妄想男その18(35停止目)

過剰ボランティア部ロリ先輩

 

 私の所属するボランティア部には、非常に眼鏡の似合う先輩がいる。
「……む」
 その先輩は今、部室で
「……いかん、削りすぎた。サフ吹きなおすか」
 サーフェイサーを吹き付けたゲルググの表面を紙やすりで削っていた。
「何してるんですか、ロリ先輩……」
 ちなみにこの先輩、周りから“ロリ”と呼ばれている。本人も抵抗が無いら
しく、後輩の私がそう呼んでも別に怒ったりはしない。あだ名の由来は……ま、
簡単に予想が付くと思われますが、重度のロリコンです、この人。
「お、早苗くんか。とりあえず来週の小学校訪問に使う小道具の作成をな」
「あの、ロリ先輩? そのゲルググを小学校に持っていく気ですか……」
 無垢な児童たちに四肢を折られ、原形をとどめていないゲルググを前に落ち
込むロリ先輩の姿が容易に想像出来た。……っていうか小学校に持っていくだ
けなのに何故そんなに気合入れて作るのだ。

「まぁ、とりあえず掛けたまえ。本日の活動内容はこれだ」
 ロリ先輩は一旦ゲルググを部屋の隅に放置し、鞄からレジュメを取り出す。
「……募金?」
「そう、ボランティアの基本とも王道とも言える募金、だ」

 くいっと、眼鏡のセンターフレームに中指をかけて、ロリ先輩は眼鏡のずれを
直した。

 このボランティア部は少し変わっていた。いや、少しというには語弊がある
だろう。物凄く変な部活だった。
 高校時にボランティア活動でもしておけば将来履歴書を書くときに使えるか
もしれないという非常に打算的な考えでこの部に身を置くことにした私だが、
以外にもエキセントリックな活動内容で結構楽しんでいたりする。

 活動の基本精神は“積極的”であった。いやむしろ“攻撃的”と言った方が
いいかもしれない。ボランティア活動にありがちな平和的なことをしていれば
それでいいだろう、的な漠然とした物ではないのだ。

 近隣の介護施設のお手伝いに行くときは、三日三晩徹夜で介護士の勉強をさ
せられたり(施設のお姉さんたちにうちで働かないかと部員全員が誘われた)、
校門前の花壇の花植えの時には土から変えて本格的にガーデニングしたり(出
来が良過ぎて市から賞をもらった)、ゴミ拾い活動では拾うだけでは飽き足ら
ず、市にゴミ箱の設置箇所を増やすよう嘆願したりとやることがすさまじい。
それらすべてがこのロリ先輩の企画だったりするからさらに恐ろしい。何者な
のだろう、この人。

「さて、募金といえば何が重要かな、早苗君?」
「……そうですね、まず寄付しようという心が一番――」
 私の言葉はそこでロリ先輩に打ち切られる。

「違う、金額の大きさだ」

 ……ほんと、何考えてるんだろうこの人は。

「いいかい?募金というのはそりゃ寄付しようという心構えも必要だがね、
がんばりましたと言って四千百二十五円ぽっきりしか集まらないようだと意
味が無いんだ。受け取る側も困るよ、その程度のはした金。鉛筆配られても
餓えてる子供たちのお腹は一杯にはならないんだ。そんな活動、参加者たち
の自己満足だね。必死さを伴わないボランティアに何の意味があろうか」

 いい事を言う……と思うんだけど、一高校生の限界と言うものについてい
ささか配慮が足りないんじゃないかなぁ。
「そこでだ!目標金額を定め、がっつりと寄付しようではないか!」
 勢いよく立ち上がってぐっと手を握りこむ先輩。
「……そうですか、いくら位寄付するご予定ですか?」

 ロリ先輩は握りこぶしを体の前に持ち上げ、指を二本立てる。
「2万?」
「200万」

 本っ気で馬鹿だ、この人。

「何、僕の能力をもってすればこの程度、余裕だ」

 ……また使うんですか、能力。

 ロリ先輩は超能力者だった。すでに意味不明なボランティア活動や超人的
才覚の持ち主が出てきたりと、話を聞いている方々には負担が大きいと思わ
れますが、これが最後なので一応耳を傾けてやってください。
 先輩は時間を止められるらしいです。30秒くらい。止めたあとは疲れて眠
たくなるらしいですが。

 「犯罪に手を染めるのは人として最低最悪なので、合法的に金を調達しよ
うと思う」
 合法的に200万を手に入れる方法なんてどこにあるのか、小一時間問い
詰めたくなる今日この頃。

 「さて、行こうか早苗君」
 「え、ちょ、ちょっと先輩――!」
 そう言って他の部員たちが集まる前に、ロリ先輩は私の手を引いてずんずん
歩いていく。他の同級生に見られたりして恥ずかしい。あーもう、制服がのび
るってばー。

 学校から駅前まで、結構な距離を歩いた。
 連れて来られたのはどこかの高級マンション。私のような一般家庭に住まう
者にとっては羨望の的である。プールとか大浴場が付いているところとか。
 入り口の認証ゲートでどこかの部屋番号をぴぴっと押し、「2番です」と
先輩。……2番って何だろう?
 相手の返答は無く、ガチャンと通信が切れた音。次にピーとアラームが鳴っ
て入り口が開いた。

 いかにも高級そうなオーラが漂う建物の中で、私は小動物みたいにびくびく
しながら先輩のあとを付いていく。どこに行くんだろうと思って付いていくと、
管理人室のドアを開けた。奥からジャラジャラと音が聞こえる……え?

 「何が合法ですか!これ違法じゃないですか!!犯罪ですよ!!!」
 「静かにしたまえ。実力で手に入れた金なら問題ないだろう?」
 この人の善悪の判断基準をエクセルで表にして纏めて提出してもらいたい。
結局は賭博麻雀ですか。四角のテーブルを挟んで座る三方の目が本当に怖かった。

 ポンだかチーだか私にはよくわからない用語が飛び交っていた。
 「ツモ、2000・4000」
 先輩は今のところ、順調に勝っているようだった。対戦しているお兄さんや
おじ様たちはかなりぴりぴり来ているようだった。私はソファーに座らされて
出されたオレンジジュースをびくびくしながら飲むしかなかった。
 ……どう見ても打ってる人、やくざだよねぇ……。

 私はなんだか、先輩が負けたら売られてしまうんじゃないかとか物凄い被害
妄想を脳内にて大展開中だった。

 そんな中、サングラス+スキンヘッドの怖いおじ様が淡々と呪文のような言
葉を吐いた。
 「ツモ。メンチン、ピンフ、一通、イーペ、場ゾロ付いて3倍満。12000オール」
 「……む」
 先輩が珍しく焦る表情を見せた。あらら、あんな顔もするんですか……。

 「ぼうず、その子置いていく覚悟はあるんじゃろな?」
 「……ええ」
 「ひえっ!?」

 なりふり構わずロリ先輩を連れ出し、女子トイレにぶち込んだ。
 「早苗君、ここは女子トイレだ」
 「些細な問題です!ロリ先輩!私を賭けの種にしてるんですか!?」
 「すまない、最後まで黙っておくつもりだったんだが」
 「あ゙ーー……もう、このロリは……!」
 逃げよう。今すぐ。私はトイレの窓から逃げようとする。
 ぽつりと「君が逃げると――」ロリ先輩は物凄く珍しく、かなり青い顔で言った。「――多分僕が死ぬ」
 「……うっ」
 リアリティ溢れる状況を目の当たりにしただけあって、相当の説得力があった。

 「ロリ先輩、勝てるんですか?」
 「まず現在の状況を説明しよう」ロリ先輩はピっと人差し指を立てる。「すでに2回
能力を使ってしまっている。物凄く眠たい。で、先ほど点数をがっさりもっていかれた。
さらに次はオーラス……つまり最後。非常に危機的状況だ」
 がっと、問答無用で頭にグーパンを入れた。
 「ななななな何してるんですか!?私売られちゃうんですよ!?あのやくざさんみた
いな人たちに!ソープランドに流されちゃいますって!もう少し真剣にがんばってくだ
さいよ!」がくがくと先輩の襟首をつかんで眠そうな頭を揺する揺する揺する。
 「大丈夫だ」と、ロリ先輩は頼もしそうに言う。ああ、なんて頼もしい顔「君がソー
プに流されて汚されてしまっても、僕が責任を取って君を妻に」
 ぱちーんと、今度は思いっきり頬を引っぱたいた。何かもう、泣きたい。
 「つぅ……痛いな。しかしありがとう、おかげで少し目が覚めた」

 死ぬのはいや、死ぬのはいや、死ぬのはいや……そんな感じの気分。

 ロリ先輩が最後の一局に付いた。じゃらじゃらと、牌をかき混ぜる。
 一列に積み上げる。先輩の指が滑らかに、すばやく牌を集めては組み立てる。
 最後の準備ができたようだ。私はひたすら祈るしかなかった。
 「すいません、最後の一局は彼女に打たせてあげてもいいでしょうか?」
 と、ロリ先輩の一言が部屋に響くまでは。
 「え?」

 3人のやくざさんたちがこちらをぎろっと見る。こ、怖い……。
 「ああ、ああ、よかよ。好きにせぇ、華があってええけんのぉ」
 「譲ちゃん、自分の人生どれほどのもんかみせてみい」
 やくざさんに招かれて、私はロリ先輩の席に座る。こ、これで私の人生が決ま
ると思うともう、もう死にそうです……。
 (大丈夫、絶対勝てるから)
 先輩が私の耳元でそうつぶやいた。信用して……いいんですよね?

 私の向かいの人がサイコロを振る。
 瞬間、ふっと何かがテーブルの上に見えた……気がした。
 さいころの目は偶然の作用なのか、12。
 見ていた先輩の手つきを思い出しながら、私は4つづつの牌を手元に集めてきた。

 東東東西西西北北南南中中[II]

 私は文字ばっかりできれいだなーとか思ってみていた。
 (北か南のどっちかが出てきたらポンって言って[II]を捨てて)
 先輩の助言に従って、すぐに左の人が捨てた南を「ポン」と言ってテーブルの端へ。
 (あとは南か中がでたらロンって言って)
 (先輩、自分で南を引いたらどうすればいいんですか?)
 (……君、すごいな)

 「ツモ。字一色、大四喜。ダブル役満」

 私とロリ先輩はなんだかやくざの人たちに物凄く褒められながら、115万という
超大金を手に入れてマンションを後にした。
 「200万、いきませんでしたね」
 「……」
 ロリ先輩は物凄く疲れたようで、公園に着くと物も言わずベンチに横たわって
寝てしまった。今思えば牌を積み込んでいたとしか思えない最後の手牌。サイコ
ロの目も多分、先輩が操作したんだろう。相当疲れていたのに、さらに2回も止
めたのかな。
 「お疲れですか?」
 「……」
 物凄く疲れているらしい。顔が苦悶の表情でゆがんでいる。返事も返ってこないや。
 「先輩…頭痛くなっちゃいますよー?」
 「……」
 ベンチの板に張り付いて返事をよこさない先輩の頭を、私の太ももの上に乗せた。
まぁ、少しぐらいなら休ませてあげてもいいでしょう。ロリ先輩結構がんばったし。

 「私を売り捌こうとしていた事については後でしっかり謝罪してもらいますよ」
 「……」
 「寝てますか。……本当に寝てるんですか?」
 「……」
 「……」
 「……」
 「寝ていますね………………ん」私は物言わぬ先輩の唇にキスをしようとして、
 「…………やっぱり、おあずけ」やめておいた。

 後日、ボランティア部総動員で近くの小学校を訪ねることになった。
 ロリ先輩は塗装を完璧に決めたゲルググを、小学二年生の女の子にプレゼント
していた。女の子はなんだかよくわからないけど、喜んでいたからいいか。しかし、
あの孫を愛でるような目つきとゆがんだ顔、どうにかならないかな。

 ちなみにあの115万円という大金ですが、先輩は「キリがよくインパクトがある
だろう?」ということで100万円を学校の募金名義で本当に寄付した。おかげで新
聞から騒がれたり雑誌からインタビューされたりで色々と大変でした。

 さて、残った15万は……。
 「時代はインターネット」という先輩の提案により、部室に一台パソコンが来
ました。それを見るや先輩は「これでゲームができるんだろう?やってみようじゃ
ないか」と興奮してアクセサリ付属のゲームを始めましたが、予想と違っていた
ようでかなり落胆していました。「何かもっと、3Dなゲームとかあるんじゃない
のか……?」どうやら、PCはあまり得意じゃないみたいです。


 まぁ総括すると、私の所属するボランティア部には非常に眼鏡の似合う非常に
変な先輩がいます。


――――過剰ボランティア部ロリ先輩/終わり

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