763(ゴメス)その10 (39停止目)

Fly Me to the Blue Sky !!

 

「ごめんなさい、あたし、もうあんたとは付き合えないわ。」
その一言で、ヒデキと彼女の関係は終わった。
ヒデキは本気で彼女を愛してたのだが、いともあっさりと終わってしまった。
さらに、次の日にはヒデキより背が高くて肌もきれいで運動もできそうな男と一緒に大学を歩いていた。


ヒデキはアパートに戻ると、一人でウィスキーをストレートでいった。
喉が焼け付くような感覚だったが、それでもヒデキは茶色の液体を喉の奥に50mlほど流し込む。
すぐにヒデキは頭の座標の定まらない、あの酩酊状態とやらに陥った。
やたらにタンパク質やら、何か辛いものが食べたくなった。
炊飯器からご飯をよそって、それにしょうゆをかけて食べた。
そして、またストレートの一気飲み。
酩酊はさらに深くなる。
耳から不愉快な音がした。
心臓が鼓動を強めているのが分かる。
4回目の一気で、ヒデキは机に突っ伏した。
何とか前を見ようとするが、焦点が定まらない。


その時、ヒデキの目の前に小さな人間みたいなものが降りてきた。
「はじめまして!あたし、天使のミサと言います!あなたの願いを3つだけかなえてしんぜますよ!」
無茶苦茶な日本語だった。
彼女の背中には、白くて対になった何かが生えていた。
ヒデキが素面であるなら、即刻部屋からたたき出すような怪しいセールスの謳い文句を叫んでいる。
「・・・もしかして、あなた、泣いてません?」
ミサがヒデキの顔を覗き込んで言う。
ヒデキはそのミサとやらの腕を右手で乱暴に掴んだ。
その遠慮の無い態度がヒデキの気に障ったらしい。
その小さな何かには、人間の肌のような弾力があったが、そこはすでに泥酔状態となったヒデキには分からない。
「何するんです、やめてください!」
ミサはそんな風に叫んだらしいが、ヒデキの耳はすでにさっきから不愉快な音が支配していて聞こえない。
「にゃんらとう、おみゃえ、おでにおんなをみるめが、にゃぇってのんくぁ?」
日本語訳すると、「なんだと、お前、俺に女を見る目がないってのか?」になる。
ちなみに、ミサは全くそんなこと言ってはいない。
ヒデキは第三火星語を叫んで、ミサの背中の何かを左手で触る。
「ちょ、ちょっと、それはダメです、やめてください、イヤ、ダメェー!」
・・・まるでレイプだ。

まるで、アリの足をもぐ時のように、ミサの背中の何かは簡単にもげた。
「っ〜〜〜〜〜!!」
ミサは声にならない叫びをあげた。
そこから先はヒデキは覚えていない。
ただ、次の朝にヒデキは毛布をかけられていて、ミサが目の前で体育すわりで寝ていたところから意識は続いている。

ヒデキの頭はガンガンとうなっていた。
どうやら、昨日は体に悪い酒の飲み方をした。
そうすることでイヤな思い出は消えることがないことを俺は知っていた。
が、そんなイヤな思い出を消すくらいのインパクトが、目の前の小動物にはあった。

初め、ヒデキは目の前の小動物にただ驚いた。
そして、その次に彼女をよく観察してみた。
背の高さは、大体150cmくらいだろうか。
彼女は、金色の髪を肩のあたりで切り揃えている。
寝顔はあどけなくて、かわいい。
呼吸している。
なぜか赤い縁の眼鏡をかけている。
まっしろでヒラヒラとした服を着ている。
そして、何より目に付いでヒデキを驚かせたのは、背中からは白い羽が生えていることである。
だが、それは彼女の右側にしかない。
よく見ると、彼女の傍らに白いものが落ちている。
それは、彼女の羽なのだろうか。
それにしても、まさに天使と形容するにふさわしいかわいらしさである。
驚きの感情がひとしきり通り過ぎると、ヒデキは彼女の寝顔をボンヤリと眺めていた。

あの、いきなりビクンとなる感覚が小動物を襲ったのだろう。
小動物は体をビクンとさせたあと、びっくりして飛び起きた。
そして、何も無い空間にびっくりしたあと、こちらを見た。
小動物は少し間を空けると、
「あ、おはようございます。・・・」
かなり眠そうだ。
「・・・おはよう。」
ヒデキが言う。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・!!!」
「・・・??」
目の前の小動物が言葉を話したことより、その表情にどんどん怒りと絶望が同時に現れていく様がヒデキを驚かせる。
「あなた、なんてことしてくれたんですか!?」
「・・・へ?」
「あたし、この羽がないと飛べないんです。それに、能力だってかなり制限されちゃうんですから!!」
「・・・いや、お前が何を言ってるのかさっぱりわからん・・・。」
「昨日あなたが何をしたのか、胸に手をあてて思い出しなさい!!」
「昨日・・・。」
ヒデキはガンガンとする頭を精一杯使って一生懸命何かを思い出そうとする。
記憶の底で、彼女の前に落ちている白い物体とリンクしたとき、ヒデキはイヤなことを思い出した。
「あーーーーー!!」
「・・・。」
「・・・。」
ムスっとむくれる彼女と、あせりを隠せないヒデキとの間に流れる沈黙。
「・・・やっぱ、マズい?」
「あたりまえです!!」
「・・・で、どうすれば元通りになんの?」
「そんなの、知りませんよ!!」
「・・・ごめん・・・。」
「・・・謝ったってどうにかなるモンじゃないんですよ!」
「・・・で、俺はどうすればいい?」
「・・・そうですね・・・。とりあえず、あたしをこの家にかくまってください。」
「・・・へ?」
「あたしたち、この羽が取れたことを神様に知られるとアウトなんです。だから、かくまってください。」
「・・・あぁ、まぁそれくらいはできるけど・・・。」
「けど・・・何です?」
「・・・俺、あんたのこと、全く知らないし・・・。」
「・・・そーいえばそうですね、あたしもあなたのこと全く知らないですからね。」
「とりあえず、自己紹介といきませんか?」
「・・・分かりました。」
そういうと、彼女は机の上にあった目覚まし時計を指差した。
そして、「ハッ」という掛け声を出す。

「・・・で、いきなり何してんの?」
「先にあたしの能力を紹介しとこうと思いまして。」
「・・・あんたの能力?」
「そう、あたしの能力。」
「・・・別に何も起こってないじゃん。」
「・・・あなた、そんな鈍感だから女の子にモテないんですよ・・・。
 よく見てください、秒針とか・・・。」
「・・・んー・・・!!!」
その言葉で、俺はある異変に気付く。
昨日電池を変えたばかりの時計の秒針が、ピクリとも動いていない。
「・・・これ、壊したの?」
「違いますよ、時間を止めたんです。」
「時間を?」
そうヒデキが言った瞬間、彼女の指差す右手が震え始める。
「・・・ふぅ、このくらいが限界みたいですね・・・。」
そう呟くと、彼女は「カイッ」と叫んで時計をさしていた指を下ろす。
その瞬間、目覚まし時計の秒針が動き始めた。
「これがあたしの能力その1、時間停止。制限されたあたしだと、30秒が限界みたいですね。」
「・・・。」
ヒデキは目の前の小動物が通常ありえない能力を本当に使ったことにまず驚きを隠せない。
「・・・あたしの名前はミサ。第54期天使候補予備軍第13師団第67部隊第37訓練生としてこの世界に来ました。」
「・・・第54・・・天使候補・・・予備・・・なんだって?」
「第54期天使候補予備軍第13師団第67部隊第37訓練生です。」
「・・・あ、ああ。その天使予備校の訓練性がどうしたって?」
「第54期天使候補予備軍第13師団第67部隊第37訓練生です!いい加減覚えてください!」
「・・・分かった、覚えとくよ。で、何でこの世界に来たの?」
「それは、訓練の一環です。私には、この世界で困っている人を見つけて、願いを3つ適える課題を与えられました。」
「・・・うん、そこは分かった。」
「それで、私はあなたに目星をつけたのですが、・・・まさか、あんなことになるなんて・・・。」
「あー、それより俺の紹介させてくれよ。俺はサイトウ ヒデキって言うんだ。」
「サイトウ ヒデキ さん ですね。覚えました。」
「大学生をしてる。」
「・・・ダイガクセイ?」
「・・・まぁ、ある種の訓練生みたいなもんだよ。」
「なるほど。理解しました。」

それから、ミサはヒデキのことを「ヒデキ」と呼ぶことに決め、ヒデキはミサのことを「ミサ」と呼ぶことに決めた。
あと、これから酒を飲んでも襲わないこと、というか酒を飲まないことを取り決め、あとは家事・雑用は全てヒデキがすることに決まった。

「あたしにはまだ制限されているとはいえ使える能力がまだあります。」
「・・・それは、どんな?」
「それは、・・・ちょっとここではお見せできませんね。」
「・・・。」
その能力はどんなものだろう、ヒデキは思ったが、それよりヒデキは頭がガンガンして仕方ないので、とりあえずミサに了承をとってシャワーを浴びて寝ることにした。

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