かつを その13(39停止目)

 

ズボンの上からちんちんを触りながら、道端で考える。

一般的にいう親切というものは――例えば、席を譲るだとか財布を警察に届ける、
なんていうのは、結局、本当の親切なんかじゃないのかもしれない、と。
そういった行動は、最終的には、少なからず相手に気遣いさせることになる。
「本当にありがとう。でも悪いねえ、謝礼を用意しなくちゃ」
というように。
素直な感謝の気持ちと同時に、妙な責任感を相手に与えることになるわけだ。

その点、俺はそんな、無粋なマネ(親切)はしないようにしている。
一見、ただの自己中野郎にみせかけて、実は裏で皆を支えている。
そんな最高な野郎を俺は目指している。
相手に気を遣わせずに親切を提供する、最高の男を。

そんな最高野郎を目指している俺は、一人の女の子に困らされていた。
いつも俺のところにやってくる女の子。
少し前、道端(俺の家)で泣いてるので、適当に慰めて帰したら、
その日以来、毎日道端(俺の家)に来るようになり、すっかりなついてしまった女の子。

どこの子かは知らないが、汚い格好ではない。(綺麗な格好でもないけれども)
親にはしっかり面倒見てもらってるようだ。
ただ以前、家庭事情を訊いた時の辛そうな顔が印象に残っている。
おそらく、結構な貧乏――なのだろう。
だが、それは一つの女の子の側面であって、女の子が良い子であることは揺るぎない事実なのだ。
しかし、どこで人生のボタンを掛け違えたのか、教育のボタンを掛け違えたのか、
お昼過ぎから夕方まで、俺の所で時間を過ごす。
良い子ではあるが、そのベクトルが少しズレてしまっているらしい。

そんな子に困らされながら、どうやって家に帰そうか考えながら、
ちんちんを触りながら、俺はその子の相手をした。

その女の子は俺の所へ来ると、決まってこう言った。
「お腹すいた」
「何にもねえよ」
と俺が返すと、
「お金ないの?」
と訊き返す。
「まず、働いてないからな。というかむしろ、働いたら負けかな、と――」
「それって負け組っていうんじゃないの?゛おじちゃん゛」
「――帰りなさい」
当然かもしれないが、俺の人生の捉え方は、この子とは随分と違っているようだ。
労働に関する認識だとか、年齢に対する認識だとか。
だとすると、俺の目指す最高の男像はこの子には到底理解できないだろう。
――だから、教えてやらない。
「――教えてやらない」
「ん、なに?」

……女の子には悪いと思っている。
汚いおにいさんと一緒に時間を過ごすことが、この子にとって良い事であるはずない。
働かないし、風呂にも入らないし、ちんちん触ってばっかりだし。
だから、これ以上俺に寄り付かないように、自分のことは話さないようにしている。
それに、できるだけそっけない態度で接している。――が、それが逆効果だったかもしれない。
だが、いずれにしても、これ以上なつくことがないように、
この姿勢を変えるつもりはないし、女の子に゛教える゛つもりも決して無い。

時間を止める懐中時計をもってることなんて、絶対に教えない。

もう一つの教えない理由。

「お腹すいたお腹すいた」
と女の子が俺の横でじたばたする。
俺は横になったまま、そうか、などと適当に流しながら、成年本を読む。
もちろん、本の中身は徹底ガード。この本は子供の教育に悪い。
「なんか欲しいなんか欲しい」
「うるさい、暑い」
「おじちゃんのバーカ」
そんなやりとりの後、女の子は黙って横になる。
そうやって、しばらく経った後、俺は時間を止めて、女の子の腹の上に適当なお菓子をのせてやるのだ。

時間が動き出すと、そのうち、
「おじちゃんにはあげないよー、だ」
などと言いながら、お菓子の袋を開けるのだ。
その時俺は、自分がその出来事に携わっていないことを主張するために、
女の子に背を向けたままでいる。

これは俺の目指す親切の究極形に近い。
急にお腹の上に出現したお菓子に対して、女の子はワケが分からず、
しかし、自らの欲求に従ってお菓子を腹におさめる。
女の子には何の後ろめたさも、妙な責任感も残ることなく、
女の子の満足感と満腹感。それと、俺が親切をした、という事実だけが残るのだ。
(事実という言い方は適切じゃないかもしれないけども)
そしてその親切を成すためにも、女の子に時間停止のことを教えるわけにはいかないのである。

お菓子を食べ終わると、再びうるさくなる。
食べてる時のように――とは言わないまでも、もう少し静かにして欲しいと思う。
できるだけ目立ちたくないのだ。
汚いおにいさんと、小さい女の子が一緒にいる時点で、すでにおかしな光景なのだから。

もうすでに体裁なんて捨てたはずなのに、この子がいると世間の目を気にしてしまう。

「じゃあ、今日もおじちゃんの好きなことしよ!」
「今日゛も゛? 日本語おかしいね。……て、コ、コラ静かにしなさい! メッ!」
変質者・不審者に間違われると困る。
「アハハハ、いやいや違うんですよ。……さ、さ、続きだ。
 ……そんな大根演技では一等賞をとれないぞ、もっとメリハリを……つけてだな。
 そ、そ、メリとハリをつけてだな。メ、メリでハリを……な、なんだ」
「……意味がわからない」
気づくと、世間の目以上に冷たい目が俺を見ていた。

――――――――――――――――――――――――

あくる日もまた女の子はやってきた。

(ああ、今日もやって来たよ)
(おいおい、そんなに急いで、こけたら危ないぞ)
(ん? なんでそんなに嬉しそうなんだ)
(アレ? 何か持ってるな)

なんて考えてるうちに、女の子は俺の傍にやってきて、腰を落とした。
女の子が手にもつ鞄を開けると、中には結構な量のお菓子が入っていた。
「ん? なんでお菓子持ってんだ?
 ひょっとしてアレか。俺の目の前でお菓子を食う姿を見せつけようって魂胆か。このアホウめが」
女の子はそんな俺の言葉を無視して、少し恥ずかしそうにお菓子を俺に差し出して言った。
「これ……あげる。……いっつもメイワクかけてるからね」
「……」

女の子は俺が喜ぶと思ったかもしれない。
だが俺は怒った。それはもう怒った。
怒りの言葉を、周りに構わず吐き出した。
「無理して持ってこられてもこっちが困る!」
「だいたい俺よりも、お前の家によっぽどメイワクだろうが!
 俺なんかのために、負担をかけて!
 自分の小遣いから負担したんだとしても、だ!」
自分の吐いた言葉が全て自分に突き刺さる。
女の子の顔は、見ていない。

そのうちに女の子は鞄を置きざりにして、俺を背に走り出した。
俺はそれを見て時間を止めた。
結局、女の子は一度も振り返らなかった。

――すっと一緒にいられるわけがない。いずれはこうなるのだ。
ただそのための手段が、直接的だっただけのこと。
ただそれが、あまりにも急だっただけのこと。

その夜、俺はそのお菓子を食べた。
親切(一般的な意味での)を受けた場合、それを素直に受けるのもまた親切なのだ。

俺は、最高の親切を成した。
変な男の元で、ひたすらに悪影響を受け続ける女の子を、俺は助けたのだ。
もちろん、相手には妙な気遣いを与えてはいないはず。
最も親切らしい親切を成した。

それと同時に、親切の相手を失った。
その女の子は俺の唯一の親切の相手だったから、
もう親切を与える相手はいない。
だから俺は時計――時間停止の力を女の子に渡した。時間を止めて、彼女のポケットに入れておいた。
女の子に貰った、お菓子のお返しに(駄洒落ではない)。
そして俺は、ちんちんを触るだけのおにいさんになってしまった。

次の日、ちんちんをいじっていると、知らないうちにお菓子が俺のお腹の上にあった。

次の日も、その次の日も……。
少しではあるが、しかし、毎日同じ時間にお菓子が届く。
いや、届く――というよりは現れるという方が正しいだろう。
気がつくと俺のお腹にお菓子がのっている。
俺はそれを迷わず胃におさめるのだ。

もちろん、お菓子を届けにくるのは、あの女の子であることは容易に想像できるし、
むしろ、あの女の子以外にはできないことである。
女の子が自分の空腹を我慢して、俺に与えてくれることには頭が下がる。感謝する。
しかし、俺はそれに気づかないふりをして毎日を過ごした。

女の子から離れて、分かったこと。
誰かの゛さり気ない親切゛に対して、気づかないフリをするのもまた親切なのだと。
例え相手が、その゛フリ゛を見破ったとしても。

その女の子による親切は、今も変わらず続いている。
毎日決まった時間になると、俺の服の上に、可愛い小さなお菓子。
俺は毎日、同じ時間に同じお菓子を食べ続ける。ちんちんを触り続ける。

そして、変わったことがある。
毎日決まった時間が近づくと、自分の近くにお菓子を置いておくのだ。
そして時間がくると、俺の上にお菓子が出現する変わりに、俺が用意したお菓子は消える。
そうやって、女の子の親切と自らの親切に満足しながら生きるのだ。

ちなみに、俺が用意するお菓子は、彼女のそれよりも少しだけ高価な物である。
さり気ない究極の親切を、忘れずに実践していることに自己満足である。

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