加賀見その2(11停止目)

全て機械仕掛け

 

 ――――気がついたとき『ボク』は見知らぬ街の中にいた。

 街に人の気配はなく、アスファルトの大地には
 機械の残骸が所々に転がっている。
 瓦礫の街、人間のいない機械仕掛けの街。
 その街の中を「ハァ、ハァ、ハァ――」ボクは今も走り続けていた。

 あれから何時間……いや、何十時間経過したのだろうか。
 前へ前へと単純作業を繰り返す両脚は、まるで鋼で創られたように重く、
 ボクの思考に“停止をしろ”と呼びかける。
 
 だが、ここで止まるわけにはいかない。
 理由は2つ。

「ハァ、ハァ――もうすぐだ……」そう……“もうすぐ”なのだ。
 この街を取り囲むように拡がる鋼鉄の壁……しかしその壁にも
 4ヶ所のみ出入り口が用意されている。
 道中で見た街の案内図の情報通りならばこの道の向こうに――――

「見えた! あれに間違いない!!」
 前方に聳える灰色の壁、その壁の一部に巨大なゲートが設けられている。
「やっとだ……これでこの街か――――――」
 喜びと安堵から思わず発した声……その声は

 背後から響く、地鳴りのような音に掻き消された。

 1秒毎に大きくなる音と振動……。
 走り続けた足を止め、その方向へ神経を集中させながら慎重にゲートに向かって後ずさる。
 だが、その行動も所詮はその場しのぎに過ぎない。
“ヒト”と“奴”では機動性の差は歴然。今現在のスピードでは追いつかれるのも時間の問題である。
 仮に“奴”に背を向けたまま全力疾走したところで、寿命が数秒延びる程度の違いにしかならないだろう。
 つまりこの事から導き出される結論は一つ、

 ――――生きてこの街から脱出するにはこの場で“奴”を退けるしかない。

 右手に持ったバールを強く握り締め、標的を見据える。
 数十メートル先の空間が排出される熱風で揺らぎ始め……やがてソレは姿を現した。

 全長5メートルほどの漆黒に包まれたボディ。獲物を逃がさぬようにと
 埋め込まれたセンサーはさながら蜘蛛の眼のように感じられる。
『―――――――』
 獲物を確認したのだろうか、『蜘蛛』の眼に紅く光が灯り
 左右3本、計6本の脚がこちらに向かい速度を上げる。

“奴”こそが今まで走り続けていたもう一つの理由であり、最大の障害である戦闘機械。
 正常にプログラムが動作していないのだろうか、本来“人”を襲わないはずのソレは執拗にボクを狙い続けていた。
 今思えば道中に転がった機械の残骸も、恐らくあの『蜘蛛』の仕業なのだろう。
  
「!!!!!!」
 唐突に巻き起こった風、それと同時に『蜘蛛』の姿が忽然と消える。
「……一体どこへ――――上か!?」
 上空を見上げると、そこには灰色の雲に紛れて漆黒色の異物がひとつ。
 その巨体に見合わない身軽さで跳躍した『蜘蛛』は、あわよくばこちらを圧死させんと着地点を定めている。

この場に留まっていては助からない。素早く状況を判断し、「クッ!!!!」右へと大きく身をかわす。
 その動作にコンマ数秒遅れ、巻き上がる砂風とアスファルトの破片。
 見れば先程まで自らが存在していた座標は今や巨大な漆黒に覆われ、
 その中で紅い瞳が『獲物はどこだ』と、四方八方に蠢いている。

――――この場所に辿り着くまでに幾度となくあの『蜘蛛』に命を狙われ、その度に
 右手に握り締めた得物と“目覚めた時にあった能力”によって危機を脱してきた……が、今回に至っては事情が違う。  
 …………狙いは一点。
 幾度の対峙によって見つけた『蜘蛛』の弱点、“奴”の首の付け根……
 分厚い装甲が剥げ落ち配線が露出するその一点を渾身の力で射抜く!!
 
 ――――だが、そのためにはまず準備が必要だ。
“能力”を使えば、『蜘蛛』の攻撃を掻い潜り首に近づくことは容易であるが、
 それだけでは“奴”を倒すには事足りない。
 何しろ内部は多少脆いとはいえ、金属製の部品や配線が所狭しと密集しているのだ、
“ヒト”の腕力でバールを突きたてたところで致命傷には至らないだろう。  
 
“『蜘蛛』を一撃で行動不能にする。”そのためには……

『蜘蛛』に隙を見せないよう、武器を構えたまま視線を移すと、
 そこには、この大通りに面して建てられた数軒ほどの住宅が見える。
「――あれだ!」ボクは目標を確認し、それに向かって一気に駆ける。
 その動きに重なるように背後から重低音が響くが、振り向く余裕などない。
 
 自らを勝利に導く最後の“要素”。今はただ、それを手繰り寄せるためにひたすら脚を突き動かすのみ――――。

「ハァ、ハァ、ハァ――――」
 咄嗟に塀に隠れるが“奴”の眼はそれを逃さない。
 身を隠した塀は『蜘蛛』の持つ削岩機のような前脚により瞬時に粉砕され、砂埃と破片を巻き上げる。
 
 ……先程からこれの繰り返しだ。 
 最終的には、逃げるように駆け込んだ住宅地。
 あれだけあった遮蔽物はその殆どが『蜘蛛』によって粉砕され、今では民家が2軒残るのみ。
 もし“奴”に正常な思考が存在していたならば、今頃は己が勝利を確信しているに違いない。
 
 ――――だが、これも全て計算の内。
 この場に残った民家2軒。その一方を“奴”が粉砕したとき、その瞬間に一度きりのチャンスは巡ってくる。  
 ミスは許されない……ボクは一方の民家に姿を隠しその時を待つ。

『蜘蛛』の発生させる振動音が響くたび、自身の神経が削り取られていくような感覚。
「ハァ、ハァッ――」迫り来る恐怖からだろうか……その場に留まっていても呼吸が乱れ、一向に収まる気配がない。
 
 不意に振動が止まる。『蜘蛛』の持つ紅い眼が光を放ち、標的を見据え――――
 どうやらこちらの民家をターゲットにしたようだ……。
“ギギギッ”と、金属の軋む音。
『蜘蛛』が前脚を持ち上げる姿をイメージし、民家から飛び出すタイミングを計る。
 
「……3……2……1……今だッッ!!」
 ドアを蹴破るように外へと飛び出すと、それと時を同じくして、
『蜘蛛』の前脚が民家を横薙ぎに払い、一際激しい砂埃と破片が舞い上がる!!

 タイミング,“奴”の立ち位置ともに完璧。
『蜘蛛』は舞い上がった砂埃によって一瞬、こちらの姿を見失っていた。 
 
“奴”の見せた数秒にも満たない隙、その刹那の時間に“キーワード”を口にする。
   
「……時よ、止まれ」と。

 その瞬間、流れる雲,風,機械……、この街(せかい)の全てが“停止”する。
 
 ――――これこそがボクの“切り札”。
 記憶を失くし、この街で目覚めた時には既にこの“能力”は備わっていた。
 この“能力”がなぜボクに備わっているのか、また、ボクは一体何者なのか……それは今だにわからない。
 今認識できることといえば、この“能力”によってボクは此処まで辿り着いたという事実のみ。

 ……今はそれでいい。考えは止めだ。
 まずは動きを止めた『蜘蛛』にトドメを刺すことが先決。
“奴”の真横を通り抜け、粉砕を免れたもう一方の民家、その屋上へと駆け上がる。
 
 ――――駆け上がった屋上。下を見下ろせば、そこには動きを止めた『蜘蛛』の背中が見える。
 ボクはその場から大きく助走をつけ――――“奴”の首を狙い、屋上から飛び降りた。
 
 自身の体重を込めた一撃は『蜘蛛』の内部を貫き、配線を片っ端から断裂させる……。
“能力”の効果時間が過ぎ、“奴”は必死に抵抗を始めるがもう遅い。やがてその瞳は光を失い、その場へ崩れ落ちていく。
“ギギギァァッッ”と金属が擦れあう音。その音はまるで“奴”の断末魔の叫びのように感じられた。   

『……ステム…起動…認』

「よかった……。ちゃんと動くみたいだ」
『蜘蛛』の襲撃を退けたボクは、ゲートの開放作業に取り掛かっていた。
“奴”の前例などから、システムが正常に作動するか多少不安はあったものの……どうやら杞憂だったようだ。

『……角膜……タ照合開始……リアル…000941……搬…確認。……ゲート…開……します』

 ――――処理が終わったようだ。
 ゲートの周囲からサイレンが鳴り響き、ゆっくりと巨大な鋼鉄の塊が動き始める。
 はやる気持ちを抑えられず、開いてゆくゲートの隙間から外界(そと)の様子を覗いてみると、その先には短いトンネルが続いていた。
 ゲートの開放作業が終了したことを確認し、ボクはそのトンネルの内部へと歩を進める。

「――――光だ」
 歩き出して数分後、薄暗いトンネルの前方から光が差し込んでいることに気づく。
 少しずつ、少しずつ、鋼のように重い両脚を動かし――――やがてボクはそこへ辿り着いた。

「うわぁ…………」
 いつの間に晴れたのだろうか街の上空を覆っていた灰色の雲は何処へと消え去り、空には鮮やかな朱色が広がっている。
 辺りの風景を見渡すとそこはのどかな田園風景。“人”の住んでいるような民家は見当たらない。
「とにかく……まずは、あの街の異常を知らせないと」そのためには“人”を見つけなければ――――
「……ん? あれは――」数十メートルほど先……“人”影のようなモノが視界に映る。

 この機会を逃すわけにはいかない。残された力を振り絞り「オーーーイ!!!」と、“人”影に向かって大きく腕を振る。
 ほどなくして、こちらの存在に気づいたのか“人”影は、数人の仲間を引き連れてこちらに駆け寄り

 ――――――――銃口を一斉にボクへと向けた。

「え――――??」
 予想もしない事態に、思わず間の抜けた声を発してしまう。
 わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない。
 わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない。

「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
 ボクは混乱した思考で必死に静止を呼びかける、が、その言葉も虚しく、“人”影達の指がゆっくりと引き金に置かれていく。 
 
「――――――」
 永遠のように感じられる間……ボクの思考は一つの答えを導き出す……。
 そう……悩むことなどなにもない。きっとあの“人”影達も『蜘蛛』と同じ、機械仕掛けの人形なのだ。
 だから今も銃口を突きつけられている。ああ、そうだそれで納得がいく。
 
 相手が機械仕掛けならば遠慮はいらない。
 ボクには“能力”があるのだ。もし一斉に発砲されても、時間を止めてしまえば何ら問題はない。
 そのあとは簡単、少しばかり数が多いが『蜘蛛』に比べれば大した脅威ではない。
 1体ずつ片付けていけば事は済むだろう。

“スッ”と右手を虚空に掲げ、精神を集中させる。
“人”影達はその動きに反応し、発砲姿勢をとるが――そんなことは関係ない。
 あとはキーワードを口にするだけで全てが終わる。

『撃てェェ―――!!!』というけたたましい叫び声。その声に合わせるようにボクは

「時よ……止まれ」と、キーワードヲ――――――

 ――――1発目、まずは『奴』の左手を撃ち抜いた。茶色の鮮血が辺りに拡がる。

 ――――2発目、動きを止めるため片脚を射抜く。鋼鉄の骨が日光を反射させ、キラキラと輝く。   
 
 ――――3発目、お次はわき腹。銃弾がまるで分度器で計ったように、わき腹を半円状に抉り取る。

 ――――4発目、「――――」、『奴』が何か呟いているが気にしない。構わず撃ち抜く。
 
 ――――5発目、「…………」、声はもう聞こえない。とりあえず撃ち抜く。


「――――6発目は……もういらないな」

 軍人たちの放った銃弾を一斉に浴び、前方のアンドロイドは、その活動を停止していた。 
        ・ 
        ・
        ・
        ・
 時刻は午後6時。辺りが薄っすらと暗くなっていく中、
「隊長〜〜!」と、新米隊員が慌しくこちらに駆けてくる。       
「ん? どうした?」 
「ゲートの記録を調べてみたところデータが残っていました。
どうやらゲートを開放したのは、あのアンドロイドのようです」

「そうか……。しかし実に興味深いな、人型が『蜘蛛』を撃破し、更にはゲートを開放し脱出を図るとは」
「ええ、おっしゃる通りです。あの機械都市は新型のコンピューターウィルスにより
大規模なバイオハザードが発生し、まともな思考を持つアンドロイドは残っていないハズですからね」
「ああ、その通りだ。……そういえばあのアンドロイドも可笑しなことを呟いていたな」
 
 そう言って男は物言わぬアンドロイドへ視線を向ける。
 沈みゆく太陽を捕まえようとするように、アンドロイドの青年は右手を虚空へと伸ばし続けていた。     

あとがき

『もしも時間を30秒止めれたら』の意味をちょっと捻って、
時を止めれたと勘違いした青年の話を書いてみました。
実際は機械都市の機能にハッキングしてフリーズさせてたってオチ。

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