歩き出した
長瀬が言う用事とは、昨日の手紙のことであろうか……
気になるが…未来は少し変わっているかもしれない……だが……
まだ柳が死ぬまで時間に余裕はある、俺は自分にそう言い聞かせ、長瀬のあとを追った

着いた所はシーポート、俺は倉庫の陰に隠れ、様子を見ている
何事もなく時間が過ぎていく
―――――――――――
一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか…陽もかなり傾いてきた
そろそろ、柳の所に行かないと駄目かな
そう思い、動こうとした瞬間、手紙の差出人が現れた
それは……藤堂であった
「来るのが遅い、一体いつまで待たせるつもりだったのだ?」
「手紙をちゃんと見たのか?時間は書いてなかっただろ」
「時間指定がなくとも、手紙を出した者が相手より早く来る、それが社会の常識であろう」
「俺はまだ高校生だ、社会人でもないからな」
藤堂が屁理屈を言う
「しかし……随分と思い切った行動に出るものだな」
「問題は一つ一つ解決しなければいけない、今一番の問題は……お前だ、長瀬」
そう言い放ち、藤堂は長瀬を睨み付ける
「随分と恨まれたものだな」
「柳のそばにいるお前が邪魔だ……」
藤堂は懐から包丁を取り出し、長瀬に向かって構えた
藤堂はそのまま長瀬に切りかかっていった
俺はポケットに手を入れる
長瀬は包丁に備え、鞄を構える、鞄に包丁が刺さった瞬間、長瀬は鞄を放り投げた
ストップウォッチを握る頃には藤堂の武器はなくなっていた
「さて、武器がなくなったが…どうするのだ?」
「まだまだ…武器は一つとは限らないぞ」
藤堂は再び懐から包丁を取り出した
「…歪んだ心をしているな」
「誰のせいだと思っている…」
「自分自身のせいであろう、藤堂…他人のせいにして逃げるな」
「…お前が!お前が!柳といるせいだ!全ては――」
藤堂は長瀬に向かって走り出す
「一つ言って置こう、これは柳の言葉だ…言葉で伝えなければいけない事もある…
目先の事ばかりに囚われずに…まずは本人に自分の思っている事を伝えるのだな」
俺はストップウォッチを押し、時間を止める
倉庫の陰から飛び出し、藤堂に向かって走る

俺は……あの時…長瀬と別れるとき、気付いていたんだ……
こうなる事を…でも、長瀬が言っていたから、心の中で…大丈夫って
だから……俺はあの時、長瀬を追うことはしなかった
俺はこの先の未来を知らない…長瀬がどうなるとか、藤堂がどうなるとか、俺にはわからない
だから…俺は今出来ることをやろうとおもうんだ……

藤堂の包丁を取り、海に投げ捨てる
そして藤堂を担ぎ上げようとするが、その時にあることに気付く
藤堂の懐にはまだ武器がある、俺は藤堂の懐からそれを取り出す
出てきたのは包丁、それを海に投げ捨てる、他にも武器がないか調べると
他にも出てきたので、全て海に投げ捨てた、そして藤堂を担ぎ上げ
藤堂も海に投げ捨てた、藤堂はたしか泳げなかったはず
これで上手く収まってくれればいいが……
急いで倉庫の陰に向かって走り出す、隠れたと同時に後で何かの音が聞こえた
藤堂は海で溺れていた
「……」
長瀬はそれを見て、薄ら笑いを浮かべている
「仕方ない」
長瀬が藤堂を助ける為、海に飛び込もうとした瞬間、その横を何かが通り過ぎた
その何かが綺麗な弧を描き、海に飛び込む
俺は見た、その何かを……それは荒井さんだった
水飛沫が飛ぶ、荒井さんがクロールで藤堂に近づき、藤堂を救出、そのまま陸に引き上げた
「ダーリン、大丈夫?今助けてあげるからね」
「だ、だいじょぉぉ――」
荒井さんは藤堂の言葉を聞かずに、人工呼吸を行っている
藤堂からは声にもならない声が漏れていた
先程までは大丈夫そうだった藤堂も、今は心停止状態である
もう息を引き返す事もないかもしれない…とりあえず、ご愁傷様
……とりあえず、この場は片付いた
急いで行かなければ、時間が迫っている、このままでは柳が死んでしまう

あと少しで、柳が死ぬ現場に着く
しかし、もう時間はない
そう思った時、俺の目にはある人が映っていた
神崎さん……そこには神崎さんがいた
さらにその前方には柳がいた、そしてその更に前方には神様が乗っている車が見えている
未来は変わったのか……俺は神崎さんとは会っていない…何故だ…
神崎さんの手には柳の傘が握られていた
神崎さんは柳の姿を見つけ、走り出す
あの傘を返す為に……
俺は走り続けた、今考えていては柳が死んでしまう
すると突然、十字路にある信号が赤になった
神崎さんはそれに気付かずに信号を渡ろうとしている
そして…横からは車が迫ってきている
・・・未来は・・・変わっていないんだ・・・俺が死んだ時、彼女はその後ろで死んでいたんだ
俺が殺したんだ・・・彼女を
俺が傘を貸したせいで・・・彼女を死なせてしまったんだ・・・
まだ、まだ間に合うんだ!絶対に間に合わせるんだ!二人とも助けられる
俺はポケットに手を入れる…しかし……ストップウォッチがない…
何故だ…もしかして…落としたのか…いつだ…くそっ…
頼む、間に合ってくれ!神様
俺は神様に祈った、ただ、ただ彼女が助かってくれることを…
そして、俺は神崎さんに向かって飛ぶ
車が横から迫ってくる、思わず目を瞑ってしまった
しかし、祈っていた、彼女が助かってくれることを
その時、俺の頭には自分の命も、柳の命も、頭の中にはなかった
ただ……俺が祈り続けたのは………神崎さんの事だけ

後の方で怒鳴り声が聞こえる
「あぶねぇじゃねぇか!」
車の音が聞こえ、段々と聞こえなくなる
俺はゆっくりと目を開けた、目の前には神崎さんの背中があった
そして……右手にはストップウォッチが……よく見てみると、裏側に文字が掘り込まれていた
『いつでも協力するといったであろう、俺たちに時間は関係ない…あとの事は任せておけ』
長瀬…お前にはやっぱり……全部わかっていたんだな……
その時、神様の声が聞こえてきた
「未来を大きく変えてしまったな…他人の死を変えてしまうとは…」
俺が直接変えた訳ではないが……実質変えた様なものだった
「ごめん…でも…」
「わかっておる…神様だからな…
だが…彼女一人の事であろうと、それは様々な影響を及ぼし、未来を大きく変える」
俺は周りを見渡す、全ての音が消え、動きもない、時間が止まっているようだった
「安心せい、時間は止めておる、だがすぐにわしの力も尽きる」
「今まで…俺が変えた未来を修正していたんだろ……」
「…わかっていたのか…完全には出来ないが、他の未来に影響しないようにな…
だがもう無理のようだ…未来は大きく変わった、もう未来のわしは存在せん…その意味がわかるか?」
俺は少し間をおき、答えた
「未来の…俺も…存在しない」
「そうだ……誰もが望む未来にはならないものだな」
「最後に教えてくれないかな?神様が人間として生きている理由を」
神様はゆっくりと語りだした
「…昔、わしは輪廻転生を司っていた、そしてある少年に出会った
わしは彼に暇つぶしと言って、ある男に時間を止める力を与えてもらう事にした
それは…ただの気まぐれだった、彼にも少しだけ力を分けてやった……
彼は既に死んでいる、それに…元々彼がいた世界では、彼は何一つ干渉する事はできない
力を使う意味などないと思って与えた力だった、しかし、彼は私の与えた力を使った
彼が男と親友だったというのもあるかもしれん、わしには意味のない事だと思われた…
彼には自分の正体を明かしてはいけないと言っていた、だから…彼には何の利益もない
当初はそう思っていたのだがな…だが違った、その男…彼の親友にはわかっていたのだよ
最初から……彼が誰であるのかを……
わしの元に彼が帰ってくると、わしは彼に転生時期を告げた、それが彼にわしが与えた運命
もちろん、彼とその親友がもう会うことはないはずだった……
しかし、その運命は変えられた、彼自身の手によって…それは彼自身が望んだ運命……
彼とその親友は来世で再会する事ができた、もちろん前世での記憶など残っていないがな…
彼はたった一つの友情の為に……未来を変えたのだよ……
その友情は決して切れる事はない、死んでも…生まれ変わっても…時間を越えても……
その友情は今も続いている……わしは…そんな風に生きたかったのだよ…神としてではなく
だが……わしが神である限り、それは不可能なのだよ……神は死ぬ事ができないのだよ
今までどおりに過ごせばよかったのかもしれない、だが…わしにはもう出来なかった…
わしは悩んだ末、人間の世界で……人間の姿を借りて……人々を見ていく事に決めたのだよ」
神様の声は少しだけ震えていた
「そろそろ、わしは消えるようだ……もし、もし神でも生まれ変われるのなら、人間に……」
「なれるさ」
「ありがとう…そういってくれて……君に…神のご加護を…」
神様の安堵の表情が頭の中に浮かび上がり、やがて消えていった

時間はすでに動き出していた
神崎さんは突然消えた柳を探し、周りを見渡している
やがて後ろにいる俺に気付く
「柳君、いつの間に後ろにいたのですか?」
「…………」
何か言わなければ……
「どうかしたのですか?」
何か……俺には時間がないんだ……
「ぁ………」
言いたい事はあるんだ……沢山……沢山……まだ話してない事があるんだ
まだ…まだ…話していないんだ……どうしても、言いたい事があるんだ
「柳君……体が……」
そう言われ、自分の体を見ると、透き通っていた
まだ…消えなくない…
そう思うが俺にはわかっていた
「……もうすぐ…消えるみたいだ」
言いたい事は沢山あるのに……言葉にならなかった
「……どうしてですか?」
「……ごめん、説明している時間はなさそう、長瀬に聞いて」
俺に残された時間はなく、説明できそうにはなかった
長瀬ならきっと大丈夫、そう思えたから………
「……できれば、柳君の口から聞きたいです」
そう言われ、俺はいなくなった神様に祈った…あと少しだけ……時間を…
「…実は…俺は…未来では死んでいるんだ…未来といってもついさっきの事だけど
…俺は…その未来を変えるために……未来からやってきたんだ……」
「未来……から?」
俺は黙って頷く
「信じられないかも知れない…けど、信じて欲しい」
「……柳君が言う事なら信じます」
「ありがとう……本当は自分が死ぬ未来を変えるのが目的だった、でも……神崎さんの……」
そこで…俺は悟った、俺に残された時間はあと数十秒だという事を
「…もう…限界みたい……」
「そんな……まだ最後まで……」
「ごめん……」
「…そんなこと言われたら、何も聞けなくなってしまうじゃないですか……」
「ごめん……」
「ずるいです……」
「…………」
「もう……会えないのですか?」
「俺とは…未来の柳とは会えない……これが最初で最後」
「…消えないでください……」
「…え?」
「……私…私……柳君の事が好きです…昔からずっと好きなんです」
俺はその言葉を聞いて、初めてわかった……彼女が…何故あの時の写真を持っていたのかを
手を伸ばせば届く、だが……俺には……できなかった
「それは…俺じゃなくて…あいつに言って……きっと……きっと喜ぶから」
「好きだから……好きだから、消えて欲しくないんです…
たとえ…本当はここに存在しなくても……私にとって…柳君は柳君なんです
消えるなんて…言わないでください…」
「……無理なんだ……」
これほど辛く思ったことはなかった……別れが来るとは思ってなかった
未来に戻れば、また会えると思ってた……でも……もう彼女と会う事もない
彼女への想いがどんどん……どんどん強くなっていく……
俺は握ったままのストップウォッチを見る、もう…力を失ったストップウォッチ…
あと…せめて…30秒だけでも……彼女といさせて欲しかった
そう思いながら…ストップウォッチを押す
すると……ストップウォッチの秒針が動き出す

俺は神様の言葉を思い出していた
『ありがとう…そういってくれて……君に…神のご加護を…』
神のご加護……その言葉が頭の中を繰り返し流れていく
時間は完全に止まっていた
俺は彼女を見つめる…そして…抱きしめようと手を伸ばすが…手を戻す
そして…彼女と握手をする
「ありがとう、思い出を………」
その言葉を口にしたのと同時に、走馬灯のように思い出が頭の中を駆け巡った
俺は涙のせいで前が見えなくなっていた
涙を手でぬぐう、それでも……涙は止めどなく流れていく
神様くれた30秒も残り少ない
「…今しかいえないから………好きだよ……ずっと……昔から…」
俺に許されるのは…これぐらい…もう…俺にできる事はない
時が正常に流れていく
俺が…彼女に…最後に送る言葉は………
「忘れ物……」
俺はポケットから写真を出し、彼女に手渡す
「あ……」
俺は砂のように消えていく
彼女の頬を涙が落ちていった
俺は心の底から思った、彼女の事を好きになってよかったと……

彼女は彼に渡された写真を見た
そこには昔の自分と彼の姿があった
写真が風になびき、写真が捲られた
そこには……以前にはなかった字が書かれていた
『過去…未来…如何なる時も…君の幸せを……願っている』
それは間違いなく……彼の字であった
彼女の頬を…涙が一筋、流れていった……

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