763(ゴメス)その7 (38停止目)

ニンゲン賛歌

 

人間ってのは大きく2種類に大別される。
ひとつは赤ん坊の頃から人間だったヤツ、そしてもうひとつは小さいころ猫の姿をしてたヤツだ。
そう、猫っていうのは人間の成長する前の姿なんだ。
ほら、イモ虫がサナギになって立派なチョウに変身するだろう?
あれと一緒で、猫はちゃんと49回目の満月の夜に人間になるように体が出来ている。
ちなみに、俺は次の満月あたりで人間になる予定である。

俺が人間になった後のこともちゃんと計画してある。
まず、俺が人間になったら、身なりをきちんとしなければいけない。
人間っていうのは猫と違って、同じ顔をしてても身に着けてる服とか飾り物とかで随分と社会の中の階級が違う場所に配属されるらしい。
だから、俺はバカなトラ吉など見向きもしない洋服屋なんかで服を盗んだりして、その成果は公園裏の秘密の基地に隠してある。
次の満月の夜にそこで人間の体に戻った俺は、早速その服を着て、街に出る。
そしたら、恵ちゃんに俺の愛を告げるのさ。

恵ちゃんってのは、三丁目の伊集院さんちのお嬢さん。
伊集院さんちはかなりでっかくて、それに猫が来たらすぐに箒を振り回して厄介払いをするメイドのばあさんがいて、俺がその日にそこを通りかかったのはホントにたまたまなのさ。
で、俺がそこを通り過ぎると、恵ちゃんは空をぼんやりと眺めてた。
その顔が透き通るように綺麗で、でもどことなく寂しげで、俺はそんな恵ちゃんに一目ぼれさ。
それから、俺が足繁く恵ちゃんの部屋を横切るようになった。
恵ちゃんはいつもその部屋で空をあの顔でながめてるんだけど、俺を風景の中に見つけると、笑顔で
「あ、ミケ。今日もパトロールご苦労さま。」
って言ってくれる。
そんな風に言われるたびに、俺の中の恵ちゃんへの気持ちは強くなっていくんだ。
でも、「恵ちゃん、好きだ」って自分の気持ちを伝えたいんだけど、俺の体が猫であるせいで「ニャニャァ」としか声が出ないんだよな・・・。

俺の意識は段ボールの壁の中で暗くて寒い場所に何人かの兄弟と一緒に雨に降られてる場面から始まった。
その時、世界は段ボールの色と頭上に見える灰色の空だけだった。
暗くて陰湿でカビ臭いこの段ボールの世界の中で、まず、一番最後に生まれたであろう六郎が死んだ。
死んでからも呪いってのはかけられっぱなしらしく、六郎は三色の毛をもつ猫の姿のまんま、心臓の鼓動を止めた。
次に、三番目に生まれた三郎が。その次は5番目の五郎だった。
俺もそろそろ死ぬのかな、なんてボンヤリ考えて壁を少し押してみると、段ボールの壁が雨でふやけて破れやすくなっていて、壁の向こうに見たことのない、色のある世界が広がっていた。
俺は死神の住み着いた段ボールの世界から外へ出た。
「ダメだよ、母さんにここにいなさいって言われたじゃないか。」
一郎と次郎が言うが、俺はそれを聞かず、黙々と雨の降る草むらをかき分けて進んだ。
それっきり、一郎も次郎も見ていない。
ただ、草むらが尽きた先には砂利の敷き詰められた道があった。
そこで俺は意識を失って、次に気がつけば、俺の前にミルクと「キャットフード」ってやつが置いてあった。
誰かが俺を助けてくれたんだと思う。
しばらくはそのミルクと「キャットフード」とやらで飢えはしのげた。
しかし、それもすぐに尽きる。
尽きてからはそこにいるだけではただただ腹が減るばかりで、俺はとうとうそこから移住しなければならなくなった。

俺はあてもなくさまよって、フラフラと『ガクセイ』ってヤツのいるアパートの前に通りかかったんだ。
そこで、俺はその『ガクセイ』ってやつに拾われた。
ヤツは俺を見て、
「コイツ、オオキクナッタラネコミミビショウジョニナルンダロウナァ〜、ソシタラアンナコトシテ、コンナコトシテ、・・・デヘヘヘ」
とかつぶやいていた。
その『ガクセイ』っていうのが人間社会で『オタク』と呼ばれる、尊敬されるべき立場にあるヤツだと知ったのは、俺がヤツに拾われてあまり日の経たないうちであった。
でも俺はそんなことはどうでもよく、ヤツが飯と寝場所を提供してくれることが重要だった。
そのアパートで俺はよく、
「お帰りなさいませだにゃん、ご主人様ぁ〜☆」
と、箱の中で人間が猫の耳のついたまんま喋ってるのを見ていた。
『ガクセイ』はそれを見て、
「ウオオオオ、モエモエダゼェ!」
って大きな声で何か叫んでた。
すごい目ん玉を飛び出させて、涎までたらしてたから、『ガクセイ』はよっぽど腹が減ってるんだなって思った。
で、あの箱の中にいたヤツの事を推測するに、おそらくヤツが生まれてから49回目の満月の昼だったんだと思う。
つまり、アレは人間になる直前のオバンってことさ。
それを見て俺は、猫は人間の成長前の姿だって確信した。

その『ガクセイ』が青い服を着た男たちに連れ去られたのは、丁度俺が段ボールを飛び出してから13回の満月を向かえた次の日のことだった。
けたたましく鳴る機械の上で、赤い光がクルクルと回っていて、その『ガクセイ』は両手を鉄で出来た何かに縛られてその機械に入れられていった。
どうせいつものように学校へ行ったんだろうと思ってヤツの家に居たのだが、次の満月まで待っても、ガクセイは帰ってこなかった。
ガクセイには愛着はないが、ガクセイがいないことには腹が減る。
仕方ないので俺はまたさまよった。
その頃の俺はもう体も猫として丈夫に育っていて、それから俺は商店街で魚とか盗みながら細々と生きていた。

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