下手男その2(5停止目)

 

今日何してあそぼっかな、とりあえずマルキュー行ってメールでキョーコとか呼び出して…

信号が青に変わり、動き出す群衆。それと同時に従う、細い脚。今日はいつもより
ちょっと涼しいな、風が――

まだ季節に侵されず、ほんのりした白さをたたえたみゆきの太ももの間を
撫ぜ上げていった風のほうに視線をやる。汗だくの空気があちこちに淀んでいて、
いつもなら何も目に映りはしないのに、ほんのささいなものがソレを呼び止める。

ピンク色の小さい何かが、縞の白い方に座り込んでいて、まさにそれを10代の
見知らぬ男が拾い上げようとしている絵だった。

あれは風に流されたのだと、みゆきは一瞬で理解した。そしてそれとほぼ同時に
その風はまさに今自分をすり抜けたソレであり、風の流れは川が流れるように、
その通り道に立つ自分の透けた体をくぐり続けていることを察した。

みゆきの視線を絵に奪われているその間、彼女の体は人の流れと風の流れの
両方に逆らうことになる。そこで生じるうっすらとした負荷が、彼女の感覚を瞬時に
研ぎ澄ませる。あれは自分のものだ。そうでなければ、自分と引かれあうはずがない。

流れは止まずに反発し、弾け、彼女の体に沿ってひるがえったのが、意識を駄目押しした。
ささやかだし、人の視線に対して相対的なものだけれど、みゆきの羞恥心をくすぐるには
十分すぎるハプニング。彼女のスカートにしみ込んだ風は、防波堤を失った無数の
弱みをくすぐり、根に冷気を丁寧に伝え、屋根をやわらかくまくりあげたのだ。
陰から出ることを赦されていないそれらのいくつかは、陽に照らされ、白さと熱をたずさえていく。

あ…

一度もその現場に視線を向けることなく、焼ける温度と鎮める温度に状況を理解した
みゆきは左手のバッグをスカートの上に乱暴に添えて全てを制し、男のほうへ歩み寄った。

声は男の足取りを止めなかった。手は他の木々に邪魔されて男に届かなかった。
男はすでにみゆきに背を向けていた。イヤホンをしている。驚くほど近い距離が
恐ろしいほど厚い壁に阻まれている事実は、彼女のナカの何かをとめ、他のなにかを
動かし始める。枝を掻き分けて流れを抜ける。感覚は男に到達するために
全力を傾けていて、流れの反発に従って色や温度を変えるスピードが速るにも
関わらず、もうそれを感じ取ったりはしなかった。

喫茶店は外の暑さと無縁だし、のども潤せる。
けどこの夏の音がちゃんと聞こえるってのがいい。

――ごめんなさい、さっきの、ピンクの、私のなんです

耳まで真っ赤にして焦るさっきの女子高生を思い出して、思わず笑みがこぼれた。
結構それなりに遊んだり、普段は俺のような男相手には強気なんだろうに。
あのテンパり方はないよな。

アイスティーを口からテーブルの上に移す。受け皿の隣には、まるまった、ピンク色の、
一見なんだかわかりかねるソレが無造作においてある。指先で弄ぶ。

――え、このハンカチ君の?よかったね、すぐ気づいて。

湧き出す感情を抑えきれず、体ごと窓のほうに顔を向けた。あのときの、
更にテンパッた顔ときたら、永久保存ものだ。そりゃあ何が起こったかなんて
理解できやしないだろう。引き下がらざるを得ないさ。まあでもあそこまで
いいリアクションがないと、拾う演技までわざわざした甲斐がない。

時間がとまった なんて発想ができるのはフィクションの世界だけだ。

先ほどまでみゆきの弱みを包んでいたソレを、指でいじるのと同じくらい
自然に、喪沢は唇にあてがい、はさんで弄んだ。

気づくまで後をつけるって言うのも選択肢としてはアリだったよな。トイレから
出た後どうするんだろうね。普通に家に帰るかもしれないけど、何か予定が
あったとしたら…

喪沢の妄想は前触れなく中断された。昨日のと併せればいいんだ。
どうして思い浮かばなかったんだ?俺はどんだけ童貞精神旺盛なんだ。
少し自分が恥ずかしかった。

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