妄想男その5(3停止目)

ストップウォッチを使わずに死んだ女

 

 砂浜近くの木陰で寝転がっていると、黒いセパレート水着姿の変な女に声をかけられた。
 「あなたはあと、2時間で死ぬわよ」
 「…人だ。すいません、食べ物を分けてもらえませんか?」
 「ごめんなさい、私は人じゃない、死神なの」
 空腹が過ぎて幻覚が見えるようだ。いや、この女が変なのだろうか。
 「その死神さんが何か用?」
 「とりあえず、このストップウォッチを押してみて。話はそれからにしましょう」
 
 渡されたストップウォッチを押してみる。まずは空腹が止んだ。そして辺りを見渡すと、
風が消えた。海の波が動かない。死神と名乗った女も動かない。立ち上がろうとすると、
急に空腹が戻ってきて体から力がぬけた。再び木陰で寝転がることになる。
 
 「そのストップウォッチは30秒だけなんだけれど、時間を止めることができるの」
 「…うん、それは分かりましたが…30秒で何ができるんでしょう?」
 「それは自分で考えなさい。とりあえずここに9個置いておくわ」
 手の届くところに9個のストップウォッチを置いた。
 
 死神と名乗った女は、隣に腰を下ろした。体育すわりで海をずっと見ている。
 「何を見ているんですか?」
 「流されてる」
 「…え?」
 「いや、私の連れがね」
 「…?」
 
 首を少し傾けて、海の方を眺めてみた。
 人が沖のほうに流されていた。

 「助けなくていいんですか?」
 「…まぁ、いいわ。自力で何とか…」沖へ流されてる人は、必死に手をバタバタしてこ
ちらに救難サインを送っている。「…なる…でしょう」無理でしょう。
 
 「それよりも、どうするの?あと9個ストップウォッチがあるけれど?」
 溺れている人はスルーされた。
 「そうですね…」少し、考える。「困った、何もすることが無いなぁ」
 「…でしょうね」
 第一、30秒時間を止めたところで、何をすればいいのだろう。
 
 「普通なら、このストップウォッチをどう使うんですか?」死神女さんに聞いてみる。
 「そうね…」死神と名乗った女は少し考える。「一番多いのは私を犯すことに、かな」
 「なるほど」
 確かに、この女の人も綺麗だからなぁ…。

 「最後に人と話せて楽しかったわ。ありがとう、死神女さんと、死神男さん」
 
 二時間後、親の借金でヤクザへ売られて売春婦となり、最後に島へ流されたその女は
安らかな顔で死んだ。ストップウォッチはまったく使わなかった。
 「お墓を作ってあげましょ」私は言う。
 「そうだね、このままじゃ可哀想だ」
 木陰に穴を掘り、痩せ細った女の遺体を埋めてあげた。
 死神二人で、彼女の冥福を祈った。
 
 「さて、せっかく海に来たんだから、もう少し泳いでいこう」
 この男は先ほど溺死しかけたことを忘れているようだ。
 「あなたはそこで砂のお城でも作っていなさい」
 「ひどいよ、デス…」
 と言いつつも、お城を作り始めた。
 さて、私も少し泳ごう。少しは気分が晴れるかな。

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