かつを その17(42停止目)

主人と僕

 

「ん、呼んだ? 喪男さん」

女の子が名前を呼ばれて振り向くと、喪男はベッドの中にいた。
喪男が先程まで読んでいた文庫は机の上に置かれている。
スタンドランプが夜の闇を弱く照らす中、ベッドで横になりながら喪男は口を開いた。

「僕もベッドに?……喪男さんがそう言うなら仕方ないけど。
 変なことしちゃ駄目だよ」

うつむきがちに女の子は、喪男がいるベッドの中に入る。
一人で寝るには大きすぎるそのベッドは、二人が入るには丁度いい広さだった。
女の子は何だか落ち着かないので、喪男に背を向けてベッドで横になった。

「子どもじゃないんだから、もう……」

満天の星――はここからは見えないが、それでもいい。女の子はそう思う。
ベッドの中で少し動揺しているが、暫くすれば収まるはずだ。
以前、留守番の時に喪男のベッドに入った時も、最初は落ち着かなかったが
時間が経つにつれて慣れていった。今回も多分そうなるだろう。

満月が出ていることに女の子が気付いたのは、喪男に言われたからだった。
部屋に取り付けられた小さな窓から、満月がよく見えた。
窓は――満月は喪男に背中を向けていると見える位置にある。
満月に目をやりながら静かにしていると、シーツの擦れる音や喪男の呼吸音が小さく聞こえてくる。
それに合わせて時折、喪男の息が首元にかかる。喪男も窓の方を見ているようだった。

「月って不思議な力があるみたいだ。人の気分を良くしたり、逆に沈ませたり。
 ……満月は特にそうだと思う。
 『海水が何メートルも上下するくらいの重力の影響だから、
 人が影響を受けても不思議じゃない。』
 なんて言う人もいるけど、そんな言い方はおもしろくないよね。
 喪男さんはどう? 僕はね、満月を見るとすごく落ち着くんだ。けど……」

その日は満月をいくら見ても、落ち着かなかった。
シーツに包まって暫くの間じっとしていても駄目だった。
もしかすると、喪男が同じベッドの中にいるからなのかもしれない。

「喪男さん、僕に何かした?」
後ろの喪男からの返事。「いいや」
「ならいいんだけど」

そんな会話を交わす間にも、女の子のそわそわした気分は止まない。
自分の体がうるさくなってきて、周りの静けさが嘘みたいだ。
さらに、喪男の゛力゛を知っているから余計に落ち着かない。

「ねえ、本当に何もしてない?」
たまらず振り返ると、喪男は悪戯な表情で女の子を見ていた。
――黒い懐中時計が、あえて誇示するように喪男の手に握られている。
「喪男さん! やっぱり喪男さんが時間を止めて、僕の、その、……もう!」

女の子はベッドの中で反転。ふてくされたように再び喪男に背を向けた。
そして、何とか気持ちを静めようと努めるが、もはや
満月を見ても何をしても静まりそうにない。

「……喪男さんのせいで眠れなくなったじゃないか、もう」

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