熱狂的な763(ゴメス)その5 (35停止目)

小坂 茂の冒険

 

僕の体内時計は、人より30秒だけ狂っている。

誰か決めたのか知らないが、一日は24時間と決まっている。
24時間というのは、24×60分のことで、24×60×60秒のこと。
では、1秒を定義しているのは何か、ということを疑問に思うワケだが、現在の一秒の定義としては、
「セシウム133の原始の基底状態の二つの超微細準位間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍の継続時間。」
という全くワケの分からないものになっている。
もっとも、元々は地球の自転とか暦とかを基に定義していたらしいが。
そんなことはどうでもいい。
ある日、僕は魔法使いのオババに呪いをかけられた。
魔法使いのオババってのは、まぁ要するに僕の町に住んでいたヒス持ちの占いばあさんの事だが。
で、その呪いってのも、僕が下校途中に、オババの前を通り過ぎたときに
「そこのぼうや、こっちに来て占いをやらんかえ?」
と言ってきたのを無視して、オババがなぜか激怒して、その時に
「お前の一日を人より30秒だけ一日が長くしてやる。」
と、口走った時にかけられたらしい。
なぜそんな呪いをかけたのかは分からないが。

口走られた時は何の変化もなかったが、その次の日、午後2時35分42秒91に、決まって僕以外のすべてのとまった30秒が現れるようになった。
初めてその瞬間が訪れたときは、何かの夢かと思った。
しかし、僕はそこで『おいおい、これはどうなってんだ!』と叫ぼうとして、「おいおい、これはどうなtt・・・」
というところまでいって、その次の瞬間に時間が動き出したものだから、教室中に「えんだ!」という僕の声が教室中に響いた。
もう赤っ恥だった。
そして、次の日にも同じ現象が僕を襲い、その次の日には「またか・・・。」と慣れっこになった。
初めて僕がその30秒を能動的に活用したのは、その午後2時35分42秒91における時間停止現象が僕の身に起こり始めてちょうど一週間経った日のことだった。
僕の隣には、寺島聡美さんが座っていた。
が、席替えがあってからもう1週間たつのに、まだ僕は彼女と話すきっかけがつかめずにいた。
何せ、彼女はかわいくて優しくて品があってスタイル良くて勉強ができて運動神経も抜群で歌もうまくて以下略、誰もが羨み誰もが好きになる高嶺の花だったから。
この引っ込み思案で勉強ができなくて運動もダメでネクラで以下略な僕と話すなんて、到底バランスが取れない。

僕は2時35分42秒91を待った。
あと5秒、4、3、2、1、本番スタート。

時間停止を確認すると、僕は寺島さんの手を握る。
心臓がバクバクした。
ここまで、13.23秒
次は、寺島さんの胸へと手がいく。
そりゃそうだ、男だもの。
寺島さんは、制服の上からでもわかるくらい、すごくいい胸をしていた。
大きくて、やわらかくて、それでいて張りがあって・・・。
しかし、心の中の時計は、そろそろ時間切れだぞ、と警告していて、28.29秒のところで僕は手をおさめ、何事もなかったかのように僕の椅子に座る。
そして、寺島さんの感触を僕は手に残して、その夜、僕はその手で自慰行為にふけった。

この世界は神様の見ている夢である。
そうオババに言われたのは、寺島さんへの時間セクハラが17回目を数えた日の、下校途中だった。
時間が初めて止まったのを認知した日から、少しだけ季節は移り変わっていた。
今度のオババは冷静だった。
僕はその真剣な面構えに思わず立ち止まってしまった。
「神様は夢を見ている。もちろん神様にだって神様の現実があるが、アタシもお前も神様の夢の中の住人なのさ。」
オババは、そんなデンパ哲学的なことを、ホントに真剣な顔で言ってのける。
でも、だからなんだって話だ。
僕は、立ち止まったことを後悔してからその場を立ち去る。
「おい、待て、小僧!まだ話はこれからじゃぁ!!」
オババは必死に僕を止めようとするが、僕は聴く耳もたずに、塾の方へと向かった。

次の日も、僕はワクワク寺島さんタイムを心待ちにしていた。
というか、もうこの時間のために学校に来るようなものだった。
その日は、とうとう寺島さんの制服の下をモゾモゾする計画を立てていた。
で、昼休みが終わって、授業が始まって、寺島さんタイムがやってくる。
しかし、その日の僕はなんと、フライングをしてしまって、時間が止まる0.14秒前に椅子を立って寺島さんに向かってしまった。
時間が止まった世界で、寺島さんは僕に気づき、ほんの少し僕の方を見ていた。
しかし、僕は寺島さんの制服の下に広がる白くて柔らかい肌に一刻も早く触れたくて、そんな事に気づかなかった。
僕は、寺島さんの背中に手を入れる。
ここまで、5.42秒
寺島さんは、暖かかった。
調子にのって手をブラジャーの下にかけようとした瞬間、何か変な感触が僕の手を走る。
これに気づいたのが、停止後16.42秒。
そして、何か妙な感触が何なのか、僕は触りつつ確かめる。
停止後23.97秒で、僕はそれがトゲを持っていることを知る。
何かが寺島さんの豊かなバストの間でヌクヌクとしてやがる。
許せん。
僕は、その性犯罪小物体を手にとってみた。
そして、僕の目に飛び込んできたのは、小型のサソリだった。
僕は反射的にそれを上に放り投げた。


サソリが投げ上げられている瞬間、時間が動き始めた。
多分、寺島さんの胸の暖かさを楽しんでいたサソリは、何がなんだかわからない状態でこの世界に放り出されたのだろう。
僕はというと、寺島さんの席の前で腕を上に上げた状態で時間が動き出していた。
寺島さんが動き始めた瞬間、しまった、という認識が背筋を電撃的に走り、それからどうしようどうしようどうしよう、と頭が叫んでいた。
寺島さんは、キャーと、ありきたりな叫び声を上げ、教室は僕と寺島さんに釘付けになった。
それから少しして、サソリが放物線を描ききったあと僕の前の席の井口裕子という眼鏡が牛乳瓶の底のように厚い学級委員長の机の上にポタリと落ち、それから学級委員長がもう一度悲鳴をあげた。
井口の方を向いたやつが、机の上のサソリに気づき、声にならない悲鳴を上げてサソリを指さしたので、国語の教師をしている廣田がサソリに気づく。
廣田は冷静に「みんな、そこから離れろ!」と通る声で叫び、それから教室中の生徒がサソリに気づいた。
そのサソリは、尾の部分が異様に太く、少し黒ずんでいた。
「これはデスストーカーですね。刺されたら死にます。」
と、ゲテモノマニアの岡部衛子が冷静に僕の隣で言う。
冗談じゃない、僕はそいつを素手でつかんだんだぞ!
それから、岡部が威嚇のため身体を大きく見せているサソリに対して平気な顔で近づいていき、ハンカチか何かで尾をぐるぐる巻きにした後、
「多分、ペットショップかなんかから逃げてきたんだと思います。保健所に連絡してください。」
と、平然とした顔で言った。
やがて、保健所の職員が教室に直行し、岡部がずっと掴んでいたデスストーカーというサソリを透明のケースに入れた。
「すみません、そのデスストーカー、私に譲渡してはくれませんか?」
と岡部が保健所の職員に言っていた。

僕は、また、下校途中にオババにあった。
オババは僕を見ると、目の色を変えて
「おい、小僧!! お前に話があるんじゃぁ!!」
と、オババは僕に気があるんじゃないか?くらいの勢いで迫ってくる。
しかし、オババに好きと告白されても困るので、僕は無視をして急ぎ足でオババの前を通り過ぎようとした。
「寺島聡美は無事じゃったか?」
オババが言った。
僕は足を止めた。
「オババ、何だって?」
「じゃから、寺島聡美は無事じゃったか、と聞いとるんじゃ!」
オババは寺島さんの命が危なかったことを知っているようだ。
「オババは寺島さんが今日危なかったの知ってるの?」
「そうじゃ、今日はサソリの日じゃろう?」
「!!」
「ふぉっふぉ、まぁそれぐらい当てて当然じゃて。」
「ていうか、何でオババがそんな事知ってるのさ?」
「当然じゃ、何せあたしは『神様の夢』を盗み見とるんじゃからな。」
またデンパな事を言ってるが、今度は寺島さんの件を当てたこともあり、僕にとってかなり信憑性のある話になっていた。

それから、僕はオババに連れられて路地裏の、歩いたことのないような道を歩いていく。
しばらくすると、行き止まりがあって、オババがそこに不自然にあるマンホールを、持っていた杖を使って器用に、力強くクイっと持ち上げた。
そこには、いかにもな雰囲気の、地下へと続く階段があった。
「さあ、遠慮せずに来なされ。」
オババが言った。
階段は結構長かった。
僕は、悪の組織とか秘密結社とか、そんな感じのものに僕が連れて行かれているんだな、と強く感じた。
階段が終わると、小さな鉄の扉があった。
オババが扉の左側あったカードリーダーに、オババの懐から出したカードを通すと、その先にはそこそこ広い空間が広がっていた。
その空間にはスーパーコンピュータのような機械が何台の何台も轟音を立てて並んでいた。
その間をオババは当然の顔をして通り抜けると、先にある壁は透明のガラスでできていて、向こう側が透けて見えた。
向こう側には、白衣を着た研究員が何人か、せっせとデータを集めるような作業をしていた。
「小僧、分かるか?あの真ん中にある黒い球体が。」
オババは、ガラスの向こう側を指差して言った。
・・・確かに、真ん中には黒くて丸くて光沢を持った何かがある。
「あれは、あたしらの神様じゃよ。」
オババはまた妙なことを言うが、何かしら理由があって言っているのであろう、僕は耳を傾けることにした。
轟音が部屋中に響く。
オババと僕は、黒い球体の部屋へと入る。
さっきまでの轟音が嘘のように静かだった。

「奥寺君、どうだね、神様の様子は?」
「今のところ大きな変化はありません。」
「そうか、時間流離現象の解析は?」
「そうですね・・・。微小球面の持つパラメータの決定は済みました。後は次の観測点を特定することが出来れば大きく前進できると思います。」
「その観測点の特定方法は、ドクター西谷の論文の通りかね?」
「まぁ、大体そんな感じです。」
「なるほど・・・。まぁ、君も辛いかもしれんが、がんばりたまえ。」
「了解です。」
オババが奥寺という名の青年と会話したが、その内容は『成績優秀』な僕には全く分からなかった。
「ところで、その少年は?」
奥寺青年がオババに聞いた。
「ああ、この小僧か?例の少年だよ。」
何が例の少年なのかは知らないが、とりあえず僕はこの研究所では有名な存在なようだ。
「へぇ・・・この少年が・・・。あ、僕は奥寺敬吾と言います。よろしく。」
その奥寺敬吾と名乗った青年は、一見すると善良で気の優しそうな人物だった。
しかし、目の奥には、哀しさと、ギラギラとする復讐の意志を同時に燃やしたような、そんな青い炎がまるで鬼火のようにちらついていた。

「・・・昨日はありがとうね、小坂君。」
寺島さんがはにかみながら僕にそう言った。
多分、これが最初の会話だったと思う。
「あ、・・・どういたしまして。」
僕はどぎまぎしながらそう言った。
寺島さんが、あの憧れるだけだった寺島さんが僕と話している・・・。
しかし、サソリが胸元でヌクヌクしているのを全く気付かない寺島は、案外抜けているのかもしれない。
急に胸の底から変な笑いが起こった。
僕はそれを口元で押しとどめようと必死だったが、表情は妙に緩んでいて、まるで気持ち悪いことを考えてる人のようになっていた。
その笑いが収まると、次に急に冷たい神様の視線が僕に飛び込んできた気がして、心臓の底を死神の冷たい手に掴まれたような感覚に襲われた。
そうだ、全ては昨日のオババのあの発言のせいだ。


「神様は、おぬしを憎んでいる。この世で一番残酷な方法でお前の心と体を殺そうとしている。
 おぬしは、30秒だけ人より長く一日を過ごすじゃろ?
 その時間におぬしの行動が作った『原因』は、神様の夢の中で唯一どうすることも出来ない『現実』になるのさ。
 そして、昨日、寺島聡美は神様の夢の中で午後2時35分50秒にサソリに刺されて死ぬ予定だった。
 じゃが、おぬしが寺島聡美をサソリから守った。
 神様ってのは、どうもワガママで負けず嫌いなガキのようなヤツでの、今、夢の中で寺島聡美を殺そうとしておる。
 それも、おぬしだけが動ける時間、午後2時35分42秒91の直後、午後2時35分42秒92に、のぉ・・・。
 つまり、明日からのその時間つーのは、おぬしと神様の直接対決の時間なんじゃわ。
 もしおぬしが負けてしまえば、寺島聡美は死ぬ。
 ついでに、おぬしもその次の瞬間に死ぬ。
 さらに、おぬしに加担したわしらも死ぬことになるじゃろう。
 途方もない戦いじゃが、なんとか引き分けくらいに持ち込んでくだされ・・・。」

「ちょ、待ってよ。
 その戦いって、いつまで続くの?」  

「さぁ・・・。神様が飽きるまでじゃろ・・・。」

「飽きるまでって・・・。マジかよ・・・。」


僕はまだそのオババの言葉を信じられずにいた。
だが、サソリのことも知っていたし、昨日のナイター野球の逆転サヨナラ満塁ホームランだってオババは神様の夢を盗み見て当ててしまった。
今日、寺島さんに何か危害が及ぶようなら、僕はオババを完全に信じてしまうのだろう。
そうならないことを祈りつつ、僕はその停止した時間が来るのを刻々と待った。

だが、「神様」は非情だった。
その運命の時間は、体育の授業をしており、男子はグラウンドでサッカーを、女子は体育館でバドミントンをしていた。
グラウンドから体育館まで、全力で走っても1分かかってしまう。
僕は、そのことに気付いて、2時34分50秒の時点で、味方の絶妙なパスを無視して一目散に体育館に向けて走り始めていた。
全力で走りながら、僕は体育の教師・井上に全力で追いかけられていた。
「こらーー、こさk・・・」
時間がそこで止まった。
井上に手をつかまれる寸前だった。

それから僕は無我夢中で走った。
体育館まで、10秒50ほどで着いた。
全身に乳酸がたまった状態で体育館の扉を開けた。
扉を開けて体育館に入るのに要した時間、3秒24。
残りは16秒26しかない。
僕は、寺島さんをそのうちの0秒19で探し当てた。
簡単だった。
体育館の電灯が真上から落ちてきている人が寺島さんだったからだ。
オババの言ったことはホントだったんだな・・・。と思った。
寺島さんは、上を向いて、いわゆる左右どちらにも動けない思考停止状態に陥っていた。
あの場所までの所要時間は・・・ええい、走れ!
僕は筋肉に乳酸を臨界値以上にためながら走ったため、最後の瞬間に足をもつれさせてしまった。
僕は木目模様の床を見せ付けられながら、頭の中でヤバイヤバイと繰り返し叫んでいた。
何かやわらかい感触が僕の頭頂部にあたり、そのまま顔を経由し、体の前面全体に広がる。
ああ、これが寺島さんか、と思った瞬間、時間が動き始めた。

電灯は、僕の足の裏のあたりに強烈に当たったらしく、その次の瞬間に鈍い痛みが僕を襲った。
僕は寺島さんを押し倒した格好になっていた。
寺島さんは少しの間ポカンと口を開いていて、その次に「ありがとう・・・。」と言ってくれた。
ああ、痛いけど、この時間が永遠に続けばいいのに・・・。
しかし、「小坂、テメー、何やってんだ!!」
と井上が追いかけてきて、僕に叫んで、至福の時は終わりを告げた。

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