ニー太その6(38停止目)

「侵入者だ!全員警戒態勢に入れ!」
警備の連中が慌しく動いている。
俺としたことがドジを踏んでしまった。
警報機を鳴らしたことは何度かあったがここまで大事になったのは初めてだ。
俺は泥棒請負人を生業としている。
今日もこの屋敷にある「あるもの」の盗みを依頼されて侵入した。
とにかく仕事は達成しなければならない、どうしたものか。
「居たぞ!こっちだ!」
チッ、見つかったか。
周りを見ても逃げ道はない。
俺は諦め、耳につけているピアスを一つ外した。
その瞬間辺りが静寂に包まれる。
警備の連中もまるで停止ボタンを押されたかのように動きがピタリと止まった。
俺は耳につけているピアスを外すことによって30秒間時を止めることができる。
ピアスは3つ、つまり3回までだ。
このピアスは一度外すと丸一日はめることはできなくなる。
要するに1日3回の制約がある。
時の止まった空間で俺は全力で走り出した。
警備の連中の横を駆け抜け目的の部屋へと向かう。
目的の部屋まで後数十メートルと言うところで時が動き出した。
「な!?ど、どこに行った!?さ、探せ!侵入者は必ず見つけろ!生死は問わない。」
後方から物騒な声が聞こえる。
・・・ヤレヤレ、このままあの部屋に行くのは危険だな・・・。
そう考え手近な部屋に入っていった。

部屋の中は薄暗くダンボールが無造作に積まれていた。
中身は分からないが要するに倉庫だろう。
今になって気づいたがこの部屋に誰かが居たら危なかったな。
俺は自分の運に感謝をした。
とにかくこの状況を打破しなければならないな。
ドアに耳を当て外の様子を調べてみる。
物音はしない。
どうやら警備員は遠くのほうへ行ったようだ。
ドアを少し開け辺りを窺って見る。
やはり人の気配はない。
馬鹿な奴等だ。無関係の方を全員で探しに行くとはな。
俺は倉庫から出てもう一度あたりを窺い安全を確かめた後悠々とお目当ての部屋へと歩み始めた。

・・・ここか。
俺は「あるもの」があるらしい部屋の前までやってきた。
ドア越しに中の音を聞いてみるが特に変わった様子はない。
ノブに手をやりドアを開けようと試みるが、開かない。
仕方なく俺はピッキングツールを取り出し鍵穴を弄る。
カチャカチャ・・・カキン
鍵が開いた。
ちょろい鍵だ・・・最新の警報装置が付いているクセにこういうところはお粗末だな。
俺は再びノブに手を当て扉を開いた。

中は簡素な客間となっていた。
電燈は小さな電球がついているだけ。
ベッドもとても簡素で囚人でも捕らえてあるような印象を覚えた。
そしてベッドにちょこんとかわいらしい女の子が座っている。
そう、今回の依頼の「あるもの」とはこの娘である。
この屋敷に監禁されているのを助け出してくれと言うことらしい。
盗みは盗み、俺は引き受けた。
俺はまず扉を閉め、鍵をかける。
そして不思議そうな顔をしている女の子に声をかけた。
「お嬢さん、こんなところで何をしているんだ?」
「・・・あなたは一体誰なんですか?」
「私?私は・・・そうですね、自由の国への案内人といったところでしょうか。」
「自由・・・」
女の子は自由という言葉を口の中で何度も何度もつぶやいた。
・・・今の俺はまるでカリオストロの城に入った泥棒だな、と自嘲気味に呟いた。
モミアゲの泥棒との最大の違いは彼女個人を助けたいわけではなく俺はあくまで仕事で来ているのである。
「それで、君はココから出たいだろう?」
「・・・・」
「もし出たいのならば私が君を連れ出してあげよう」
少女は控えめに、でもはっきりと頷いた。
俺は少女に少々お待ちくださいと伝えた後扉の方へ行き耳を当てる。
・・・外には人の気配はないようだ。
「それでは参りましょうか、自由の国へ。」
扉の鍵を開けたあと少女の方へ向き直り手を差し伸べる。
少女は一瞬躊躇ったあと手を出した。
俺は耳に神経を集中させ音を探る。
・・・騒がしさが嘘のように消えていた。
逃げたと思い込んだのだろうか?
それならばやりやすいのだが・・・。
「どうやってここからでるんです?」
「一階行けば窓なり入り口なりから堂々と出られますよ。」
そう答え階段の方へと向かっていった。

何事もなく階段を下りたところで予想通りというべきか予想外というべきかガードマンの一人に見つかってしまった。
「おい、さっきの侵入者がいたぞ!しかもαをつれている!」
チィッ・・・少女を連れたままじゃ圧倒的に不利だ・・・。
「・・・どうすれば・・・」
「お嬢さんは私の後について来て下されば大丈夫ですのでご安心を。」
口とは裏腹に俺はひたすら脱出方法を模索する。
「侵入者は殺せ!だがαには傷一つつけるなよ!」
・・・こいつはイイコトを聞いたな。
αってのはこの子のことだろう・・・ならばこの子を盾にすれば逃げ切れるのではないか?
そう思い少女の方をチラリと見る。
少女は明らかに不安な顔をしていた。
・・・この子を盾に・・・は俺の良心が許さないか・・・。
泥棒請負人も丸くなったものだな・・・。
っとなれば・・・。
「お嬢さん、何が起こっても驚かないでくださいね。」
そう言い二つ目のピアスを外す。
辺りが完全に沈黙をする。
そこで改めて辺りを伺う。
ここにいるガードマンは2名。武装は銃だ。
そして遠くから向かってくるガードマンが7、8名だ
・・・ノンビリしている時間はないな。
俺は少女を抱えると一気に廊下を走った。
そして手近な窓をブチ破り外に出る。
そしてそして時が動き出した。
「な、ど、どこに行った!?」
「あっちだ、あそこの窓だ!」
「な、いつの間に!?」
少女を抱えたせいで遠くまで走れずすぐに場所を特定されてしまったようだ。
これはグズグズしていられないな。
俺は混乱している少女を抱え塀へと向かった。

塀の高さはおよそ10M
「この塀を越えるんですか?」
少女が不安げにいう
「まさか、どんなことはありませんよ」
実は侵入の際は古典的に鍵縄を利用して塀を越えてきた。
帰りは少女という枷を考慮してあったので脱出ルートは別にある。
そういうと俺は塀沿いに門へと向かった。
門には連絡を受け、いつも以上に警戒している門番が二人、さらに館内にいたガードマンが3人いた。
予想の範囲内だ、時を止めて一気に抜けて終わりだ。
俺は最後のピアスを外した。
俺が完全に支配する時間、周囲の動きは停止し、静寂に包まれる。
少女を抱え門へ近づく。
そして門を脱出。
その後10秒ほど走ったところで時が動き出した。
「な、さっきの侵入者だ!」
な・・・見つかるのがいくらなんでも早すぎる。
内部にいると思い込んでる衛兵どもは外を見ないという目算で門から出たのだ。
チッ、完全に予想外だ・・・。
「お嬢さん、走るのは早いですか?」
「・・・遅くは・・・ないと思います。」
「申し訳ありませんが、依頼人・・・あなたのお父さんのところまで自力でお帰りをお願いします。」
「・・・あなたは?」
「私は時間を稼ぎます。ここで貴方を取り戻されては私の信用に関わります。とにかくお逃げください」
少女は頷き走り出した。
「・・・チッ、時を止める能力は3回まで・・・って制約だからな・・・。」
逃げることも考えたが少女を抱え全力で30秒間走った後では銃を持った衛兵三人から逃げ切る自信もない。
「これが俺の死に場所か・・・。」
俺は覚悟を決めた。

「よ、よく帰ってきた・・・。」
少女は無事に家に辿り着いた。
「ただいま、お義父さん。親切な泥棒さんが私を助けてくれました。」
「ああ、分かっておる。とにかく無事で何よりだ。で、その泥棒は?」
「・・・脱出の際に衛兵に見つかってしまって・・・時間を稼ぐと・・・そして後ろで銃声が聞こえました・・・。」
「な、なんということだ・・・私が本当のことを話す前に逝ってしまうとは・・・」
「・・・本当の・・・こと?」
「・・・今となっては言わぬ方がよい・・・その方が幸せだろう・・・。」
そう、泥棒も少女も知らない事実。
あの泥棒と少女が親子だということは・・・。

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