くのいち その2(8停止目)

文中に出てくる専門用語(?)
フォワード・・・ポジションのひとつ
クオーター・・・現在バスケの試合の時間は4つに区切られていて第1〜4クオーターと呼ばれる
ルーズボール・・・両チーム双方の手から離れたボールのことをさす
(追わないと8割方こっぴどく叱られます。
スタメン・・・スターティングメンバーの略。試合の初めから出ている人をさす
ゾーンディフェンス・・・特定の相手にディフェンスつくのではなく、一定の陣形を保ちつつゴールを守る

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「ピーッ。」試合の終了を告げる笛の音。
夏の総体、市内大会2回戦。
私の夏はそこで終わった。
着替えを済ませ、荷物をまとめ終わった後メンバー全員で会場のロビーに集まる。
顧問に促され前に出た私。
後輩たちは朝礼で長話をする校長を見るような目をしている。
少しでも早くその視線から逃れたかったので、
「・・・これからも頑張ってください。」
と、簡単な挨拶ですませた。
私の引退を惜しんでくれる後輩は一人もいない。
「じゃあ、解散。」
顧問が言ったその言葉通りに散っていく後輩たち。
私が望んだ最期はこんなものだったのだろうか?
 
勝ち残った他校の試合を最後まで見て、会場を出た。
時計は4時半を少し過ぎた頃を指している。
夕日が空を綺麗なオレンジ色に染めていた。
敷地内の自転車置き場に向かおうとした時、後方で目が覚めるような大きく派手な音がした。
そこで初めて自分がボーっとしていた事に気づいた。
そういえば見ていた試合の内容もあまり覚えていない。
振り返って見た先には荷物をぶちまけて慌てる男が一人。
一人で拾うには大変な量に見えたので、手伝うことにした。

「手伝います。」
「おー、お嬢ちゃんすまんな!助かるわ。」
関西弁だ、生で聞くのは初めてかもしれない。
あらかた拾い終え、最後の一つを男に渡す。
受け取った男はおかしな事を言い始めた。
「拾うの手伝ってくれたお礼にお嬢ちゃんに“時間を止める力”をあげよう。一回しか止められへんけど、好きな時に使ったらええから。」
オチのないギャグを言う関西人もいるんだなと、走り去る男を見ながらそんな風に思った。
 
自転車を走らせて着いた場所は家ではなく学校だった。
特に用は無かったけど、なんとなく見ておきたかった。
3年間練習してきたコートを。
自転車を体育館の脇に止めて正面ドアのほうにまわる。
中からかすかに音が聞こえた。
おかしい、確か今日の割り当てはバスケ部だったはずだ。
男バスは同じ会場で試合やって勝ってた、その後練習してたとしてももう6時前だしこんな遅くまでやってるはずがない。
じゃあ後輩たちが帰らず練習してる・・・?
そんなことはもっとありえない。
外靴を脱ぎ恐る恐る体育館のドアを開ける。
奥のコート、向かって左側のリングに黙々とシュートを放つ人影が見えた。
目を凝らして見る、むこうも私に気づいたようだ。

こちらを向いた人影が「牧村か。」と、短く私の名前を呼んだ。
そこでやっとその声の主が岡本弘太、男子バスケット部に所属している目が細く落ち着いた感じが特徴の男子だとわかった。
「岡本は何やってるの、こんな時間に。」
声を大きくしなくてすむ距離まで近づく。
「見ればわかるだろ、シューティングだよ。」
「ふーん。男子、今日試合だったよね。相手は西高?」
「ああ、66対47で勝ったよ。」
「試合終わってすぐ練習とか疲れない?」
会話しながらもシューティングを続けている彼。
「俺は試合に出てないからな。」
岡本はベンチ入りはしてるけどフォワードとしては2番手だったことを思い出した。
「暇ならパス出し、お願いしたいんだけど。」
別にそれくらい構わなかったけど、何故か素直にOKと言うのをためらった。
「私、今日試合やってきて疲れてるんだけど。」
『そこをなんとか・・・』
こんな返事が返ってくると予想してた。
 
予想は外れた。
 
「第2クオーターまでしか出てなかっただろ。」
思いもよらない言葉にカチンときた。
抑えてた気持ちが溢れ出てきそうになる。

必死に我慢し、
「男子って明日八代とあたるんでしょ?全国ベスト8と一緒のグループなんてついてないね。あ、でも岡本にも出番あるかもよ?負け試合だったら3年全員出してくれるじゃん。」
精一杯の皮肉で返した。
顔色一つ変えずに彼は言う。
「お前本当に牧村咲か?」
質問の意味が理解できなかった。
「どういう意味?」
そう聞いた私にとんでもないことを彼は言った。
「俺の知ってる牧村はそんなこと言う奴じゃない。」
何かが切れた音がした。
「私の何を知ってるのよ!あんたは!!何も知らないくせに!知った風なこと言わないでよ!!」
たまらず叫ぶ、溢れる想いを止める事ができなかった。
 
私の望みは真剣にバスケがしたいそれだけだった。
先輩が引退して部員が私一人になった時には男子のマネージャーをやらされた。
それでもいつかプレイヤーに戻れると信じて耐えた。
部として成立する人数が集まっても、
後輩達は何かと理由をつけて練習を休み、顧問は適当に練習試合を組む。
私一人が真剣だった。
それをやめようとは思わなかった。
ただその結果が2回戦で敗退、しかも途中交代。
言われた通りだ、体は少しも疲れていない。

静かな体育館、自分の息遣いがより大きく聞こえる。
何事もなかったように岡本は話し始めた。
「バスケ部に入りたての頃、女バスの先輩の試合に勝つために一生懸命練習する姿に憧れてたんだ。
ほら男子のほうは楽しければいいみたいな感じだったから。でもそれ以上に、」少し間をおいた彼はボールを手にし、くるくる回し始めた。
「1年でベンチ入りして、実力的に出してもらえないのがわかってても試合があるごとにちゃんとストレッチして
いつでもベストを出せる状態でかまえてたり。
マネージャーなんてやりたくないだろう仕事もきっちりこなして、
空き時間にシューティングやってる顔はうちのスタメンより真剣だったり。
誰よりも早く来て当たり前のようにモップかけてリング下ろす。
どんな試合でも最後まで諦めない、去年住工とあたった時も一人だけ最後までルーズボール追ってた。
勝った時は人一倍喜んで負けた時は人一倍悔しがる、そんな本気でバスケやってる牧村に俺は憧れてた。」
いつしか溢れ出ていた涙がほほを伝う。
「確かに八代は強い、でも俺はお前がそうだったように最初から負けるつもりで試合に望んだりしない。
やるからには勝つ、試合に出れなくてもその気持ちは変わらないよ。」

少し息を吐いた岡本が私の顔を覗きこむような体勢で聞いてきた。
「なぁ牧村、負け試合になるって本当にそう思ってるか?」
声が出そうになかったので、軽く首を横に振って答える。
思っていることは通じたようだった。
岡本は隅に置いてある自分のバックからタオルを持ってきて「使ってないから」とこちらに差し出した。
受け取った私はタオルで顔を抑えて、その場に座り込み声をあげて泣いた。
とどめをさしたのは「お疲れ様」という彼の一言だった。
 
第3クオーター残り4分、強豪八代相手に北高男子バスケ部は14点差と善戦していた。
岡本の出番はまだない。
顧問もスタメン5人で最後までやるつもりらしい。
ベンチを動かなかった。
点差に変わりはなく、第4クオーターが始まった。
こちらの6番が疲れで動きが悪くなってるのを見て、立ち上がった顧問が交代を告げる。
呼ばれたのは岡本だった。
顧問から指示を受ける岡本の顔が緊張してるのが2階席からでもわかった。
時間がない、1階のコートに繋がる階段へ走る。
コートの入り口に着いた頃、八代のファウルで岡本と6番が交代するまさにその時だった。

「ピピーッ。」試合終了の笛が鳴る。
会場全体が静まり返っていた。
礼をしそれぞれのベンチに帰る選手たち。
その中に満面の笑みで勝利を喜ぶプレイヤーが一人いた。
78対73
26得点3Pシュート10本中8本成功
最後の一秒まで諦めなかった岡本が残した成績。
その手でつかんだ勝利。
 
それが自分のことのように嬉しかった。
 
――8分前。
握った手に滲む汗。
大丈夫、練習は悔いのないほどしてきた。
ディフェンスはゾーン、オフェンスは指示通り外からのシュートに専念すればいい。
落ち着け!震える足を地面に叩きつける。
敵のファウルで時計が止まった。
6番と入れ違いでコートに入る。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
敵のスローインをキャプテンがカットする、すかさずパスが回ってきた。
3Pラインは・・・よし、踏んでない。
ぎこちないシュートフォームで撃つ。
案の定入らない。
ただその一本でついさっきまでは無かった、右手の甲に書かれたメッセージに気づけた。
何が書いてあるかはすぐにはわからなかったけど、誰か書いたかはなんとなくわかった。
それはコートの端の入り口、大きな声で応援してくれる憧れの人。
2本目のシュートを外した時、そこになんて書かれてるかはっきりとわかった。
 
もはやシュートを外す気がしなかった。
 
(終)

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