喪吉その3(16停止目)

覚醒

「ハァハァ・・・」
カツーン、カツーン。
暗闇に不気味な足音が響く。

追いつかれる!
まどかは、階段を全力で駆け下りる。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう・・・。

まどかは、公立高校に通う2年生。
今日も、いつも通りに部活を終え、部室で他愛も無い話をした後、
由美と一緒に帰宅した。

帰宅する途中の廃ビルの前を通り過ぎると、人の居ないはずのビル
の窓に、人影が見えた気がした。

「まどか、どうしたの?」
「ううん。ちょっとビルの窓に人影が見えた気がしたから」
「え〜? 幽霊とか?」
「まっさか〜」
由美とまどかは、笑い合った。

「ねぇ、まどか。ちょっと見てこようか?」
由美が真面目な顔をして、まどかに問い掛ける。
「えぇ? 止めとこうよ。最近、向こうの廃工場が不良の溜まり場に
なったって言うし。そういう連中だったら、やばいじゃん」
まどかは、好奇心旺盛な由美を必死で止める。
「大丈夫だって。そんな連中だったら、騒いでる声がここまで聞こえるよ。
さ、肝試し、肝試し」
由美は、笑いながらまどかの手を引っ張り、廃ビルへと向かった。

このビルの持ち主は、昨年事業に失敗し、ビルの中にガソリンを撒き、
焼身自殺をした。
火は一階部分を焼き尽くし消化されたが、それ以来、この土地は買い手が
着かず、取り壊しもされないまま、放置されている。
ビルの入り口や、一、二階部分の窓には木の板が張られており、
中に入ることは出来ない。

「裏口に回ろ」
由美がビルの裏口へと向かう。

「ねぇ、由美、止めようよ〜」
まどかも渋々、由美の後を着いて行く。

「まどか〜、裏口開いてるよ〜。きゃぁ」
由美の悲鳴が裏口から聞こえた。
「由美、どうしたの? 由美!」
まどかは裏口に向かい走った。

「由美?」
まどかが由美の名前を呼ぶが、返事は無い。
裏口の扉は開き、奥には暗闇が続いている。

「由美、冗談ならもう止めて!」
裏口から中を覗いて見るが、扉付近以外は暗闇に覆われ、何も見えない。
まどかは携帯を取り出し、携帯のライトで辺りを照らしてみる。

「由美、隠れてないで出て来て。私、帰っちゃうよ?」
由美の返事は無い。

「由美、私、こんな冗談は、好きじゃないんだから、
本当に帰っちゃうよ?」
まどかは、携帯のライトを照らしながら、由美を呼ぶが、返事は無い。
扉の内側に鞄が落ちている。

まどかは廃ビルの中に入り、鞄を調べる。由美のだ。
由美の身に、何か有ったのかも知れない。
まどかは、恐る恐る廃ビルの中へと入って行く。
ビルの中は、空気がしっとりと湿っており、未だに焦げた臭いが鼻に付く。

「由美! 由美!」
まどかが大声で由美の名を呼ぶが、由美からの返事は無い。
まどかは、由美の鞄が落ちていた方向に向かって歩き出す。

コツン、コツン。
靴音が不気味に廃ビルに木霊する。
「由美〜、由美〜」
まどかが由美の名を呼ぶが、由美からの返事は無い。

やがて、階段の前に差し掛かると、靴が片方落ちていた。
携帯のライトで照らしてみると、まどかが通う高校指定の靴で、
触るとまだ少し暖かかった。

「由美〜!」
まどかは階段を駆け上がる。
まどかが二階に上がると、三階の方から、扉が閉まる音が聞こえた。
更に階段を駆け上がり、三階に出る。

通路の先で物音が聞こえた。
「由美はこっちだ」
まどかは物音がした方へ、走り始めた。
携帯のライトを頼りにまどかは走る。
扉の前に、もう片方の靴が落ちていた。

「由美はこの中?」
まどかが恐る恐る、ドアノブに手を掛ける。
「鍵は開いてるみたい・・・」
まどかはドアノブをゆっくりと回す。
ギギィ〜と言う鈍い金属音と共に、扉が開く。

「由美、居るの?」
まどかは携帯のライトで部屋の中を照らすと、人の足のようなものが見えた。
携帯を動かすと、そこにはマネキンが横たわっていた。

「もう、びっくりさせないでよ」
まどかは安堵し、部屋の中へ入る。

「ん〜ん〜」
奥から声が聞こえる。
まどかは、携帯のライトを声のした方向に向ける。

「由美ッ!」
ライトを向けた場所には、サルグツワに、両手、両足を縛られた状態の由美
が座らされていた。
まどかが由美に近づき、由美の前に跪く。
「由美、大丈夫!」
「ん〜ん〜ん〜」

まどかは由美のサルグツワを外す。
「由美、何があったの?」
「まどか! 後ろ」

由美の声に、まどかが携帯のライトを後ろに向ける。
まどかがライトを後ろに向けた瞬間に、まどかの手に衝撃が走り、手にしていた
携帯を落としてしまった。

部屋の中に暗闇が訪れる。
まどかは、何かが動く気配を感じ、身を屈める。
ぶんっと、空気を裂く音が頭上で聞こえる。

「だ、誰? 誰なの?」
まどかは、立ち上がり、扉まで走った。
、何かが振り下ろされた。
ガキーンっと、何か硬いもの同士がぶつかる音が、
先ほどまでまどかが居た場所から聞こえた。

「まどか、逃げて!」
部屋の奥から由美の声が聞こえる。

「由美置いて逃げられないよ!」
「いいから、逃げて! 私がこうなったのは、
このままじゃ、まどかも掴まっちゃう!
まどかだけでも逃げて!」

「で、でも・・・」
「いいから、逃げて! 逃げろ〜!」
由美が絶叫に近い声で叫ぶ。

「わかった。助け呼んで戻ってくる。絶対に戻ってくるから!」
まどかは階段に向かい走る。
後ろからは何者かが、追いかけてくる気配がする。

まどかは全力で走るが、足音が遠ざかる感じはしない。
「由美、待っててね。必ず、助けを呼んで戻ってくるからね!」
まどかは一気に階段を降りる。

カツーン。カツーン。
まどかが二階まで降りると、下の方から足音が聞こえる。
−−−−−先回りされた!?

まどかは、降りるのを諦め、二階の廊下に出る。
カツン、カツン。
足音は、どんどん近づいてくる。
二階は三階とは違い、窓に貼られた板によって、完全に闇に覆われていた。
「早く逃げなくっちゃ・・・」
まどかは手探りで歩く。

暗闇を手探りで歩いて行くと、手がドアノブのようなものに触れた。
『部屋の中に入って、通り過ぎるのを待とう』
まどかはドアノブを回し、中に入る。

カツーン。カツーン。
靴音が近づいてくる。
まどかは、物音を立てないように、じっと身を潜める。

カツーン、カツーン。
靴音が扉の前まで来る。
『神さま!』
まどかは見つからないように、必死で祈る。

カツーン、カツーン・・・。
靴音が遠ざかって行く。
「はぁ・・・」
まどかの口から安堵のため息が漏れた。
『早く、助けを呼んでこなくちゃ・・・』

まどかは扉から外へ出て、手探りで階段まで戻った。
行きとは違い、携帯の明かりが無いので、慎重に階段を降り始める。
カツーン、カツーン。
階段の上から足音が聞こえる。

『な、なんで、なんで、上に居るの?』
まどかは、必死に階段を降りる。
一階に降りると、遠くに裏口の扉が見える。
入ってきたときと同様に、扉は開いたままだ。

「あそこまで行けば、助かる!」
まどかは、裏口の扉まで必死に走る。
カツカツカツ。
追いかけてくる足音が近づいてくる。

まどかは走る。扉まで後10m。
カッカッカ。
足音がすぐ後ろから迫る。

『た、助けて!』
扉まで後5m。

3m。
由美の鞄が見えた。

2m。
扉から差し込む光に近づく。

1m。
まどかが扉の前まで近づくと、扉の影から大きな人影が現れる。
手には鉄パイプのような物を持ち、大きく振りかぶっていた。

まどかは走っていたために、その反動で急には止まれない。
人影の鉄パイプが、振り下ろされる。

「いやぁぁぁぁぁぁ〜」
まどかの絶叫が一階の廊下に響き渡る。

そのとき、まどかの額が光に包まれ、紋様が浮かび上がった。
まどかが発する光が、人影を照らす。
人影の顔は、口元が大きく裂け、黄金色の瞳で、皮膚は緑色の鱗に
覆われており、トカゲのような顔だった。

トカゲ男が手に持った鉄パイプが、まどか目掛けて近づいてくる。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
額の紋様と同じものが、まどかの両手にも浮かび上がった。

『私、こんなところで殺されちゃうの?』
まどかは、気が遠くなるのを感じた。

鉄パイプはまどかを殴る直前で、動きが止まる。

そのとき、まどかの後ろから、影が飛び出し、トカゲ男と交差する。
ザシュ!
白銀の煌きが、トカゲ男を一閃する。

まどかは、遠ざかる意識の中で、トカゲ男の首が落ちるのを見た。
そして、まどかは完全に気を失った。


「う・・・ん・・・」
まどかがベッドの上で伸びをする。自分の部屋だ。
「夢・・・?」
まどかは、手を見たが、紋様は無い。
「あはは。やっぱり夢だよねっ。くちん」
まどかはくしゃみをする。

「う〜。さむい・・・」
外は快晴だが、まだ2月の朝は寒い。
どうやら、悪夢のせいで寝汗をかいたらしく、寝汗が冷えたらしい。
「さて、シャワーでも浴びよ」

まどかは階段を降り、浴室へと向かう。
「パパ、ママ、おはよ」
母親はキッチンで朝食の準備をしおり、父親はリビングで新聞を読んでいた。
「まどか、体はもう大丈夫?」
母親がキッチンから顔を出し、まどかに尋ねる。
「体って?」
まどかは、母親の問いの意味が判らず、足を止めた。
「昨日、学校帰りに貧血で倒れたそうじゃないか。
もう、大丈夫なのかい?」
父親が、新聞を置き、まどかを見る。

『あれ? 昨日の帰りは、由美と一緒に帰って・・・。
廃ビルは夢だったんだよね・・・。
あれ?』
まどかは昨日の出来事を思い出そうとするが、どこまでが夢で、どこまでが
現実なのか、はっきりしない。

「まどか、まだ体調悪いんじゃないか?
今日は学校を休みなさい」

「うーん・・・。くちん」
「まどか、風邪引くわよ。とりあえず、シャワーを浴びてらっしゃい」
「う、うん・・・」
まどかはシャワーを浴びるために、浴室へ向かう。

「昨日は、どこまでが夢で、どこまでが現実だったんだろう・・・」
温度を高めに設定し、まどかはシャワーを浴び始める。

「昨日は、部活が終わって、由美と部室でお話しした後、一緒に帰ったんだよね。
ここまでは、現実だ。うん。
で、廃ビルの窓に何かが見えて、由美が裏口から中に入っちゃって、由美を探して
三階に上がって、由美が縛られてて、私が襲われて・・・。
うーん、この辺は夢だよねぇ・・・。
ま、後で由美に聞いてみよっと」
まどかはシャワーを止め、浴室を出る。

「まどか、朝食は食べるでしょ?」
「うん。食べるー」
昨夜は何も食べずに寝てしまったらしく、お腹がペコペコだ。
まどかは、部屋に戻り、スウェットに着替える。

「あ、そうだ。由美にメールしよ」
まどかは、制服のポケットを探すが、携帯は入っていなかった。
「あれ? 携帯どこやっちゃったかな?
あれー、落としちゃったのかなぁ?」
まどかは鞄をひっくり返し、中身を出すと、携帯が入っていた。
「あった、あった。あ〜、びっくりした」

まどかは、由美にメールをするために、携帯を開く。
携帯を開いたまどかの手が止まった。
携帯の画面は大きくひび割れていた。

「ゆ、夢じゃない・・・」
まどかは再び気が遠くなるのを感じた。

「まどか、朝食冷めちゃうわよ」
母親がまどかの部屋に入ると、携帯を握り締め、まどかが倒れていた。
「まどか! おとうさん! ちょっと、おとうさん、まどかが!」
父親を呼ぶ母親の声を聞きながら、まどかは気を失った。

「う〜ん・・・」
まどかが目を覚ます。時刻は既に昼を回っていた。
枕元の壊れた携帯が、昨夜の出来事が夢ではないことを、
物語っている。

「昨日の出来事が夢じゃないなら、由美は?」
まどかがベッドから起きると、机の上にメモと、食事が用意してあった。

『まどかちゃんへ。
食事を用意しておきましたので、起きたら食べなさい。
学校へは休む旨を伝えましたので、今日は大人しく寝てなさい。

ママも、パートを早めに切り上げて帰ります。
ママより』


まどかが時計を見ると、時刻は12時30分だった。
「まだ、昼休みだ。由美に電話してみよ」
まどかは手帳を持ち、電話へと向かう。

「もしもし?」
受話器の向こうから、由美の声が聞こえる。

「あ、由美、私。まどか」
「まどかか。どうしたの? 家電からなんて珍しい」
「携帯壊れちゃってさ」
「ふ〜ん。そうなんだ。で、体の方はもう大丈夫なの?」
「あ、そう、それ! 昨日、私貧血で倒れちゃったみたいだけど、
どこで倒れたの?」

「え? どこでって・・・。覚えてないの?」
「う、うん。なんだか、どこまでが夢で、どこまで現実だったのか、
判らないの」

「まどか、変な薬でもやってるんじゃない?」
「違うよー」
「あはは。冗談よ。昨日は、学校を出てすぐに倒れたんだよ」
「そっか。学校出てすぐに倒れたんだ・・・」
「大変だったんだよ〜。職員室まで、先生呼んで来てもらってさ。
陣内先生が病院と、家まで送ってくれたんだよ。
私も、一緒に病院やら、まどかの家まで送って・・・」

『昨日の廃ビルでの出来事は、夢?
変な紋様とか、トカゲ男に追いかけられたり・・・。
そっか。そうだよね。あんな体が光ったり、
トカゲ男に襲われるなんて、現実的じゃないもんね』

「ちょっと、まどか、聞いてる?」
「あ、あぁ。うん。聞いてる」
「まどか、やっぱり、まだ体おかしいんじゃない?
まだゆっくり休んでた方がいいよ?」

「うん。そうする・・・」
まどかは受話器を置き、部屋へと戻る。

ぐ〜。まどかの腹の虫が鳴った。
「あはは。そう言えば、昨日の夜から何も食べてない
もんね」
まどかは、机の上に用意された食事を食べ始める。

まどかは、食事をしながら携帯を手に取った。
割れた液晶部分は、落としたと言うよりも、
何かにぶつかったような感じで、割れている。

「この携帯、お気に入りだったのにな〜。
パパ、また買ってくれるかなぁ?
あれ? 画面に何か付いてる」
まどかは、割れた液晶部分に付着しているものを手で触ってみる。
まどかの指先が黒く染まる。

「なんだろ? 煤?」

まどかは、灰ビルでの出来事を思い出す。
一階部分は全焼・・・。煤・・・。

「やっぱり、昨日のことは夢じゃない!
何でか判らないけど、由美は嘘を付いてるんだ!」

まどかは制服に着替え、学校へと向かう。
まどかの家から学校までは、歩いて20分の距離だが、
廃ビルの前を通れば15分で到着できる。
しかし、今は廃ビルの前を通れる気分ではない。
まどかは、少し遠回りだが、商店街の方から学校へと向かう。

まどかは、家を出たときに、視線を感じた気がした。
『誰かに見られてる? まさか。気のせい、気のせい』

まどかは、商店街を抜け、住宅街に差し掛かる。
『やっぱり、誰かに見られてる!』
まどかが後ろを振り向くと、通りの奥で人が隠れるのが見えた。

『なに? なんなの?』
まどかは、駆け出した。
『なんで、私が後をつけられるの? ストーカー?』
まどかは、全力で駆け出し、次の角を曲がった。
角を曲がると、歩いていた人にぶつかった。
どんっとぶつかった衝撃で、まどかは尻もちを付いてしまう。

「す、すみません」
まどかが謝りながら、ぶつかった相手を確認すると、相手は、
スーツ姿の気の優しそうな中年男性だった。
中年男性が、まどかに向かい手を差し伸べる。

「あ、ありがとうございます」
まどかは、中年男性の手を取り、立ち上がる。

「ミつケた・・・」
中年男性が、奇妙な発音でしゃべり、
まどかの手を握った手に、力が入る。

「い、痛い! ちょっと・・・」
まどかが中年男性を見ると、中年男性の目が、金色に変わり、
爬虫類を思わせる目に変わって行く。

「モくひょウヲ ミつケた・・・」
中年男性の口元が裂け、青い長い舌がチロチロと出入りする。

「ひっ」
まどかは後ずさるが、手を握られており、下がる事ができない。

「コろス・・・」
「ぃ、ぃゃ・・・」
まどかは、恐怖のあまり、声にならない。

中年男性のもう片方の手が、まどかの喉元を掴む。
「く、くる・・し・・」
まどかが、喉元を掴んでいる腕に爪を立てると、
中年男性の腕から皮膚が剥がれ、緑色の鱗が現れる。
喉元の腕に力が入る。
「た・・・すけ・・・」

ザシュ!
まどかの喉元と腕を掴んでいた力から、突然開放された。
まどかが目を開けると、黒いコート姿の男が立っていた。
黒コートの男は、サングラスを掛け、口元はマフラーで隠れており、
顔は判らず、手には刀のようなものを持っていた。

「キシャー!」
中年男性は奇声を上げ、口元が大きく裂ける。
その姿は既に人間ではなく、爬虫類の顔になっていた。
黒コートの男が、トカゲ男に切りかかる。

「今のうちに逃げろ!」
黒コートの男が言う。

「あ、あなたは誰なの?」
「早く、行け!」
まどかは、来た道を全力で戻る。

『なんなの? なんで、私がこんな目に合わなきゃいけないの?
あのトカゲ男は何なのよ!
それに、あの黒ずくめの男は、刀持ってたじゃない。
銃刀法違反よ! 犯罪だわ!」
まどかは、商店街の人ごみを掻き分け、自宅の前へと辿り着いた。

自宅の扉が少し開いている。
『メモに早く帰るって書いてあったから、ママが居るんだ』
まどかは、扉を開け、家の中に入る。

「ママー」
「まどか、こっちに来ては駄目!」
キッチンから切羽詰った声で、母親が叫ぶ。
「ママ、どうしたの?」
まどかがキッチンへ行くと、キッチンの奥には、
緑色の返り血を浴びた母親が立っていた。

「ママ、それ・・・」
「キシャー!」
まどかの背後から、トカゲ男の奇声が聞こえる。
「まどか!」
母親がまどかを突き飛ばし、トカゲ男の腕が母親の腹に、
深々と刺さる。

「ま、まどか・・・大丈夫?」
母親が一瞬ほほえみ、そしてその顔が苦痛に染まる。
母親の血がまどかを赤く染めあげ、母親が力無く倒れ込んだ。

「マ・・・マ・・・。い、いやぁぁぁぁぁぁ」
まどかの体に光の尾が現れ、手と額に紋様が浮かび上がる。


ザシュ。
トカゲ男の首が落ちる。
黒コートの男が持った刀から、緑色の血が滴り落ちる。

「兄貴」
黒コートの男の横に、制服を着た少女が走り寄る。
「まどかは自宅に向かったみたい」
「そうか。俺らも後を追うぞ」
「うん」
黒コートの男と少女が、まどかの後を追いかける。

「い、いやぁぁぁぁぁぁ」
まどかの家から、まどかの悲鳴が聞こえる。
黒コートの男と少女が、顔を見合わせ、まどかの家へと急ぐ。

キーーーン。
耳鳴りにも似た感覚に襲われ、喧騒が止み、辺りに静寂が訪れる。
そして、周りのすべてが静止する。

「発動した。急ぐぞ!」
黒コートの男と少女は、まどかの家の中に入る。
黒コートの男と少女がキッチンに入ると、トカゲ男がまどかに
腕を振り下ろす直前で静止しており、まどかは九本の光の尾に
包まれ、母親を抱きながら、何事かを呟いていた。

「マ・・・マ・・・」

「完全に覚醒したか・・・」
「兄貴、そいつを」
少女に促され、男は手に持った刀で、トカゲ男の首を撥ね、
トカゲ男を蹴り倒す。

少女がまどかに駆け寄る。
「まどか! まどか!」
「マ・・・ママが・・。ママが・・・」

キーーーン。
再び耳鳴りがし、時が動き出す。
首を撥ねられたトカゲ男が、派手な音を立てて転がる。

「まどか、しっかりして!」
少女がまどかの肩を揺さぶる。

「ゆ・・・み?」
黒コートの男と一緒に居た少女は、まどかの親友の由美であった。
「由美、ママが、ママが〜!」

バタン。
「キシャー!」
玄関の扉が開く音が聞こえ、トカゲ男の奇声が聞こえた。

「由美、まどかは、まだ自分の力で発動できん。
ここは俺が引き受ける。まどかを連れて、先に行け!」
黒コートの男が刀を構え、玄関へと向かう。

「まどか、行くよ!」
由美がまどかの手を引き、立ち上がらせようとするが、
まどかは立ち上がらない。

「でも、ママが・・・」
パシン。
由美がまどかの頬を叩く。
「まどか、しっかりして! 
こんなところで、まどかが殺されちゃったら、ママが悲しむよ!」
由美がまどかを強引に立ち上がらせ、裏口へと手を引く。

「ママ! ママー!」
まどかは由美に手を引かれながら、裏口から家の外へと出て行く。

「ママぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

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