喪界塔士sage(3停止目)

 

 小鳥の鳴き声・・・カーテンの隙間から入ってくる太陽の光・・・
散らかった部屋・・・いつもの朝の風景。時間は・・・もう9時か。
 
 今日は日曜日。大学もバイトも休み。なにも予定がない休日だ。
ひどい頭痛がする。完璧な二日酔いだ。このまま二度寝したいと思った矢先、
昨日の嫌な記憶が蘇り、眠気が吹き飛ぶほどの不快感を覚える。
  
昨日の嫌な出来事。そう、古本屋のバイト帰りに、
最近は会う事も少ない、友人からメールがきたのだ。
「知ってる奴みんな集めて、久しぶりに飲もうぜ」というメール。
高校の頃によく遊んでいた連中も集めての飲み会は、
きっと楽しいものになるだろう。思い出話に花を咲かせて。
そう思いながらウキウキと居酒屋へと向かったのだが・・・
  
 その場には友人2名と、まったく知らない女が3人ほど。
どうやらその女は友人の知り合いの、またその友達・・・らしい。
結局俺はその友人の女達を喜ばす笑いのネタに使われ、
無理矢理酒を飲まされ、笑われ、キモがられ。
 
 思い出せば思い出すほど嫌な記憶だ。昔はあいつらも、
女なんか縁のない喪男だったのに、いつのまにか変わってしまっていた。
裏切られたような、自分だけ取り残されたような、そんな気分だった。

 結局二度寝など出来ず、
バイト先の先輩から無理矢理教えられたダメな習慣・タバコを吸いながら、
明るい太陽の光が注ぐ朝の風景をぼんやりと眺めていた。
 
 ピンポーン♪ 宅配便でーす
 
 俺に宅配便?めずらしいな。お袋もロクに送って来ないのに。
親戚の畑でいい野菜でも採れたのだろうか?
 
 玄関を開けるが黒猫ヤマトの中の人はおらず、
大きな段ボール箱がドンと置かれているだけだった。
いたずらか?爆弾とか入っていないよな?
いや俺みたいな低底の人間を殺した所で誰も・・・
とにかくも中身が気になるので開けてみる事にする。
 
 貞子のような女が中に入っていた。
それは俺を見上げ、気の抜けるような声を出す。
 
 貞子?「・・・腹減った。」
 
 俺は勢い良く段ボールに凄まじい蹴りを入れ、
火事場のバカ力で箱を持ち上げ、投げ落とした。
・・・俺の住んでいる所は、3階建てボロアパートの最上階だ。

 やっべ どうしよ 人殺してしまったwwww
部屋に戻った俺は我に返り、頭を抱えていた。
年齢=童貞な上キモメンで殺人までやってしまうなんて・・・
いや、最近の刑務所は居心地がいいって言うし・・・
だめだ!もしかしたら死刑宣告を受けたおっさんとかにカマ掘られるかもしれん!
そのおっさんとの甘美な世界が俺の頭の中を駆け巡る。
 
 「疲れてる時は嫌な事を考えるもんサァ。ほらコレでも食えヨー」
 
ぁあ そうだな。そういえば朝起きてまだ何も食・・・べて なiiiiiiiiッッッ!!!
   
 開いた冷蔵庫の前にはその貞子?がいた。
口をモグモグしながら、・・・昨日の残りの饅頭を食っている。
 
 
そのまま貞子?の延髄に蹴りをいれ、冷蔵庫の中に叩き込んでやった。

 貞子?「もっとマシな縛り方できないのかヨ〜。亀甲縛りとかサァ。」
 
ロープでぐるぐる巻きにしたソイツは、気が抜けるような声でブツブツ言っている。
 
 腰まで伸びた髪。長い前髪からはクマのできたダルそうな目が覗いており、
映画の貞子とは違って黒いワンピースを着ている。
俺とソイツは机越しに座り、まるで刑事ドラマの取り調べの様だ。
   
 さて、とりあえず・・・
俺「とにかく、何なんだお前は?いきなり段ボール箱から出て来て。
  人ん家に勝手にあがりこんで、冷蔵庫漁って。」
 
貞子?「人に訪ねる前に自分から名乗るのが礼儀ではないカ〜ネ?」
 
 お前が礼儀とか抜かすな!と言う所だったが、話が進まないのでしぶしぶ自分の名を名乗る。
 
 俺「・・・喪谷。喪谷健造。で、お前は?」
 
 名前を名乗る俺の顔を、じーっと見つめるソイツ。
 
貞子?「変な名前の通り貧相な顔ネー。ワタシの名前はッ!
    『クリスチーナ・フォン・ブロウクンハート・伊藤』。
    ピチピチの18才なのダヨ。こりゃ萌えるネ。間違いナイ。」   

  
いや・・・お前こそ変だ。その名前。外人?何人?変人ですね。

 喪谷「で、その伊藤氏が一体俺に何の用で?」
 
 クリス「クリスでイイヨ。クリちゃんはナシネ!エロいから。
     エッチなのはいけないとおもいまス」
 
 頭が痛い。コイツはほんまもんの変態かもしれん。
善良な国民に被害を与える奴は国家権力の力で排除すべきだ。
さっそく携帯で政府の犬に電話をする。
 
 クリス「ままままッ待って!それだけは堪忍しテ!
     おふざけナシでちゃんと話すヨー!」
   
 無視して携帯に番号を入れる。困った時にはピーポー君におまかせさ。
トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・ト   ガチャリ
 
 政府の犬「はい 警察です。どうしました?」
   
 はい!助けてください変態です。俺が答えようとした瞬間、
突然、俺の手からは携帯電話が消えていた。
 
 クリス「あ☆どうも〜♪ え? あ〜これはスンマセン!間違えました〜・・・
     ふぅ、危ない所だったゼヨ」
 
 喪谷「ちょッおま いつのまに!?」

 ぐるぐる巻きにしていたはずのヤツは、いつの間にか縄を抜け
辛い仕事をやりとげたサラリーマンのような顔で立っていた。
額には汗がひとすじキラリと光っている。
   
 クリス「これがッ!ワタシの能力ッ!ダッ!」
 
フン!と胸を張り、自慢げな顔でヤツが言う。
 
 喪谷「縄をすばやく抜け出して携帯を盗る能力?」
 
 クリス「・・・・・まぁミテナサイ。」
 
 そう言って俺の肩に手を置く。正直こいつに近付かれるのは恐かったが、
あまり暴れるといつ刺されるか分からないので、大人しくしておこう。
 
 クリス「こうやってお互いの肌が触れるようにして・・・
     それで・・・この携帯を・・・。」
 喪谷「携帯を?」
 
 ヤツは俺の携帯を持ち、腕を高く上げ・・・
 
   
 
   
 クリス「  投  げ  る  」
 
 喪谷「ちょっと待てっぇええええええ!!??」
 
 もの凄い豪速球で携帯が投げ飛ばされるッ!
携帯電話は回転を続けながら空中を往く。そのまま部屋の壁に叩きつけrッ!
 
 
 止まった。携帯は空中で浮いている。・・・我が目を疑った。

 喪谷「 し 信じられね・・・つ 釣り糸で釣ってんの?」
   
 俺は浮いた携帯に近付き、あらゆる方向からそれを確認する。
いくら手を探ってみても、携帯を釣ってる糸など見つからなかった。
 
 クリス「フフフ ビックリしたかッ!これがワタシの能力!時間を止める能力なのダヨ!」
 
 喪谷「じ 時間を止める・・・」
 
 クリス「そうダッ!
     ワタシは『クリスチーナ・フォン・ブロウクンハート・伊藤』ッ!
     お前の様な貧相で可愛そうな日本人の為に、
     遥か遠くのアメリカンから来た正義の救世主なの ダッ!」
 
 え?お前アメリカ人なの?聞くのも無駄なくらい大嘘なので、質問はしないでおく。
 
 喪谷「つまり・・・この能力を使って俺に好き放題させてくれるってワケだな」
   
 クリス「おういぇ!」
 
 時間を止める・・・これまでの俺の腐った人生すべてを清算できる、最高のプレゼント。
金も 女も 権力も すべてが思うまま・・・
俺は冷や汗をかきながら、浮いたその携帯を見つめ、邪悪なその妄想を繰り広げていった。
 
 クリス「あぁ でも30秒だけネー」
 
 スコォオオオオンッ!!と、もの凄い景気の良い音を上げ、俺の額に携帯がブチ当たった・・・。

 喪谷「30秒か〜 役に立つのかソレ」
 
 クリス「30秒でも、うまく使えばいろんな事ができるのダヨ。     
     男は度胸!なんでも試してみるもんサ〜。」
 
 机越しに座る俺とクリス。クリスは勝手に湯を湧かして茶を飲んでいる。
一言断りを入れてから行動しろ。このド腐れが。
 
 しかし30秒か。これはかなり限られた時間だな。
女を襲うにしても30秒じゃイけないだろう。それにコイツがいなけりゃ
時間は止めきれねぇし、コイツの目の前で犯るっていうのもなぁ・・・。
 
 喪谷「うぅ〜ん難しい。おいお前、なんかいいアイデアねぇか?」
 
ダメで元々、聞いてみる。
 
 クリス「そうダーネ。国会議事堂に潜り込んで、
     総理を人質にするとかドウーヨ?まず30秒で入り口の警備員刺して、潜入し」
 
いきなりスケールのデカイ犯罪を考えやがる。こいつはやっぱりヤバいヤツだ。
 
 喪谷「いや・・・別に俺は靖国参拝に反対してねーし・・・そうだなぁ。とりあえず金は欲しいな。」  
 
 金・・・銀行?いや、金庫を開けるのに時間がかかるだろう。
人の家を漁る? 指紋なんか残ったらいやだなぁ。
コンビニのレジの金・・・30秒ならなんとかなるか?
店員がレジを開けたときにすかさず・・・ よしっ これだ!
 
 喪谷「よしッ!決まった。細かい作戦を決めるぞ!」
 
 クリス「うぇいー。まずはナイフ。これ必要ネ それから・・・」
 
少し不安になった。

 徒歩で3分。コンビニへ到着した。
今はもう夕方。行動開始までみっちり作戦を組んでいたのだ。
途中で失敗してサツにお世話なるなんて嫌だからな。
 
 それにしても・・・こいつは目立ちすぎる。
冬だというのにワンピース。腰までながい髪。顔はニヤニヤ笑ってる。
どうみても変人です。本当にありがとうございました。
 すれ違う奴は皆、「キモ」だの「お似合いカップルだな」など、好き放題いってやがる。
ちくしょう・・・糞ったれどもめ。
いや、俺は毎日言われ慣れてるから大丈夫だな。そう自分に言い聞かせる。
 喪谷「お前は気にならねぇのかよ?」
 クリス「何が?腹の虫かい?そりゃぁ凄い鳴ってるヨッ!
                タモさんヤバいッスよッ!」
 どうやら気にしていないようだ。俺もこれぐらい気楽にいけたらな。
少しだけコイツが羨ましくなった。
 
 まぁいい。こいつがいれば周りの連中などゴミクズ以下だ。
なんせ時間を止めきれるんだからなッ!

 コンビニへ入る。いらっしゃいませ とやる気のない声がかかる。
店員は茶髪でピアスを付けた・・・最高にDQNだ。店長はちゃんと指導してるんかよ。
   
 ヤツはこっちを見るなり、「プッ」と吹き出しそうな顔だ。
異様な怒りが俺の中で沸き起こるが・・・まぁいいw
俺が盗った金の責任は・・・お前が取るんだからなw
   
 喪谷「クリス。合図するまで俺の手を握ってろ。」
 
 クリスは言われた通りに手を繋ぐ。そういえば・・・初めて女の子と手を繋いだな・・・。
一瞬ドキッとするが、ヤツの気の抜ける「うぇい」の返事でどうでもよくなった。
こいつなんかにドキドキする必要なんかねぇな。
 
 普通に買い物をする様に見せかけるため、コーヒーを取りレジに向かう。
クリスはパンやら弁当やらを持ってきた。まぁいいだろ。
出す金以上の釣りがくるんだからな。買っとけ買っとけ。

 店員はニヤニヤ笑ってる。
 
 店員「お会計wwwwww1214円wwwwwになりますw」
 
言われた通り金を出す。ここまではコレでいい・・・。
 
 店員「1214円 ちょうど お預かりしますwww」
 
 そして俺とクリスは買い物袋を持ち、
コンビニの外へ向かう素振りをする。レジを開ける音がした・・・・
 
 喪谷「クリス やれ」
 
 クリス「うぇい」
 
気の抜ける返事と共に、世界の色が反転し・・・空気の振動が止まった。
コンビニで流れていた音楽も消える。そして・・・時間は動かなくなった。

 喪谷「おっしゃあああああ!!!!急げクリス!!!」
 
 一気にレジまで走り、止まった店員に蹴りを入れる!吹き飛ばすッ!!
店員は同じポーズのまま、地面に叩き付けられる。ざまぁみろッ!
そして俺はレジに乱暴に手を入れ、札束を掴むッ!持っていたリュックに叩き込む!叩き込む!
 
 喪谷「おい!お前も手伝えよ!」
 
 クリス「残念!いま食うので忙しいのダヨ ムグムグ」
 
うが〜この野郎!まぁいい!今はそんな事を気にしている暇はない。
小銭は無視して札束のみを叩き込む!叩き込む!叩き込む!
 
 クリス「活動停止まであと10秒!零号機耐えきれまセンッ!」
 
 喪谷「ぉおおっしゃぁ!」
 
さっきまで立っていた所まで全速力!そしてなるべく止める前と同じように・・・
 
 クリス「こっ・・・こいつ、動くぞ!ッテカー」
 
そして時が動き出した。レジで流れる音楽が聞こえ始める。

 後ろでDQNの「いってぇッ!何だぁ!?」と間抜けな声がするが気にしない。
そのままクリスの手を握り、そそくさとコンビニの外で出た。
吹き出しそうな笑いを堪えるので必死だった。
   
 横断歩道を渡り、脇道に入った所で俺は爆笑した。
 
喪谷「・・・くっ くははははッ!やったぞ!聞いたかよあのDQNの声ッ!
   ははははッ!あいつこれから何が起こるかも知らないでよ!
   レジの金が突然消えたんだぜ!?店員の責任だろこれはッ!」
 
 久しぶりに笑った。こんなに気分がいいのは、本当に久しぶりだ。
クリスはモゴモゴとパンを頬張りながら、俺の顔を見つめている。
 
 なんだ?悪い事はいけないってか?何を今さら。
 
喪谷「・・・なんだよ?」
 
クリス「君ってそんな笑顔するんダーネ。会ってまだ数時間だケード。
    今までずっと元気ない顔だったカラ。なかなかイイ顔してルーヨ。」 
 
っ・・・いきなり何をこいつは・・・変なヤツだ。
 
 俺はバイト先の先輩から教えられた悪い習慣、タバコに火を付けた。
金の詰まったリュックが重く感じる。いくら入っているかは分からない。
結構な金額があるだろう。クリスはふたたびパンを頬張る。
 
喪谷「あ〜ぁ なんだそりゃ。ツマンネ」
 
夕焼けをバックに、俺とクリスは、二人で並んで歩いた。
明日が待ち遠しい。生まれて初めてそう思う。    
 
                とりあえず 完

inserted by FC2 system