堕落男(小説スレの人)第二回短編大会優勝作品(37停止目)

俺と豚とジャガイモの芽と

 

それは、ノートの消失から始まった。

今朝の事だ。適当にふらふら生きている俺にも、学生という身分である以上、試験という名の拷問は必ずやってくる。
ま、ひとしく平等に、善良であっても無くても民衆に訪れる災厄であるけどね。
今回こそは真面目に勉強しなきゃならない。
ってのも、もう四年生になるというのに、俺は一年の必修科目である「仏語?」を落としまくっているのだ。
おかげで尻に殻がくっついたまんまのガキ供と机を並べてお勉強。
落ち着いて就活なんか出来ますか。ふざけんなよ俺。
それでも天性のいい加減さでへらへら笑いながら毎日を送っていた。
そんな俺を教授は白い目で見るわ、友人もいい加減にしろよと怒鳴って来るわでさすがに参ったわけ。
そんなこんなで、今回は何とかしようかとクラスで一番まともそうなクソガキに頭を下げまくってノートを借りてきた。
俺のノート?もう4年も受けてる授業ですよ。取ってるわけ無いじゃん。
大体、朝一番の講義に出席するほど俺は暇じゃない。
9時から学校に乗り込むなんてプアーですよプアー。心が貧しい証拠です。
ま、そんな感じで借りてきたノートをコピーして、さてどうやってカンニングしようかと頭を捻っていたんだが、大変な事になってしまった。

「ノートもコピーも無え・・・」

これコピーすんのにコンビニでいくら使ったとおもってんだよ。
カバンの中から始まって部屋中引っ掻き回しても出てこない。
「やべえなあ・・・」
と思ったけど、まあいいか。別の奴に借りてコピーすりゃいいし、借り主には誠心誠意謝れば問題なし。
21世紀のリンカーンとは俺のこと。え?ワシントンだっけか。気にスンナ。
とりあえず学校に行って他の奴からノート借りなきゃと思って家を出た。
いけねえ、通学途中で読む週刊ブサイク買わないと。
と、駅構内のコンビニに飛び込んで、間抜けな声を出しちまった。
「はりゃ?」
陳列してない。まだ届いてねえのかな・・・おかしいな。
4年間毎日ここで買ってきたけど発売日に無いのは初めてだ。
おばちゃんに聞いてみよう。
「ねえ、ブサイク来てないの?」
おばちゃんは困った顔でこう答えた。
「あんたねえ、明日発売の雑誌が今日来るわけ無いでしょ」
へ?明日発売だっけ?今日水曜日だよな。と携帯を取り出して見た。
携帯の画面に表示されてるカレンダーは火曜日の上で点滅している。
むう?ま、いいか。間違いは誰にでも携帯にでもあるさ。
寛大な俺は全てを許すことにした。
21世紀の聖徳太子とは俺のこと。え?そんなエピソードなかったっけ?気にスンナ。

で、適当に女子高生の足を眺めたりOLの匂いをかぎながら通学したわけ。
え〜と今日の授業は民事訴訟法からだったな。こいつも全くわかんねえ。
って俺、履修科目落としまくりだよな。とちょっとばかし鬱になった。

とりあえず学食でコーヒーでも、と足を向けたら背中をトントン叩く奴がいる。
振り向いて冷や汗がでた。出たよ、おい。例のガキが。仏蘭西語のノートを借りたクソガキが。
ノートの紛失を思い出して、ちょっとばかし胸が苦しくなる。
「おおおおおおお、なに?なになに?ノートならちょっと待って」
といってよく見るとそのガキの手には例のノートが。
「もってきましたよ先輩。ちゃんと返してくださいね」
へ?なに。なくしたと思ってたけどお前が持ってたのかよ。くそ、あわてて損した。
でも、挟んであった俺の力作コピーがねえぞ。
「コピーはどした?」と聞いたらすごい顔で睨まれた。
「それくらい自分でやってくださいよ。明日には返してくださいね、絶対に!」
まるで「うるさーい」の時の怪物君みたいに顔を真っ赤にしてクソガキは消えていった。
なんだありゃ・・・

「まーた後輩に何かたかってんの」
ドキリ。声を掛けてきたのは、俺の彼女のアオイ。顔は可愛いけど気は強い。いや、強すぎる。
お前女子プロレスラーにでもなったらと冗談を飛ばしたら、ボディーブローでアバラにひびを入れられたこともある。

「いや、なんでも・・・」とノートを隠す。
「ふうん、ならいいんだけどね」
と踵を返して去っていった。きょうはご機嫌がよろしい様でまことに結構ですな、と軽く返す。
そこでまた俺に違和感が訪れた。この会話、昨日もしたような・・・
デラウエァ?って言うんだっけか。デジャビュ?なんだそりゃ。日本語で話せ、ボケ。

その時だ。突然、強烈な頭痛が俺を襲った。
そして「それ」は訪れた。時間の停止現象が。

とつぜん音も風も、全てがとまっちまった。
何よ何よ。どうなってんの。と、アオイの胸を触ってみる。反応なし。OK。
システムはオールグリーン。
こりゃ面白れー。恐怖も驚きもなかった。止まったもんは仕方ねえじゃん。
いちいち驚いていたら長生きできませんよねえ。
つか、この機会になんでもしなきゃ勿体無い。
ためしにアオイのスカートを捲る。Ok,Ok。白のパンティーOK。
蹴りが飛んでこない状況でじっくりと拝めるなんて最高ですよ。
携帯で撮影してやろうと思った、その時だ。
「いたー!!!!」でっけえ声で怒鳴るなよ。きづかれたらどーすんのさ。
俺が振り返ると、知らない親父が立っていた。一言でいうならデブ。なんだその蝶ネクタイは。お前はどこぞの司会者かよ、と毒づいた。
しかし俺だけじゃないのね、自由に動ける人って。なんかつまんねえ、と急速にテンションが下がる。
「あんた誰」と聞いたら「神の使いです」なんて答えやがる。
おまえアホか。どこにそんな肉だるまみたいな神がいるんだよ。つか蝶ネクタイはずせ。
「いや、助かった。助かりついでに聞くけど、君、じゃがいもの芽持ってない?」
何を食う気だおのれは。そんなもん持ち歩く学生がいてたまるか。
「ないの?困ったなあ。これじゃ時間を動かすことが出来ないじゃないか」
おお、豚が膨れて河豚になっちまった。
つか、お前が時間とめたのかよ。
「ま、ね」と気取りやがる。さばくぞコラ。
「詳しい話は向こうで、いいかな?時間ある?」
ある?ってお前止めてんだろ。
で、俺は奴の家に向かった。近所のアパートに住んでるとのことで、どうせ暇だしまあいいかと軽く考えてたんだ。
ここで俺からのアドバイス。知らない大人についてゆくなよ。それよりも目の前のパンティーをとるんだ。

「ささ、どうぞ」
はいってたまげた。いや、俺の家も汚いけどさ、これちょっと酷すぎない?
ごみが散らかってますね、じゃすまねえぞ。
パンクした車のタイヤ。画面の割れたTV。ポパイのカセットがささったファミコン。
半分顔の崩れたマネキン。それをタコ糸でぐるぐる巻きにして、部屋の真ん中に飾ってやがる。
アート?じゃねえよな。異臭もするし、なによりでかすぎる。
おい豚、おまえの寝床はどこだよ。おもてに藁でも轢いてねてるのか?
「それ触んないで。これいじょうややこしくなったら、地球が滅んじゃう」
誰が触るか。
「単刀直入に言うね。これ、世界の時間を管理している機械です」
はいいいいい?何いってんの豚。人間語で話せよ頼むから。
「信じにくいのはわかる。でも、この停止時間で動いてるってことは、君にも適正があるってことなんだ」
適正と聞いてふむ、と考えた。
今までどんなバイトもくびになった俺にとって、適正があるなんていわれたのは初めての経験だ。
おかげで普通免許も持ってないのよ俺。
「君、今日なにか不思議だなあって経験しなかった?」
今がその真っ最中だよ、と言いかけてやめた。そういや、と思い返して今朝からの出来事を話す。
「あ、それね。原因はこれ」とちぎれた輪ゴムを取り出した。
「こいつが切れた所為でね、リピートがかかっちゃったんだ」
リピート?繰り返しって事ですか。うん、なんとなく解る。で、それと輪ゴムの関係は?
「簡単に言うとね、時間ってすごく複雑な動きをしてるわけ」
「素人に説明するならそうだね、まず、アルファがベータをカッパらう。そしたらイプシロンしちゃうんだな。わかる?」
ぜんぜん解りません。つか適当だろお前。

「基本を理解するのは簡単なんだけどなあ・・・」
「ま、世界、いや、宇宙の時間が正確にうごいてるのは、実はこの機械とメンテナンスをしている僕のおかげなんだな」
「つまり君らは僕に感謝して生きないといけないわけ」
もういいです。はいはい、解ったところで帰してくれませんか。俺けっこう忙しいんですよね。
「それでさ、この部分。ここ。よく見て。ほらじゃがいもが入ってるでしょ」
「ここね、スムーズな時間流を維持するのに必要な部品なんだよ」
「うっかりさ、スーパーで芽の出てないじゃがいもを買ってきていれちゃったから、停止しちゃったんだ。つまりガス欠状態?なわけ」
時間の無駄だ。
俺はいますぐ学校に戻り、試験問題を盗み見たり、女子の体を堪能したり、
学食のまずいカレーをひっくり返したりしなきゃいけないんだよ。
豚と投げっぱなしジャーマンな会話をしてる暇なんかねえんだ。
「説明がむずかしかったかな?ん〜このアンテナをつけたら、圧縮学習で全部理解できるのに・・・」
なんだそりゃ?
「あ、この蝶ネクタイね神様からの声を受信してるの」
「これつけたら時間の流れからこの機械のシステムの全てを簡単に理解できちゃうよ」
便利だな、と素直に感心した。それって他の分野でも使えちゃう?
「神さまはこの世の全てを知る者だよ。これで君は世界の叡智の全てを手に入れることが出来る」
と、豚はとつぜんみょうちきりんな言葉を話し出した。
「それ何?」
「仏蘭西語。こいつで覚えたの。言語に限らず数学、法学、すべての学問も何でもいけちゃう」
なにいいいい!!!!それならもう試験勉強しなくていいじゃん。ちょっとそれ貸して。

「だめ」
なんでよ。いいじゃねえの。ちょっとくらい。
「これは神につかえる人間にしか貸せない。もし君が、ぼくの変わりになるなら話は別」
なるなる。任せとけ。と、豚の首元から蝶ネクタイをむしりとった。
そいつを胸に付けると・・・。
「うおおおおおお!!!!!!!!!!」
こりゃスッゲエ。なんでも頭に入ってくる。これ以上ないってくらいに頭がさえてきた。
豚はニヤニヤしている。
「じゃ、がんばって。やっと肩の荷が下りたよ」
なに?と聞き返して、その瞬間。声が聞こえてきた。
「時間崩壊まで、あと112時間43分23秒・・・。危険です。迅速な対応を」
そうだ、早く時間を動かさないと時間崩壊が始まってしまう。すなわち世界の崩壊だ。
はやく、メインエンジンにじゃがいもの芽をいれなくては。
俺の全身の血の気が急速にひいた。
「理解した?」と豚が更に醜い顔で笑っている。
「早く行動しないとやばいよ。世界が終わっちゃうもん」
俺に何をしたんだ!豚に掴みかかろうとするが、頭の警告音は大きくなる一方だ。
苦しい。割れそうだ。ちきしょう。蝶ネクタイをむしりとろうとするが、とれない。
「ふふ、それ自分では外せないんだ。誰か後釜をみつけたら話は別だけど」
この
ペテン師野郎!と怒鳴ったが豚はさっさと身を翻して玄関から消えて行った。
「君が時間を動かすまでに好きなことをしてくるね。当面の資金稼ぎにそうだな、銀行にでもいくか」
やがて豚は視界から姿を消した。
「時間崩壊まで、あと112時間38分17秒・・・。危険です。迅速な対応を」
解ってるって。じゃがいもの芽を仕入れてくるよ。
俺は、とりあえず学食に向かった。あるといいんだが。世界を救わなきゃ。

夜中、玄関をドンドン叩く奴がいるのであたしは目を覚ました。
覗き穴からそっと見ると、彼氏のカズが青い顔でたっている。
乱れた髪で、胸に変な蝶ネクタイ。心なしか半笑いだ。酔ってるのかな。
扉をあけるとすごい勢いで転がり込んできた。
「アオイ、あれもってないか。耳掻きの白いふわふわ。あれが20個ほどいるんだ」
「何言ってるの?」
「あれがなきゃ、火曜日と金曜日が入れ替わっちゃうんだよ!」
「酔ってるの?」
「ないならもういい!後32時間以内に手に入れなきゃならないんだ!」
カズはあっという間に去っていった。変な奴。明日殴ってやろうッと。


「おい、誰か!コーヒー豆を40gもってないか!やばいんだ、8月が消滅しちまう!」
「すいません、フライドチキンの骨だけが3ダースばかし必要なんですが・・・」
「マルボロメンソールの吸殻が89本ないと、1976年に時間が戻っちまうんだ!」


例えば、今日は時間がたつのが早いな、とか、昨日もこれ見たような、とか。
確かに買ったものが無くなっていたりとか。置いてた場所から何かが無くなっていたりとか。
そんな経験をしたら、すまん、それは俺のせいだ。
今はコツをまだ掴んでいないけど、慣れたらスムーズになると思う。
時間の管理って、結構難しいんだぜ。でも、すぐになれて見せるよ。
俺だって、消滅したくはないもんな。
ところであんた、キーボードのF3キーを持ってたらくれないかな。
あと1時間15分40秒以内に見つけないと、一週間が6日になってしまうんだよ。


END

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