妄想男その27(44停止目)

突発小説/テーマチョコ

 

「はい、あげる」
 ぶっきらぼうにそう言って、前の席の彼女は俺の机に包みを置いた。
「……?」
「ちょっと、恥ずかしいから早くしまってよ……」
「……なんだこれ?」
「何って……あれ、甘いもの嫌い?」
「いや、好物だが」
「うん、でしょ。いっつもクリームパン食べているもんね」
「ああ……」
「じゃあほら、早くしまって。よかったら後で食べてね」
「ん? 食い物なのか」ならばもらっておくことにしよう。鞄にしまっ
ておくことにした。
「……ありがとね」
「ん?」
「いや、なんでもない」
 そう言って、またいつものように彼女は俺に背を向けた。

 昼休み。
 なんだかいつもよりざわついている教室を抜けて、俺は図書室へ行く。
人がいるところはあまり好きではない。
 いつものように椅子に座って昼食を食べることにする。今日はメロン
クリームパンというメロンパンの中にクリームが入ったものである。
「……くどいな」
 さすがに甘すぎた。甘いものは好きだが、甘すぎるのはあまり好きじゃ
ない。
 ふとそのとき、前の席の彼女からもらった物の事を思い出した。
 あれは何だったのだろう?

 放課後。
 再び図書室にて暇をつぶす。
『ゲルマン民族の変遷』
 歴史書。面白くないが、時間をつぶすにはもってこいの本である。世界史
の点数もよくなる。

 ふと、横に置いた鞄に目が行った。
「……」
 前の席の彼女にもらった小包を開く。
「……お?」
 チョコレートが入っている。随分と不器用にゆがんでいるな。ためしに一つ
食べてみる。
「……くどいな」
 頭痛がするほど甘かった。

 帰り道、前の席の彼女が一人の男性を連れて歩いていた。
 特になんとも思わなかったが、帰り道が一緒だったようで俺はその後ろを
歩くことになる。
「な? ○大の人たちだから大丈夫だって」
「嫌、もうあなたたちとは遊ばない」
 こういうどうでもいい会話が耳に入ってきてしまう。
「何? お前に選択権なんてあると思うの?」
 そう言って男は自分の携帯を取り出して彼女に見せ付ける。印籠を見せ付
けられた悪代官のごとく、彼女はしゅんとしてしまった。

 帰宅すると、俺は親の手伝いがある。
「5番、ビール3ウーロン2、カシオレ1はいりました!」
 親が経営しているカラオケボックス。バイト代も手に入る。
 今日は割と忙しく、受付の電話がひっきりなしに鳴っている。

「いらっしゃいませ何名様で?」
「あー、えーっと、4かな」
 俺はパネルを見る。空いている部屋は二階か。少し狭いが、まあいいだろう。
「料金プランはいかがなさいますか?」
「あー、部屋代だけでいいよ」
 部屋に案内する。
 集団を見渡すと、男3の女1のようだった。
「……ん?」
 なんだか、前にも同じことがあったような気がした。この男たちが連れてき
ている女性が前の席の彼女だったから。

「あー、俺ジョッキで」
「俺も」
「俺ウーロン」
「……」
「おまえは?」
「いらない」
「あっそ……。んじゃそれでいいです」
「かしこまりました」

 彼女がちらちらこっちを見ている。どうしたものか。よく見ればこいつら、
前回の時とほぼ同じメンバーじゃないか。
 まぁ、仕方が無い。対処しなくてはいけなくなったらそうしよう。無駄に
俺が首を突っ込むことではない。
 フロントに戻った。

「お待たせしました、ビールです」
 テーブルの上にドリンクを乗せていく。
 部屋には男が二人。彼女と、帰り道で彼女に話しかけていた男がいない。
 大学生、というよりも高校生に近い男二人がタバコを吸っている。まぁ
多分高校生なんだろうけど。
「ごゆっくりどうぞ」
 どこに行ったんだろうか。
 下手糞なDrivers highを聞きながら、俺は扉を閉めた。

「泣くんじゃねぇよ!」
 廊下に声が響いた。防音壁越しの曇った声ではなかった。
「……」
 声の聞こえてきたほうにはトイレしかない。ならばトイレか。
「はぁ……」
 俺はまた面倒くさいことに首を突っ込んでいるのか。
 半分あきらめながら、トイレのドアを開けた。

 トイレの中は、シーンと静まり返っていた。
「……?」
 何も無いようだな。気のせいか。まぁそういうことにしておくか。
まぁ一番奥の個室に鍵がかかっているからノックしてから帰ろう。
 こんこん、と。
 するとばたんとドアが一度蹴られる。同時に中でどごっと鈍い音
がした。顔面を拳で殴るような音。まぁ実際その音なのだろうけど。
 はぁ。助けるのか。
「お客様、失礼ですが何かございましたか?」
「んー!」
「うるせぇっ!」
「ぷはっ、助けて、助けて!!」
「っくしょう、てめぇっ!!」
 ばたんと、ドアが開いた。
 俺はポケットに手を伸ばし、飛び出してきた男の肩にスタンガンを
当てた。いや、俺も学習するし。

 前回は大胆にも部屋でレイプだった。廊下から歩いていたら男が
3人がかりで彼女を抑えて犯していた。
 俺は事務処理的に彼らに注意を与えたのだが、なぜか怒られ、殴
られた。廊下を通りがかった母がその場に駆けつけ、父を呼び、な
んとか問題は解決したのだが。

 どうやら今回は学習したようで、トイレにて事を済ますつもりだっ
たらしい。いや、それなら行くカラオケ変えたほうがいいと思うん
だがな。やっぱり頭悪いのかこいつら。で、俺は事前に暴行客用ス
タンガンを携行していたのだった。(多分スタンガンをレジに隠し
ている店はうちぐらいなものだろうな。おかげで助かったが)

 泣いている彼女をスタッフルームに連れて行く。
「ん? 誰だ?」
 父である。
「あー……友達」
「あれ? あの時の?」
「ぐっ……面倒くさいんで説明は後でいいか?」
「ああ」
 寛大な父に感謝する。

「休憩とっていいぞ」父が俺に言う。「慰めてやれ」
「いや、なんでだよ」
「ん? 彼女じゃないのか?」
「違うよ」
「んじゃ落とせ」
 何が"んじゃ"、だ。まぁありがたく休憩は取らせていただくが。
「ああそう」俺は父に言う。「二回の男子トイレに気絶している人
が転がっているから、何とかしておいてくれ」
「ああ」
 本当に寛大な父である。

 スタッフルームのドアを開ける。まだ目が赤い彼女がいた。
「……」
「……」
 俺は自分用ドリンクに持ってきたコーラを飲む。
「……ちょっと」
「ん? ……ああ、お前の分忘れていた」
「違うわよ! 何か話してよ……」
「ん……飛んで火に入る夏の虫」
「……それだけ?」
「自分のことは自分で、な。俺なんて中学生からここで働いている。
学費だって自分で払っているんだぞ」
「あのねぇ……私は慰めて欲しいんだけど……」
「ドンマイ」
「それだけ?」
「気にすんな」
「他には?」
「って言うか俺の仕事を増やすな」
「……ごめんなさい」なんだか納得していない顔で彼女は俯く。「脅迫
されたのよ、画像ばら撒くって……」
「写メ?」
「写メ」
 俺は携帯を取り出す。父上。ぷるるるる。
「ああ、父さん? 処理中? そいつの携帯が上着に入っていたりし
ない?発見したら破壊しておいて」
「ああ」
 パタンと、携帯を閉じる。
「これでいいか?」
「……ありがとう」

「ねぇ、チョコ食べた?」
「……ああ」

――バレンタインデー

「どうだった?」
「……」頭痛がしそうな甘さのチョコを思い出した。「う、美味かった……」

――それは告白の日ではなく

「また作ってあげようか? 甘いの好きでしょ」
「お、おぅ……」
 どうも、人に感謝されるのって慣れないな。

――感謝の気持ちを示す日である


『突発小説/テーマチョコ:完』

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