刹那その5(8停止目)

未練

俺は、今日この町に引っ越して来た
藤崎家の一員である藤崎悟(ふじさきさとる)である
高校3年で就職や進学で忙しいのに引越しとは我ながら呆れてしまう
大体家が安かったから、買って引っ越すにしたって
まずは俺に相談してほしいものだ・・・
引っ越しが終わるころには、もうすでに夜になっていた
俺は疲れたので、寝る事にした
何か部屋に不穏な空気が漂っていたが
この問題は明日にまわして寝る事にした

朝起きると、変な事に気がつく
何か俺の脚の上に重みを感じる
もしかして、金縛りという奴か・・・
でも、体は動く
首を動かし脚の方を見てみると、女の人が座っていた
 「誰?」
 「やっと起きたのですか」
俺は状況が掴めずにいた
 「えっと、私の名前は川瀬霞(かわせかすみ)といいます」
 「で、その川瀬さんが何故俺の部屋に?」
 「簡単に言うと、私、幽霊なんです」
あまり信じてないが、なんと答えていいのかわからず
とりあえず、適当に返事を返す事にした
 「そうですか、すごいですね」
 「それで、藤崎君に成仏させてもらおうとお願いに来たんです」
何故俺の名前を知っているかはわからないが
幽霊だから何でもありということで片付けた
 「で、どうすれば?」
 「あなたに3回、時間を30秒止める力があたえられます
  それを全て使ったときに成仏できるそうです」
 「そうですって、誰に聞いたの?」
 「神様です」
俺はとりあえず、彼女を成仏させようと
止まれと念じようとしたら彼女に止められた
 「駄目ですよ、せっかく30秒止められるんですから」
 「早く成仏したくないの?」
 「別にいいです」
何か疲れてきたな
時計を見てみると8時になっていた
やばいな、このまま話をしていたら、転校早々遅刻してしまう
俺は急いで学校に向かう
後ろのほうで俺を呼び止める声がしたが、気にせずに走った

学校には何とか間に合った
学校に着いたら、クラスの担任の宮松(みやまつ)に教室まで案内された
俺は手早く挨拶すると、空いている席に座った
宮松の話によると、転校してきたのは俺だけではないようだ
あと1人いるらしい、転校早々遅刻とは度胸があるな・・・
そう思っていたら、廊下の方で誰かが走っていた
そして俺のクラスのドアが勢いよく開いた
 「ごめんなさい」
遅刻してきたのは、彼女だった
幽霊なのに、何故具現化して・・・
あまり信じてないが、気になった
 「え〜彼女が新しくこのクラスの一員になった川瀬さんだ」
宮松がそういうと、空いている席に彼女を導いた
その席は、偶然にも俺の隣だった
 「よろしくね、藤崎君」
 「よっ、よろしく・・・」
俺はそれしか返す言葉が無かった

昼休みになると俺は彼女を連れ、誰もいない屋上まで連れていった
そして、すぐさま話を切り出した
 「俺の言いたい事、わかるか?」
 「私にもわかりません」
原因不明はいろいろあった
具現化していることや、彼女が学校にいる事
普通、手続きとかがいると思う
 「多分、神様がした事だと思いますけど」
俺は一つ疑問に思った、それを素直に彼女に聞く
 「どこで暮らすの、その体だと普通に暮らす場所が要るはずだけど」
 「よろしくおねがいします」
 「いやっ、それ困るよ
  家、部屋空いてないし、第一、親が許してくれないと思う」
 「大丈夫です」
どこから出てくるんだろう、その自信
 「もうそろそろ時間ですから、戻らないといけませんね」
 「この話は放課後にしよう」
そういって教室に戻った

放課後、彼女と一緒に帰った
おそらく明日あたりに噂されるであろう
転校してそうそう辛いな・・・
 「神様も暇だな」
 「そうですね、でも気前がいいです」
 「そうですか・・・」
俺は気持ちを落ち着けるため深呼吸をする
深呼吸をしたら、また疑問が浮かんできた
 「川瀬さん、死ぬの?」
 「もう死んでいます」
 「いや、そういうことじゃなくて
  体があるし、一応魂もそこにある
  つまり、今の川瀬さんはどうなのって事」
 「死にますよ、悪霊になってしまいますけどね」
 「それまた」
 「信じていませんね、では、試してみましょう」
そういうと彼女は道路に飛び出していった
彼女のほうに向かって車が走っている
俺は強く願った、止まれと
すると周りの景色が全て固まって動かない
俺は彼女の話が本当だという事に気がついた
最初は半信半疑だったが、この景色が事実を物語っていた
俺は彼女を歩道まで連れて行った
30秒経つのを待ち、時間が過ぎると俺は彼女に言った
 「川瀬さんのせいで使ったよ
  最初に駄目って言って止めたのは誰ですか・・・」
 「すいません、信じてもらえなかったから」
 「信じたから、危ない事はやめてくれ」
 「わかりました・・・」
気のせいか、彼女は少し残念そうにしていたような・・・
気にせずに、俺は彼女と共に家に帰る

家に着くとまず親のところに行く
台所には母親がいた
 「お帰り」
 「ああ、ただいま」
 「あら、お友達?」
 「こんにちは、川瀬霞といいます」
 「実は話があるんだけど・・・」
 「何?」
 「川瀬さんが、この家に暮らしたいとか言っているけど、無理だよな・・・
  うん、無理だよな、川瀬さんには仕方ないけど・・・」
 「別にいいわよ」
俺は耳がおかしくなったのかと思い
もう一度、聞いてみた
 「もう一回言ってみて」
 「いいわよ」
耳に異常は無いようだ
 「では、よろしくおねがいします」
 「よろしくじゃない
  大体部屋はどうするんだ、空いてないだろ」
 「悟の部屋でよかったら」
俺は思考回路が停止しそうだった
 「はい、わかりました」
 「わかりましたじゃない、俺はどうするんだよ」
 「川瀬さんが気にしないなら、悟と一緒に」
 「はい、よろしいです」
 「おかしいだろ・・・男と女が相部屋なんて、しかも家族でもないのに」
 「そんな事言ってないで、早く部屋に案内してあげなさい」
俺はもうこれ以上何を言っても聞いてもらえないと悟った
しかたなく彼女を自分の部屋に案内する
 「俺の部屋、知っているのに何で案内しなきゃならんのだ」
 「一応、始めて来たという事になるので」
何か今日はいろいろあったな
そう思いながら彼女と共に部屋にいた

夜、時計を見ると12時を過ぎていた
 「そろそろ寝るか」
 「そうですね」
どうしよう、ベット一つしかないのに
まあ、答えは一つしかないよな
 「俺は床で寝るからベット使っていいよ」
 「いいえ、どうぞ気になさらずに」
彼女は何度行っても同じ事を言った
仕方ないので彼女の言うとおり、ベットは俺が使って寝る事にした
 「では、電気消しますね」
そういって彼女は電気を消した
数秒後、彼女が布団の中に入ってきた
 「何しているんですか?」
 「布団に入りました」
 「いや、そうじゃなくて」
 「寒いので・・・気になさらずに」
そういわれても気にせずにはいられない
そう思い、布団から出ようとすると、彼女に手を掴まれた
 「気にしないでください」
 「そういわれても無理です、放してください」
 「駄目です、私は幽霊なんですから、居ない者と考えてください」
そういわれても、手の感触はあるし、普通の人と変わったところはないし
とてもそうは考えられなかった
 「いいから放して」
 「駄目です」
何度言っても彼女は放してくれなかった
一度言ったら聞かないのだな、彼女は・・・
俺はしかたなくベットの上で寝る事にした
これは夢だと思いながら・・・

朝起きると、横には彼女の寝顔があった
残念ながら夢ではなかったようだ
彼女の横顔を見ていると心が和んだ
駄目だ、彼女は幽霊だ、好きになってはいけないぞ
そう自分に言い聞かせるのだった
登校中も、幽霊だ、好きになっては駄目だ
とそればかり考えて彼女と共に登校した
授業中も休み時間もそればかり考えていた
しかし、彼女の寝顔が頭から離れなかった
たとえかわいくても幽霊だ
たとえ美人でも幽霊だ
そう自分に言い聞かせるしか出来なかった
夜になるころには気持ちもだいぶ落ち着いたが
またも彼女が俺を放してくれず
一緒に寝る事になり
さらに気持ちが動揺してしまった

数日後、学校で宮松に呼び出された
何故か彼女も一緒に呼び出されていた
 「お前たち、一緒に暮らしているそうだな」
一体誰に聞いたのだろうか
おそらくクラスなどで噂になり、放課後つけられたのだろう
 「はい、そうです」
頼むから、状況を悪化させないでほしいものだ
 「何故一緒に暮らしているのか説明しろ、藤崎」
俺に聞かれても困る、彼女が幽霊だと言っても信じてくれないし
言い訳が出来無さそうである、俺は適当に作り話をする事にした
 「実は・・・歳は離れてはいないものの妹なんです、生き別れの
  昔、我が家ではとてもとてもお金に困っていました
  子供を2人も育てる余裕などありませんでした
  母はなんとか1人は育てる事は出来たのですが
  もう1人は施設に引き取られてしまいました
  そして、その施設で、いつの間にか彼女は引き取られ
  どこに住んでいるのかわからなくなりました
  それが、ここにいる彼女でした・・・
  だから、一緒に暮らしても別に問題はありません」
俺は話に無理があったと思い、ゆっくりと宮松の顔を見る
宮松は泣いていた
号泣していた、床には水溜りが・・・
 「そうか・・・よかったな、仲良くしろよ
  もう行っていいぞ」
俺は急いで宮松から逃れた
どうやら信じてもらえたが、嘘だとばれたらどうなるのだろうか?
気にしたら切りが無いのでやめといた

放課後、彼女と屋上にいた
 「何、お兄ちゃん」
 「違うわ」
 「生き別れの妹にはお兄ちゃんと言う権利はないのですか?」
 「もう勝手にしてくれ」
 「では、藤崎君で」
 「最初からそうしてくれよ」
 「ちょっとした冗談ですよ」
正直、笑えない冗談だった
 「まったく、嘘だとわかったら何と言われるやら」
 「怒っているのですか?」
どうなんだろうな、自分でもわからなかった
ここは正直に言っとく事にした
わからないと言おうとしたら、彼女がなにやら言ってきた
 「怒っているのですね・・・藤崎君を怒らせたら、私、行く所がないですね
  しかたないです、このまま消えますね」
そういって彼女は猛然と走り出した
そして屋上の外に跳んだ
俺は急いで時間を止めた、彼女はかろうじて手の届くところで止まっていた
俺は彼女を引っ張り屋上に引き戻した
そして30秒経つのを待った
俺の使い方って無駄があるよな、時間余ってるし
そう思っていたら30秒が経過した
それと同時に彼女が転びそうになった
俺はそれを軽く止める
 「また、使ったのですか?」
 「怒ってないから、危ない事はもうやめてくれ」
 「仕方ないですね」
俺はもう何も言い返せずに、彼女と共に帰った

次の朝、俺は寝不足だった
昨日の夜、彼女とまた言い争いをしていたからである
 『だから放してくれって』
 『妹なんだからいいじゃないですか』
 『よくないし、あれは嘘』
 『気にしない、気にしない』
 『気にするわ』
それを何時間と繰り返していた
もう一度寝ようと思ったら、ドアを叩く音がした
 「もう学校に行く時間じゃないの?」
母親はそういって部屋の中に入ってきた
終わった・・・見られてしまった、川瀬さんと寝ている所を・・・
 「あら、仲がいいのね」
そう言って部屋から出て行った
それだけだった
どうやら、助かったのか・・・
俺はそう思っておく事にした

授業中、俺は川瀬さんと話をしていた
 「藤崎君、そういえばお父さんは?
  今まで家に帰ってきてないけど」
 「けっこう前に死んだよ、まあ気にしてないけどな」
 「お母さん1人であの家を買ったの?」
 「ああ、親父の遺産でね、知らないうちに貯めていたらしい」
 「そうなんですか」
俺は一つ話したい事があった
それを話そうとしたら宮松が邪魔してきた
 「そこっ!うるさい」
そういって宮松はチョークを投げてきた
そのチョークは見事に一直線を描き、俺に向かってきた
俺はそれを左手で難なく受け取り
右手にあるシャープペンを投げ返してやった
シャープペンも一直線に宮松に向かう
 「まだまだ甘いな」
そう言い宮松は白羽取りをしようとした
しかし見事にはずれ、シャープペンが眉間の間に刺さった
 「いった〜・・・血だ、血が出てる〜」
そう言って宮松は教室を出て行った
そして授業が終わるまでに宮松が戻る事は無かった・・・

放課後、また屋上に来ていた
 「川瀬さんはなんで成仏できないの?」
 「この世に未練があるからですよ」
 「未練?」
 「はい、私、けっこう悪い子なんです
  母に心配掛けて、でもいつも心配してくれる・・・
  昔はそれがいやで、母に嫌な事ばかり言っていました
  ある日、突然母は亡くなりました
  私は一度も謝れなかった・・・それを悔やんでも悔やみきれなくて
  母のいる所に逝こうと、私は自殺をしました
  でも、思いが強すぎたのですね、きっと
  私は幽霊となってこの世を彷徨い続けました
  そして、この前、藤崎君に会いました」
 「何か・・・悲しいな」
 「そうですね」
俺は深く考えた
 「成仏できれば消えてしまうのかな」
 「おそらく」
 「俺の時間を止める力、あまり意味無いような気がするな」
 「気にしない、気にしない」
彼女の言うとおり、気にしないようにした
でも彼女が消えてしまうのは嫌だった
俺は彼女の事が好きで、消えてほしくないと思っていた
でも、彼女は未練を残している、俺はそれから開放してやりたかった

次の日の授業の時、俺は気づいた
昨日気づこうと思えば気づいていた事を
おそらく気づけなかったのは彼女の話を聞いて、悲しくなっていたからだろう
 「行こう」
 「えっ?どこにですか」
 「お墓だよ」
俺は彼女の手を取ろうとしたら、また宮松が邪魔してきた
 「今日もか!」
宮松はまたチョークを投げてきた
俺はそれを左手で払い、宮松の方に飛ばした
チョークは回転しながら宮松の方へ
 「今日の俺を甘く見ない方がいいぞ」
そういい、宮松がチョークを投げてきた
そのチョークは俺が払い飛ばしたチョークとぶつかり粉々になった
俺は粉が舞っているうちに、シャープペンを投げた
 「目晦ましか、しかし俺には効かん」
宮松がチョークを投げた、3本ほど投げるのが見えた
チョークはシャープペンとぶつかる
やはりチョークは粉々になり、シャープペンは勢いよく宮松に向かう
2本目のチョークも粉々になる、そして最後の3本目・・・
それも粉々になる、シャープペンの勢いが衰える事は無かった
 「なにっ、軌道が変わらないとは」
そう言っている宮松の眉間にシャープペンが刺さった
それは昨日の傷跡が残る場所だった
 「うおっ、痛い、痛いよ・・・」
宮松は泣き崩れた
俺は気にせずに彼女の手を取り、教室を出て行った

俺と彼女は墓の前にいた
墓には彼女の母親の名前が記されていた
 「きっと・・・伝わるから」
 「・・・・・はい、やってみます」
そう言うと彼女は深く頭を下げた
 「許してもらえなくてもいいです
  でも、これだけは言わせてください・・・ごめんなさい」
彼女の瞳から涙が滴り落ちる
すると、どこからか声がしてきた
 「許すも許さないも関係ないじゃない、あなたは私の娘なんですから
  子供は親に心配を掛けるのが仕事みたいなものなんですよ
  そして、親は心配するのが仕事ですから」
 「お母さん・・・」
彼女を大粒の涙を流した
 「泣かないで、かわいい顔が台無しよ」
 「うん」
 「そろそろ行かなくちゃ」
段々と声が遠のいていく
 「お母さん・・・」
声が消えると彼女は泣き崩れた

しばらくしたら、彼女は泣き止んだ
 「ありがとうございました」
 「よかったな」
俺は嬉しいのか悲しいのか複雑な気持ちだった
彼女が親に謝れたのは嬉しいが
彼女がこれで消えてしまうと思うと悲しかった
 「いろいろと迷惑を掛けましたね」
 「気にしてないさ」
彼女の体が段々と薄くなっていく
 「お別れ・・・ですね」
 「そう・・・だな」
俺は最後に時間をとめようと思ったが、やめといた
きっと俺も未練が残るから
使っても使わなくても、彼女は消えてしまうから
でも最後にこれだけは伝えておかなければならない事があった
 「好きだ」
 「私もです・・・」
そういうと彼女の体は完全に消えてなくなった
後に残ったのは、冷たく吹き付ける風だった・・・

家に帰ると彼女がいない部屋が寂しかった
改めて彼女はいなくなったということに気づく
俺はベットに横たわった
ベットには彼女の匂いが残っていた
俺は涙を流した
そして彼女の匂いと共に眠りに落ちていった
鳥のなく声が聞こえる、朝になったのだろう
俺は目を開けたくなかった、きっとそこには彼女の姿が無いから
しかし俺は目を開けた、彼女がいると願って・・・
そこには・・・彼女がいた
 「おはようございます」
 「えっ?」
何故彼女がいるのかわからなかった
 「まだ、未練がありますから
  藤崎君を置いてはいけません」
俺は彼女がいることが嬉しかった
ただそれだけで幸せだった・・・

俺は彼女とずっと一緒だった
死んでからも、ずっと・・・

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