45(moru) (32停止目)

 

電車とは実に面白い。
周りを見れば多種多様な人間が居る。
何かあったような仕事帰りの男。
今から、彼氏と夏祭りにでもいくかのように不安そうに髪をいじる目の前にいる浴衣の少女。
夕方なのに疲れた様子を見せない元気な少年。
そんな中に俺もいる。
俺はといえばこれから何も予定がない、悲しい男だ。
身分といえば、最近で言うとNEETと言うのか唯の穀潰し。
まぁ、バイトをやってみたりしたが、どうも長く続かない。
学歴?学歴なんて高卒だ。
目の前の少女の目線がこっちを向く。まるで俺を罵倒してるかのように感じる。
どうせ俺は、女に告白されたこともなければ告白したこともない人間だ。
やせ我慢で女には興味ないと言っていた学生時代だが、所詮は思春期。
性欲を抑えられるほど俺は、高尚な人間じゃなかった。
そのため、昔、女の子の体操服姿を見て欲情し同級生に興味ないくせに
なんで元気なんだ?と、からかわれたりもした。

そういうことを思い返していると電車は上半分が茶色に染まったコンクリートの鉄橋を過ぎていく
この茶色を見るとなんか、わびしくなってくる。
そんな茶色の連続が続く鉄橋が過ぎ電車は、この町の中心地へと走っていく
しかし、この中心地が厄介だ。周りは社会人やら学生やらが大量にいる。俺にとってはほとんど、地獄に近い。
けど、こんな地獄にも俺の心のオアシスというか、そういうものがこの地獄にはある。
俺は、唯それだけのために今は、生きているようなものだ。
親にとっては大迷惑なんだろうとは思う。
急に電車のブレーキ音がして思考が一瞬停止した。
電車が止まったようだ。
周りの立っている人は、こけそうになっていた。
そんな中で浴衣の少女は、全く動じていない
そんな些細なことで俺はドキリとした。
いかんいかん、人とあまり接していないとよくこうなる。注意しないと。
電車は、信号待ちのようだ。
車内アナウンスが流れ。数秒後また走り出す。
すると数十秒ですぐに終点のこの町の中心に着いた。
そして、右側の扉が開くと、人が大量に流れていった。
浴衣の少女も同様に流れていった。

俺はそんな中、テンポを遅らせて電車の外に出た。
駅のホームはそんなに暑いというわけではなく、むしろ涼しかった。
浴衣の少女は、もう俺の視界から消えていた。
俺は歩を進める。
馬鹿みたいに狭い階段を使い一階に降りる。
地下にはエスカレーターでゆっくり降りたであろう人や
違う電車に乗った人や色々な人がいた。
ここまで多いと俺はおもしろいを通り越して不機嫌になっていく
俺の嫌いな人種のギャル男やギャルが視界に入ってくるからだ。
俺は不機嫌になり目を伏せながら歩く。
ヤツらの笑い声が耳障りだ。
ホントに腹が立つ。
視界からは外せるが聴覚から嗅覚から入ってくる。
ホントにむかつく。
さらにそいつらは俺が通ろうとしていた改札を横から入ってきて悠々と通っていく。
ホントに殺してやりたい。
このヤキモキした感じを持ちながら、改札を出た。
出ると、券買場でまた違うギャル男がいた。どうも女の子に声をかけているようだ。
女の子を見ると、どうもまんざらでもない様な顔をしている。
学生時代もそうだったが、なんでああいうのがもてるんだろうか…。
俺はそんなことを考えながらさっきとは対照的な、
まるでどっかのギャングが乳母車の間で銃の撃ち合いをしていた階段かのように大きな階段を下り、
目的の場所、本屋に着く。

この本屋は階段のすぐ脇に入り口があるんであんまり嫌いなやつらに合わなくて済むから楽だ。
それに、ここには俺の好きなジャンルの本が多く置いてある。
まさに俺の心のオアシスだ。
本は大好きだ。それも特にSF。
SFが好きになったのは子供の頃に読んだ、
有名なロボット工学三原則という物の中でストーリーが展開されるロボット物だ。
これのリメイク映画みたいのが出来たらしいので見に行ったが、それはそれはひどい出来だった。
ロボット三原則を全くもって無視したような作りで、これがあの作者の原作と考えると
あまりにも作者が、かわいそうだ。
本屋に来たのはこの本の新訳が出たらしいのでそれを買いに来たのだ。
で、その本はすんなりと手に入った。
よく見るとさっきの元気な少年がいた。
新訳のその本をこの少年も買ってもらっていた。
俺とは、全く違う元気な少年だった。
というか、俺には少年時代があったのかと疑問に思うくらいだ。
それぐらいに今の俺と少年は、かけ離れている。
そういえば、この本屋でも浴衣の人がいたり、普段より親子連れが多い
この様子だと今日は、どうも夏祭りのようだ。確かに何処で聞いたかは
忘れたけど、そんなことを聞いた気もする。
急激な破裂音がこの町の中心を震撼させ、人々はその破裂音聞き歓声を上げる。
そして、煙が立つオレンジ色の空を一斉に皆が見上げた。
どうも花火が、始まったらしい。
俺はというとその少年のすぐ後ろについて店を出たが、人の波に
揉まれて駅の外に出てしまった。
気付くと少年はもう目の前から消えていた。

俺はもうこの後の予定もないし人の流れに乗ることにした。
BGM代わりに強烈な爆発音が耳どころか体全体を揺さぶる。
普通なら15分ぐらいで済むのに1時間近くをかけて歩いていく。
そうすると辺りは暗くなり正に夏祭りの形容を見せていた。
やかましくて、ギャル男やギャルがいて、それでいて懐かしくて
目の前に川原が見えた。いつもは日本でワースト5に入るぐらいに汚い川らしいが
打ちあがった花火が水面に反射して見えるその様は、決して汚い川とは思えない
ほど綺麗だった、いや、仕掛け花火とその水面に見える花火とを合わせた綺麗さは
俺のような人間が語れないぐらいのものだった。
人が多い。けど、子供の頃に夏祭りに行く前によく好きな本を買ってもらった
事もあり、夏祭りはそんなに嫌いじゃない。
ギャル男やギャルはいるがこの時は、目に入らなかった。
この強烈なBGMは俺の嫌いなものを頭の外へと押しやってくれて実に心地よかった。
ふと目をやるとブルシートの上でスーツを着た集団がドンちゃん騒ぎをしている。
電車で見た、何かあったような男はこんな風に騒いでいるんだろうか?
そんな風にちょっと不安、いや心配になったけど
すぐにそんなことは忘れていった。
こういう気持ちも花火が消していく…。

inserted by FC2 system