名無しさん@お腹いっぱい(44停止目)

 

電車から降りると、車内で冷えた体がじわっと熱を帯びた。
僕は夏休みを使って避暑もかねて父の田舎に遊びにきた。
ここは山間部で、都会とは違い高層ビルもなく、周りは山や川は緑で覆われていて、娯楽施設とかは無いが退屈しない。

駅から出るころにはすでに汗をかきはじめるほど暑かった。
まずは公衆電話からおばあちゃんに到着の報告をし、駅から徒歩10分ほどの家まで歩く。
道の脇に植わっている木はどれもアブラゼミで賑わっている。


「よー来たねぇ、遠かったじゃろ」
おばあちゃんの家は従姉の由衣さんも遊びに来ていた。
「ケイちゃんおっきくなったね」
おばあちゃんも由衣さんも僕のことをケイちゃんと呼んだ。
由衣さんはちょっと年寄りじみたことを言う人だ。
それに僕よりもよくおばあちゃんのところに遊びに来るらしく、かなり『ここいら』の事に詳しい。
「お久しぶり、それにしても・・・暑っ・・・」
駅から歩いただけで僕はTシャツの色が変わるくらい汗をかいていた。
「今年は暑いけんねぇ、マロの奴ももうちょっとでくたばるとこじゃったんよ」
「マロが?・・・もう歳なのかな?」
マロというのはおばあちゃんの愛犬で、犬種は柴犬、もう20歳近い老犬だ。
ちなみに名前の由来は、マロの態度のでかさから来ている。
昔から腰の据わった犬で、主人(おばあちゃん)にもほとんどこびるような素振りはしない悠然とした性格だった。
父さんが「王様みたいだな」って言ったことから付いた『麻呂』という名前になったらしい。
それからマロは柴犬にしては大きく育ち、名前通りの風格になった。
「マロも歳にはかてんのじゃねぇ」
「でもあの歳でこの暑さに耐えてるんだからやっぱり凄いわよ」
由衣さんがそうは言っても、おばあちゃんにとってマロはおじいちゃんが死ぬ前からずっと一緒に暮らしている家族だから
表情には出さないだけで随分心配しているのがわかった。
それから僕らはしばらく世間話などで盛り上がった。

5時を回った頃。
庭でマロが大きく2、3回ワンと鳴いた。
「そろそろマロの散歩の時間じゃわさ、悪いけどケイちゃんいってくれんかぇ」
おばあちゃんにそう頼まれ、僕も久しぶりにマロと遊びたかったから二つ返事で庭に行った。
マロは犬小屋中で寝そべっていた。
「マロはあいかわらず『王様』だな」
マロは確かに去年よりも老けたように見えた。

「あんまりおばあちゃんを悲しませるなよ」
「お前ももう歳なんだからあんまり無茶するなよ」
散歩中、僕はあまり意識せず、普段思いもしないようなことをマロに話しかけた。
マロは散歩のときに自分からグイグイと手綱を引っ張る犬ではないけど、昔よりも歩く速度が遅くなっている気がした。
「おばあちゃんより先にくたばるんじゃないぞ」
マロは僕が話しかけるたびに僕の方を向いた。
周りの田畑は青々とした作物や雑草で生い茂っていて、夕焼けに映える山が、いつもより近くに見えた。
田圃を隔ててすぐ向こうは雑木林になっている。

家を出てから随分歩いたと思う。
10分か、15分か、それでもまだこの辺は昔うろつき尽くしたから知っている場所だった。
「ん?あんなとこに・・・」
田圃の向こう側には林の中へ入っていける小さめの鳥居があった。
僕はマロを引っ張って田圃と田圃の区切りの細い土手を渡って鳥居の前に立った。
鳥居の先には結構長そうな石の階段が続いていて、周りの木々が自然のトンネルのようになっていた。
そのせいもあり、夕方ということもあり、鳥居の向こうは薄暗かった。
「行ってみるか?」
マロは何となく不安そうな目つきで僕を見ているような気がした。
鳥居をくぐろうとするとマロにしては珍しく反対に向かって僕を引っ張った。

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