無銘人(41~43停止目)

知ってるか?
この世の、何か力の働く空間には素粒子が関係していると言われている。
たとえば重力。
最近の量子力学では重力は重力量子(グラビトン)が関係していると考えられている。

そして、皆が知っていることだとは思うが、世の中には反粒子という物がある。
反粒子とはその名の通りこの世に存在する素粒子とは「真逆の粒子」だ。
真逆と言っても「性質」がではなく。
仮に素粒子をブラス粒子だとすると、反粒子はマイナス粒子。

この世の物質は基本的に素粒子で出来ていると考えられている。
それを「物質」というなら、反粒子で構成される物質は「反物質」。

そして、素粒子と反粒子は接触すると「無」に帰す。
つまり、我々が反物質と触れるとその存在自体が消滅する。
算数の計算と同じで、プラスとマイナスが接触すると0というわけだ。
この現象は「対消滅」と呼ばれている。

「反粒子なんて夢のまた夢だろ?」と思う人は多いだろう。
しかし、それは時代遅れというものだ。
世の中ではすでに反物質はその存在を確認されている。
最もポピュラーな例を出すと「陽電子」というものがある。
通常、電子というのはマイナスに帯電しているものだが、陽電子はプラスに帯電しており、電子と接触すると対消滅する。

ちなみに「無から有は生まれない」というが、それは間違っている。
近年の実験によって絶対真空状態の空間から素粒子と反粒子が発生することが確認されたためだ。
つまり、我々が「無」と呼んでいる空間は素粒子と反粒子によって出来た物質だと考えられる。

もう賢い人はお気づきだと思うが、反重力装置というのはその名のごとく「反重力量子」を放射し、グラビトンと対消滅し、無重力を作る装置というわけだ。

何とも夢溢れるではないか。


では、「時間」はどうか。
時間とは「力」ではないだろうか。
我々、地球上の生物では何が起ころうと抗えない絶対的な力だと考えれないだろうか。

時間は力だとすると「時間量子」が存在することになる。
時間が力だとすると「反時間量子」が存在することになる。

時間量子と反時間量子が接触すると対消滅を起こし時間の力は0になるのではないか。

私はその答えを知っている。

現在、西暦2142年。
私の名は湯川秀俊。
かの有名な湯川秀樹の曾曾曾曾孫にあたるらしい。

私の祖先、湯川秀樹は「中間子理論」というものを発表し、原子力爆弾の製造に絡んでしまったことを生涯後悔し続けたらしい。


中間子理論とは。
原子は電子と原子核から出来ている。
そして原子核は陽子と中性子で出来ている。
この世で最も軽い水素でさえ陽子が2つ入っている。
湯川秀樹はそこに着目した。
陽子とはいわば「磁石のプラス極」だ。

磁力の強さは極と極との距離の二乗に反比例する。
わかりやすく言えば、近づけば近づくほど「引き合う力」又は「反発する力」が大きくなると言うことだ。

陽子と陽子は、磁石の+極と+極。つまり反発する。
原子核の大きさは我々の体の大きさから言えば限りなく0に近い。
むしろ完全に0と言ってもほとんど正解だ。
近づけば近づくほど大きくなる力。
その距離が0ということは反発力は無限大になる。
これは本来原子などというものは一瞬で崩壊し、存在できないことを指す。
しかし原子は存在している。
湯川秀樹は考えた。

「無限大の力を持つ2つの陽子の中間に、陽子をつなぎ止める鎖の役割をする素粒子が存在する」

それが彼の出した答えだ。
「2つの陽子の中間に、陽子をつなぎ止める鎖の役割をする素粒子」
これを中間子と呼んだから中間子理論。
中間子理論はその後の量子力学の中核を担う、まさに世紀の大発見だった。
だから当時彼はノーベル賞を受賞した。

ついでに、これは全く関係のない話だが、ニュートンという人物はご存じだろう。
彼は往年研究に明け暮れた物理・化学の天才だ。
本当ならニュートンはもっともっと有名になったはずだった。

ニュートンは犬を飼っていた。
その犬がニュートンの自宅で一本のロウソクを転かしたせいでニュートンの自宅は全焼。
このクソ犬のおかげでニュートンは往年の研究内容に関する文献をほとんど失った。
この犬の起こした火事で人類の科学の進歩は50年遅れたと言われる。
全くもって残念な話だ。


話が少し逸れたが、湯川秀樹は秘密裏に更なる研究を続けていた。

我が湯川家に湯川秀樹以来、代々伝わる一冊のレポートがある。

レポートのタイトルは 「時間量子理論」

 

日本語学の権威が金田一家であるなら日本の物理学・量子力学の権威は湯川家だ。

ここで少々時間量子理論(以下、時間子論と呼ぼう)について説明しよう。

さきほど素粒子と反粒子は接触すると「無」に帰す。
つまり、我々が反物質と触れるとその存在自体が消滅する。

と言ったが、湯川秀樹はここに疑問を投げかけた。
「無に帰すと言っても、そこには『時間』が存在しているではないか」と。
その後、すぐにこう書いている。
「我々が無と呼んでいる『絶対真空(空気も何もない宇宙のような)空間』には時間子(時間量子)が充満している」

これが時間子論の第一歩だ。
つまり、数ある素粒子と反粒子が対消滅を起こすと「時間子」が誕生すると言ったのだ。
さらに湯川秀樹は「時間子は質量やその他一切の力を持たず、またほとんど何ものの影響も受けない時間だけを司る素粒子であり、われわれの体を原子・・・いや素粒子のレベルで常時透過し続けている『素分子(素粒子が複数個で出来たもの)』であるだろう。」と続けている。

また、この時間子の充満度によって時間の流れの速度が決まるのだという。
つまりどういうことかというと、水と空気で喩えるとわかりやすいかもしれない。
我々人間は普段は「物質の密度の薄い空気中」で生きているからよほどの強風でない限り動きづらいと思うことは少ない。
しかし、「物質の密度の濃い水中(液体中)」では水の抵抗が大きく、特に流れがなくても動きづらい。
これとほぼ同じ原理で、時間子が少ない空間では時間の流れが速く、多い空間では時間の流れが遅いということだ。

これを使えばアインシュタインの相対性理論も説明がつく。
つまり、「光速で動く物体の時間はそれ以外の物体に比べ限りなく0に近づく」というのは
「光速で動く物体は、その物体を透過する時間子の数が急激に増加し、時間子による抵抗(時間抵抗)も無限大に近くなるほど増加するため、時間の流れは限りなく遅くなる」ということである。

大まかな時間子論の流れはわかってもらえたであろうか。

では次はこれを利用した湯川家の超超超!最先端技術についての説明に移ろう。

 

ここまでである程度感じてもらえたと思うが、時間とはあくまで相対的なものだ。
時間は複数間の相対性によって成り立っている。
宇宙の始まりと現在とで時間の速さが異なれば、計算上で出てくる宇宙誕生直後の物質の生成、変形、変化の時間配分(例えば物質の元素構成にかかった時間は約3分)は何の意味も持たなくなる。
というのも宇宙誕生の瞬間の時間子の密度が無限大と考えると(物質の時間抵抗も無限大、つまり時間の流れはかなり遅い)、その当時の時間の流れは現在の10000分の1倍かもしれないし、それこそ10の数十乗分の1倍というくらい速かったかもしれないからだ。
そして宇宙は時間子の密度を減少させるため(時間の流れを速くする方向)に膨張している。
最近の観測によると現段階で宇宙の膨張はまだまだ加速しているという。
これは、時間がどんどん速くなっていることを示している。
しかし、宇宙の膨張とは宇宙空間で時間子の密度に差が出来るということでもある。
数億分の1、あるいはもっと小さいほんのささいな差かもしれないが、100億年も、150億年も続けばかなりのズレが生じるだろう。

何が言いたいのかというと、「同じ宇宙」という場でも、時間子の密度によって時間が違う、違わせることが出来るということだ。

理論的にはこれと同じ現象を体内で起こさせる。
つまり自分とそれ以外とで「時間の流れの速さ」を変えるのだ。
要するに「相対的」に「自分の時間の流れを速くする」ということである。
しかし地球全体の時間を遅くして自分だけそのまま、というのは難しい。
というかそれは単純に規模の問題で不可能だ。
ならばあとは一つしかない。
単純明快。
自分の時間を速くするだけだ。
つまり自分の体内(正確には体の表面から内側)の時間子を減らす。

技術としては簡単で、ここまでで頭が疲れた人もいるだろうから最も簡易に説明すると、全身を覆う特殊な皮膜のような薄い服を着る(体に付着させる)だけだ。
この技術は土台だけは湯川家が2000年(130年ほど前)に開発したものである。

そして120年ほど昔の2007年。

この超特殊技術は時間量子理論の一部とともに流出している。

 

流出したのは2006年末から2007年にかけてのことだったそうだ。
湯川家が日本という国家の裏で、国の目すら盗んで研究、開発してきた時間量子理論とその応用技術。
開発が終えた時、湯川家と古くから交友があった長岡家へ実物と時間量子理論の一部のコピーを送った。

超秘密裏にだったはずのこの輸送だが、長岡家に着いた時には輸送車の中からそれらが全て消えていた。

本来なら考えられないことだった。
情報の漏洩などはありえず(本当に無かったかどうかは今ではわからないが)、しかも輸送車は信号操作によりノンストップだったからだ。
だが日本としてもこの流出は何としても避けなければならず、これまた秘密裏にだが、かなりの捜査だあったらしく、2週間後には容疑者は数人に絞られていた。
この時点で2006年11月に入っていた。
どうやら国家が絡んでいるらしく、極秘調査といえども迂闊に行動できず、即刻逮捕というわけにもいかなかったそうだ。

そして間もなく容疑者のうちの一人が殺害された。

死因はポロニウム210(『Po』で以下表記)による放射能汚染。
Poとはセンウラン鉱に含まれる年間産出量100g程度の超レア元素で、210g(1mol)を入手しようとすると金額にして数十億〜数百億円に上る。
そしてPoはチリ一つ程の量で人間を死に至らしめる猛毒でもある。

殺されたのは元ロシア連邦のスパイ。
殺された理由は恐らく口封じ、死人に口なしということだ。

恐らく時間量子理論紛失に関与していたのはこの男だったのだろうが、その後肝心の理論の行方は結局掴めなかった。

しかし、それから数年でどの国に渡ったかはおおよそ判明したという。

その国とは、ドイツだ。
古くから科学技術の進歩だけは群を抜いている国である。
私が尊敬するアインシュタインの母国でもある。
だからこそだ、湯川家として、また個人としても私は時間量子理論を奪還する「使命」がある。

でも、なぜ私なのか。
どうして100年以上もドイツに所持を許していたのか。

 

今から話すのは、2日前の出来事だ。

朝、私が目を覚ますと自室の入り口に二人の男が立っていた。

一人は西欧風、もう一人は顔つきから中国人のように思えた。
私は、不思議なことだが、身の危険は感じなかった。
不思議なことに心は平穏そのものだった、が、その状況自体が平穏であるとは言い切れない。
何しろ湯川家は半ば国家の裏で生きているゆえ家はそれなりのセキュリティが施されていて、少なくとも一般人レベルでは侵入など不可能だからだ。

侵入者は二人とも全くの無表情だった。

「Mr.ユカワ・・・」
最初に口を開けたのは西欧風の男だった。
「お目覚めですね、おはようございます。」
二人組の方もどうやら私に危害を加えるつもりはないらしい。
「突然ですが私たちはあなたに伝えるべきことがあって来ました。」

中国人風の男が私に近づいてきて、一枚のディスクを取り出した。

「これはEU学術研究区の区長および、ドイツ大統領からの手紙です」
そう言うと中国人風の男は小型PCにディスクを入れ、画面を私の方に向けた。
そこに書かれている文章はご丁寧にも日本語だった。
日本は、今では人口5000万人程度になり、2・30年前から各先進国から遅れていった。
だからというわけでもないが、元々マイナー言語だった日本語なんて超マイナーになり、現代では日本人ですら国語と英語はどちらか選択科目になっている。
私も選択で英語を取ったから(専門書はほとんど英語とかの外国語だから)日本語は読むことは出来るがそこまで詳しくない。

手紙の内容はこうだ。
「Mr.湯川、貴方がこれを読んでいるということは貴方と我々の使者であるD・アンソニーと柳 承が対面していると言うこと。
彼らは『貴方に無事このディスクの内容を見せる』という任務を受けてはいるが、ディスクの中身は知らない。

用件を単刀直入に言おう。
我々はあなた方、湯川家の力が欲しい。

即答を期待しているわけではない。

貴方がどちらに来るか、考える時間を十分に与えるつもりだ。
答えが出次第下のサイトにアクセスしてくれるだけでいい。

http://〜〜〜」

・・・・・・

「というわけだ厘太郎・・」
今私の前にいるのは長岡厘太郎、私の幼なじみであり、現在の親友でもある。

「彼らは・・・いや『ヨーロッパは』と言った方が正しいか。君を力ずくで連れて行く気は無いようだな」
どうやらそのようだ。
力ずくでいくのなら2日前、いちいち私が目を覚ますのを待っている必要もなかっただろう。
「でもさ、もうどうするかは決まってるんだろ?」
「ああ、とっくにね」
そう、決まっている、私は。

「私は・・・奴らの勧誘は蹴る。」
厘太郎は納得といった感じだ。

彼は私の「時間量子理論の奪還」という目的を知っている。
もし完全に時間に関する技術(以下、時間技術)が完成されれば、現段階では世界はそれを軍事兵器として使うだろう。
軍事技術としては危険すぎるし、湯川家はそんなために研究してきた訳じゃない。
正義漢ぶるのは嫌いだけどそれだけは避けたい、というのが私の気持ちだ。

「蹴るんだが・・・。」
「・・・ん?・・・どうするつもりだ?」
厘太郎は少し鋭い目つきで私を見た。
「私はヨーロッパへと行こうかと・・・思う。」
「・・・・・・」
どうやら厘太郎は私の考えに反対らしい。無理もない。
「率直に言うと、とても正気の発言とは思えないね。2日前は日本だったからまだしも、向こうはいわば敵地だ。」
「もちろん今すぐに、とは言わない。」
「・・・・・・」
厘太郎は普段から多くは喋らず、時に沈黙を持って自分の意見を言う男だ。
長年のつきあいと言うこともあるが、目つきとかの表情で何が言いたいかは大体わかる。
「いいかい、厘太郎。私の『使命』なんだ。」
「・・・・・。」
「百年以上たった今、もう猶予時間はほとんど無い。」
厘太郎は腕を組んでふー、と少し長く息を吐いた。
「それだけじゃないだろ?まだあるんだろ、どうせ、俺には話してないことが。」
・・・出来れば言いたくないが。
「悔しいこどだが、奴らは半ば時間技術を完成しかけている。」
厘太郎は何も言わず表情は変わらないが、目の奧に少し変化があったように見えた。
「・・・。」
彼は視線を下に向けた。
「わかったよ・・・秀俊、半年だ。」
「・・・半年。」
「今から半年、時間をくれるのなら君に協力しよう。」
半年か、少し難しいかもしれないな。
「半年で無理だというのなら・・・」
「大丈夫、半年ならね。私もやらなければならないことがある。」
私がそう言うと厘太郎は立ち上がり部屋から出て行った。

〜to be continued〜

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