763(ゴメス)その4 (34停止目)

tower

 

時間の止まった世界で、僕は今、塔を建てている。
いや、塔なんて立派なものではない。
ただ、色々なものを積み上げただけのもの。
しかし、どこまでも高くそびえる塔だ。
時間が止まっているので、材料は積みあがるだけで、自らの重みで崩れることはない。

僕の体は、この止まった世界の中でも確実に変化している。
たとえば、(体感時間ではあるが)24時間に三度は食事をしないと腹は減るし、喉も乾く。
排尿や排便といった生理現象もきっちりと僕の中でこなされる。
ただ、排便に関しては、水洗式のトイレでも水が流れてこないので、深い竪穴を掘ってそこにしている。
ただ、その竪穴もここ何ヶ月かでそろそろ限界が迫ってきていて、また新しい竪穴が必要だ。
多分、(体感時間だが)10年もすれば、きっと目尻に皺ができるだろうし、100年もすればきっと僕は死んでいる。
1000年もたてば、僕の体はきっと腐って跡形もなく消えているだろう。

時間が停止したのは、僕が21歳の誕生日を迎えた日だった。
僕は、生きがいを見つけられずに悩んでいた。
そして、21歳の誕生日、誰も僕を祝福せずに、また僕も祝福されようとせずに、家にいた。
そんなとき、時間が止まった。
時計は、ちょうど朝の7時を迎えていた。
目が覚めた僕は、テレビを点けようとした。
しかし、テレビはウンともスンともいわない。
買ったばかりなのに、おかしいと思い電気屋を呼ぶために電話をかけようとしたが、これもまたウンともスンともいわない。
僕はふと時計を見ると、時間がとまっていた。
確認するため、外に出た。
隣のオバちゃんが、燃えるゴミの日に燃えないゴミを出そうとしている、正にその瞬間で、世界は止まっていた。
朝のマラソンおじさんが、地面を蹴りだし、宙に浮いたままとまっている。
そんな世界で、僕だけが重力に縛られつつも動いていた。

始めの一時間は、その現象を信じられずに、夢を見ているのだと思い、いや、思おうとし、布団をかぶって再び寝ようとしたが、再び目が覚めると、やはり朝の7時で、隣のオバちゃんが燃えるゴミの日に燃えないゴミを出そうとしていた。
もはや、これは紛れもない現実だ。
僕はとりあえず外を出歩いてみた。
何もかもが停止していた。
道をあるくOLさんも、空を飛ぶスズメの親子も、学生が落としたメガネケースも。
何がなんだかわからないが、僕はそのへんにいた、スタイルが良くてきれいなお姉さんをさらい、服を脱がせて、それから欲望に任せて犯した。
こうなるともはや僕に道徳はなく、金持ちそうな親父の財布を根こそぎ奪い、うまそうな料理はためらわずに完食してしまった。
高飛車そうな女に向かって排泄をしてやったりもした。
眠ければ寝たし、ムラムラっとくればそのへんの女を、文字通りひっ捕まえて犯した。
リアクションがないのが残念だったが、しかしその時の僕にはどうでもよかった。

だが、ある時、僕は、ふと虚しくなった。
何で僕はこんな虚しいことをしてるんだろう。
その日から、僕は寝てばかりの日々を送った。
それから、色々と考えた。
ここは僕だけの世界。
話相手も何もいない。
ならば僕は、誰もが認める、僕が生きていた証拠がほしい・・・。

それから、色々考えた。
どうすれば、僕が生きている証拠ができるのか。
おそらく、これは連続した時間の中の、唯一の不連続点。
そこに今僕がいる。
不連続点の中で自由に動けるが、誰もそこにいない。
しかし、次の瞬間に決定的に僕が生きていた証拠がほしい。
もっと、僕が犯した女性が悲鳴を上げるとか、僕がした排泄物が掃除のオバサンに嫌な顔をされながら片付けられるとか、そんなものではなく。
僕は考えた。
その結果、「富士山より高い塔を積み上げる」という、非常にバカげた計画が思い浮かんだ。

はじめは、簡単なことだった。
ただ、そのへんにあるものを広場に積み上げればいい。
それでも結構な高さにはなった。
しかし、ある高さを超えると、物理学的な壁が存在した。
僕が上ったり降りたりするだけで、塔がバラバラと崩壊をするのだ。
僕は、建築学に関する本を読み漁った。
しかし、もともと物理なんて適当にやっていたせいか、基礎となる数学の部分から徹底的に勉強しなおす必要が出てきて、それで僕は本屋で数学の本や物理学の本を読み漁った。
おそらく、僕の短い人生の中でもっとも集中して勉強した時間だと思う。

やがて、合理的なつみ方を考え出し、僕はその物理学的な壁を突破した。
しかし、次に待っていたのもまた物理学的な壁だった。
塔から落ちて、骨折してしまった。
完治に体感時間で3ヶ月ほどかかった。
その間は、僕は物理や数学の勉強をしていた。
その時、僕は物理の別の分野にも興味が出てきて、なぜか量子力学なんてものに手を染めたりしていた。
なので、この3ヶ月はさほど空虚なものではなかった。
やがて、動けるようになると、今度は安全のための装置の開発にいそしんだ。

そんな風にして、今に至る。
きっと、この不連続点を通過した次の世界では、一瞬にして目もくらむような高い建築物がつみあがっており、そして次の瞬間に崩壊を起こす。
それが、僕がこの世界で生きていたことの証明になるなら、僕はその塔がどこまでも、どこまでも高く積み上げることで、なるべく多くの人にその存在を認知させたい。
僕には訪れない次の瞬間の、この崩壊を見た人々の驚き不思議がる表情が僕の生きがいである。

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