ニー太その10(44停止目)

周囲が動きを止めた。
鳥の群れは空に千鳥模様を作る。
人は道路の上で思い思いのポーズを取る。
そんな世界の中で動いている影が二つあった。
一つは男、もう一つは女。
男の容姿は…いや、男の容姿に興味があるわけがないな。
パッとしない風貌。それだけの説明で十分だろう。
女の容姿の説明をしよう。
可愛らしい少女で身長は小柄だ。
目算だが150センチあるかないかくらいだろう。
茶色掛かった瞳は大きく、輝きに満ちている。
金髪のポニーテールを振り乱し男とじゃれ合っていた。

「お前さえいれば他に何もいらないよ。」
「ふふっ、ま〜た、そんなこと言ってぇ♪友達や家族が悲しむぞぉ」
「本当さ、俺がどんな栄光を持っていようと君のためなら捨て去れる」
「ホントかな?かな?」

歯の浮くような台詞を吐き続ける男とブリっ子のよくあるバカップルのようだ。
最も、少女にはそんな台詞が似合い、そんな台詞を言う権利があるように思えた。

「でも、残念だな。お前とはこの時間の止まった世界でしか会えないんだから」
「だからこそ。この瞬間を貴重に思えるんじゃないかな?人間は無限にあると思ったときにそれを無意味に思っちゃうんだから。」
「かもな…だが、俺はお前と永遠に会うことができたとしてもきっとお前を愛し続ける」
「ありがとっ♪ここは素直に喜んでおくねっ。」

男には時間を止める能力があった。
一回30秒、一日10回までという制約付きではあったが。
最初は面白がって悪戯に使っていた。
悪戯に飽きると犯罪に使った。
最近では金銭も社会的地位も十分になってしまい暇を持て余していたのだ。
そんな時この少女に出会い、恋をした。
それから彼は毎日能力を使った。
一度に10回…つまり5分…一度に使い少女と束の間の時間を過ごしていた。
30秒ごとに時間を止めるのは煩わしいが、能力発動は「願う」だけでよいため苦ではなかった。

そして5分が経過した。
空に描かれた千鳥模様は動きだし、人々は歩き始める。

「今日の分はもう終わりか…」

時間が動き始めると彼は溜息をつきこの世界には興味が無いといわんばかりに家に帰っていった。
彼にとっての人生は時の止まった世界であり、この世界ではない。
彼は能力を使って手に入れた社会的地位も金銭にも興味が無くなっていた。
次第に彼の社会的地位は下がり、金銭も底を付き始めてきた。
だが、それでも能力を彼女と会うために使った。
それが彼にとっての幸福だったから。

「ね、ね、今日は貴方にプレゼントがあるのっ」
「お前が俺に?」
「うんっ。はいっ♪」
「…花?これは菊か?」
「そう、この花は小菊っていうのっ」
「一体どうしt」
男が口にしようとした瞬間、世界が動き出した。
「な!?まだ時間はあるはずだ!?」
男は慌てて時が止まることを「願った」
しかし再び時が止まることはなかった。

社会的地位を失い、金銭もつきかけた男に待っているのは―死ーだけだった。
今わの際に彼は少女の声を聞いた。
「小菊の花言葉は―真実―。あなたの真実は一体なんだったのかしら?」

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