ボーイその4(5~6停止目)

 

路地裏でMP3プレーヤーを拾った。
小振りでコンパクトながらも使いやすそうなデザイン。
フラッシュメモリタイプでバックライト付LCDディスプレイ。
見たことのない型で、メーカー名もなく怪しい限りではあったがそれはそれ。
好奇心から中を確認してみることにした。
ふむ。音質は悪くない。
流れる曲はクラシック・ジャズ。哀愁あるサキソフォンから始まり、
軽快で親しみやすいリズム・パターンへと引き継がれていく、だがしかし穏やかなメロディ。
曲名は「It stop time too.」
まさに時間さえも止めてしまうかのような、緩やかな流れと柔らかな雨をイメージさせるそれ。
その心地良いリズムはあっという間に終了した。
感覚ではなく、リアル。
実時間にしておよそ1分も経たないうちに終了する短い曲であったようだ。
次の曲はない。
このMP3プレーヤーは「It stop time too.」のためだけに存在するのだろう。
そんな錯覚すら覚えた――――が。
俺、ジャズに興味ないしね!
さっさと消去してアニソン専用プレーヤーとして有効利用させてもらうぜ!
ちょうどプレーヤー壊しちゃって新しいプレーヤー買いに行く途中だったしね。
拾得物は拾得者のもの。落とした人だって諦めているところさ!
やったね、トクしたぜー! 
「…………あの」
浮いた金で焼肉でも喰って帰ろーっと!
「……あのぅ」
叙々苑行って壷漬カルビ喰ってー、そのあとジョナサン行ってドリンクバーでも頼んでダラダラとジョースターコースでも満喫するか。
「……あのー」
あ、そうだ。なんかマンガでも買っていくかなー。
「あのッ!」
「うぉっ!」
びつくり。
声のするほうに向き直ってみれば――そこには黒いハイウエストワンピースなんかを着込んだちっこい少女。
ちっこいくせに胸だけが存在感デカい。うーむ、属性ロリ巨乳か。
そんな彼女に俺は自分を指差し、「俺を呼び止めたのですか?」というジェスチャー。
いや、さっきから「あの、あの」という声は聞こえていたのだが、
その声の主が女の子であることも容易に想像できたので、
よもや自分が呼び止められているのだとは思いもしませんでしたよHAHAHAHAHA!
「……?」
「…………」
少女は疑問符なんぞを浮かべ、俺はどうしたら良いのか判らず――互いに停止してしまう。
このまま停止しているのも収まりが悪い。

俺のジェスチャーが判り難かったのだろう、と勝手に結論。
「……俺になんか用?」
と再度、今度は声に出して問う。
すると彼女は
「あっ! えっ……そう、えっと――」
などと判り易いくらいに狼狽してくれた。
「えと、えと……えと――」
ふむ。俺はこう見えてもコールドリーディングのプロ。
こんな会話らしくない会話だけでも、彼女がなにを言わんとしているか理解できた。
「戌年だよ?」
「わん!」
「それじゃ」
犬の鳴き真似が出来て彼女は満足しただろう。俺はクールに去るぜ、アデュー。
「……じゃなくて、えと。その――まってください」
再び呼び止められる俺。
なんてこった!
「ダンスを希望かい?」
舞って下さい、などと言われたら日舞経験者の俺としては舞わぬワケに行くまい。
「あッ……その、違うんです。違います」
ふむ。俺は舞を辞め、再び停止。
困った。どうにも要領を得ない。
「えっと、その――」
言葉選びがうまくいかないのだろうか? 彼女はまだ言葉に詰まっているようだ。
俺如きにそんなモノ気にする必要は無いのに。あー、なんかムズ痒い。
俺はアタマを掻こうと、後頭部に手を――
「――――ッ!」
伸ばす。なぜか彼女がビクッと身体を強張らせて縮こまる。
必死に眼なんか閉じちゃって――と、ああ。
そうか。ここに来てようやく悟った。
彼女は小心者なのだ。
俺が手を上げたのを見て、反射的に殴られる、とか勘違いしたのだろう。
「……あの、アタマ掻こうとしただけだから」
とイイワケしておく。なんかイジめてるみたいな気分になるから。
「…………?」
彼女は恐る恐る、といったカンジで眼を開く。
あーあ、もう涙目になってんじゃん。
俺は非武装の証明、両手を開いた状態で肩の高さに固定をする。
「で、さ。なんか用?」
そして問う。彼女からのリアクションを待っているのは得策でないことに気がついたからだ。
「あの……あの……」
彼女は必要以上にびくびくしながら口を開く。
俺はうんうん、と頷きながら次の言葉を待つ。
「あいぽっど……みたいなの拾いませんでした?」
「拾ってません」
嘘だけど。即座に背を向けてダッシュでランナウェイ。
「あーーッ!」
彼女にしては珍しく、驚いたような声を――というか悲鳴だな、ありゃ。
「うわーん、待って。待って」
待たない。走りながら後方確認すると彼女は何故か両手を万歳した状態でトテトテと追い駆けてくるではないか。
つーか走り難くないか?
しかし俺も待つわけにはいかない。
拾ったものは俺のもの、落としたものは諦めろ、だ。
フラグ?
知ったこっちゃねぇよ! リアル世界ではそんなモン存在しねぇんだよ!
返したらそこでお終いだ。損するだけじゃねぇか。
と。
「……むぎゅっ!」
などと――珍妙な悲鳴が聞こえた。
今度は立ち止まって後方確認。
彼女が、転んでいた。

「大丈夫か?」
俺は逃げるのをやめ、転んだ彼女を起してやった。
喪男な俺はなかなかに不幸で哀れな存在だが、彼女ほど哀れを誘う存在も珍しい。
俺に情けを掛けられるほどだからな。
一方その哀れな彼女はと言えば――
転んだ際に打ち付けたのだろう。赤くなった鼻を押さえ、涙目になりつつも首肯。
大丈夫です、というジェスチャーなのだろうケド、全然大丈夫っぽくない。
「……えっとさー」
今度もまた、やはり俺から話かけるコトにする。
「キミが探してるのって、コレかな?」
と、さっき拾ったMP3プレーヤーを見せる。
「―――――ッ!」
彼女はまたまたビクッ、とナニカを察知した猫のように身体を強張らせ――
「あっ……それ、それ……探してた、私の……」
などとシドロモドロになって意思表示をした。
ただ「そうです」と言えばいいのに、
なんでたかだか四文字の発声が出来ないんだろう、この娘は。
「そうか、キミのか」
惜しいけど、なんか罪悪感あるし、返してやるか。
とは思ったけれどなんとなくイジワルしたくなった。
「欲しけりゃ自力で取り返しな!」
と叫び、猛ダッシュ! と見せかけて急停止。
「ッ! あ――――ッむぎゅ」
彼女は1メートル足らずの距離でまた転んだ。

二度目は我慢しきれなかったようだ。
泣き出しはしなかったものの、彼女の双眸からはぽろぽろと涙が零れている。
「…………」
さすがに悪いことをした気分になってくる。
「……大丈夫か?」
「…………」
彼女は鼻を押さえながらコクコクと頷き、肯定。
「返すわ」
と、MP3プレーヤーを彼女の手に。
「……あっ、ありが……ありッ……」
元々拾っただけだし、散々イジワルもした俺にお礼の言葉なんかいらないのに。
彼女はつっかえつっかえ「ありがとう」を言ってくれた。
「……ソレさ、大事なものなの?」
ふと気になって、問う。
見たことのないメーカー、見たことのない機種。
聞いたことのない短い曲が、ただ一曲だけ収められたMP3プレーヤー。
なにか、思い出の品物だったりするのだろうか?
「……お仕事に、使うものなんです」
彼女はそう言った。
しかし、なにがなんだかわからない。
「……仕事、に?」
音楽関係の業界人かナニカだったのだろうか?
「ええ。お仕事に、使うんです」
「例えば?」
「悪いこと、です」
…………は?
「この曲が流れている間、この曲を聞いている人以外はみんな時間が止まっちゃうんです」
…………はぁ?
「その止まった時間で悪いコトをするのが、私の――お仕事なんです」
……目眩が、した。

聞けば彼女は自分のコトを「悪魔」だと言う。
謎の老人だとか、死神だとか、神様だとか――出尽くした感があるけれど
ここに来て悪魔とは。「〜もしも時間を30秒止めれたら〜スレ」もそろそろネタ切れ感が否めない。
否、633-634のアイデア不足だろう。
まぁいいや。
つまり彼女の話を総括するとこうだ。
「It stop time too.」
つまりあの曲を聴いている間だけ、止まった時間の中で自由に動けるらしい。
曲の長さは丁度30秒。
そして、その間に出来るだけ悪いことをするのが――悪魔の仕事らしい。
「正確には……悪魔に昇任するための試験なんですけど」
彼女はそう付け加えた。
「……悪いことって、例えばどんなコトよ?
 言っちゃなんだけど、キミはそういうことに向いてない気がする」
と当然の疑問に、彼女は
「わッ、私は……私だって悪いコなんですよぅ!
 きっ……昨日の夜だって映らなくなったTVを不法投棄したりしました。
 時間止めててもどきどきでしたよ?」
「そっか。よかったな……」
「あと、あと……えと、そう!
 一昨日駅前でお蕎麦食べてた人、その人のお蕎麦に水を少し入れてぬるくしたりしたんですよ!?」
「……お前のいう悪事ってそんなもんか」
なんてセコい。
「えっ! だって……だって。
 うぅ……あとは、あとはー。
 お散歩中の飼い猫さんにお刺身をあげて贅沢させてみたりー」
「それって悪いことなのか?」
「なにを言うんですか。猫さんにお刺身とかあげちゃうと暫くはキャットフードとか見向きもしなくなっちゃうんですよ?
 家計が大ピンチ!」
「……あー」
「あっ! あと私、実は時間を止めなくても悪い子なんです」
「……なにが?」
「国民年金と保険料を払ってないんです!
 あと働いていません。ホラ、もう3つも国民の義務を果たしていない!」
 ……俺もだよ。つーか悪魔で国籍日本かよ。ワールドワイドだな、ニッポン。
「つーかさ、やっぱキミ、悪いことに向いてなくない?」
「―――――ッ!」
びくッ、と例によって硬直するように身体を強張らせる彼女。
そして、
「……悪いコだもん、私……悪いコだもん」
などと泣き出す始末。
あーもー、手に負えない。
そりゃあこんな小心者の娘だ。
『時を止めるアイテム』なしで悪事なんか働けたモンじゃないだろう。
そりゃあ必死になって取り返そうともするさ。
なんで悪魔なんかになりたがろうとしているのかは知らんケドさ。
…………。
……。
「なぁ」
「…………?」
涙目のまま俺を見詰め返す疑問符の彼女。
俺はそんな彼女に

「悪いことするの、手伝ってやろうか?」

そんな提案を持ちかけた。

「さて、ではまず悪とはなんたるか、をレクチャーしてやる!」
そう言うと俺は自称悪魔見習いの少女をビシィっと指差す。
彼女は例によってびくっ、と身体を硬直させた後、あたふたと
「えっ、あっ……よろ、よろしくお願いします」
たどたどしく頭を下げた。
うーん、なんだろう? ひどくこそばゆい。
「そうだな。まずはキミ――ってのもなんだ……取り敢えず名前を聞いておこうか」
「んッ……あ――ッ、その、その……桜咲、ささら……です」
ささらちゃん、ねぇ。
「……で、貴方のお名前は―――?」
「俺? 俺か――――そうだな、俺の名前なんかどうでもいいさ」
と、はぐらかす。いずれ悪魔になる(多分無理だろうケド)であろう女の子に
本名を教えたりするほど俺はバカではない。
「あの……じゃあ、なんとお呼びすれば――?」
「フッ……そうだな。D、若しくは『師匠』と呼べ!
 俺的にはDと呼んでくれたほうが嬉しい」
何故ならそのほうがカッコいいから。
「えっと、それじゃ……でー……んッ、んくッ。
 ……ししょー」
「…………」
Dの発音が上手く出来なかったのだろう。
ささらはノドを二〜三度鳴らし――やがて諦めたように、俺のことを『師匠』と呼んだ。

路傍で悪を語るのもなんだ。俺はささらを携えカラオケボックスに移動。
テーブルを挟みこむように座り、ドリンクをテキトーに注文。
ドリンクが届くのを待って準備完了!
「じゃあまずは七つの大罪を教えてやる!」
そんなワケでレクチャー開始。
よくよく考えたら仮にも悪魔候補生の彼女に
悪魔と比肩して語られる七つの大罪を教えるってのもアレかにゃー?
とか思っていたのだが。
「……なっ、ななつのたいざいってどう書くんですか、ししょー?」
と、ささらはテーブルにメモ帳広げて興味深々な御様子。
……本当に悪魔になる気あるのか、コイツ?
「うがーッ!」
わざとらしくメモ帳を奪い上げ、引き裂く俺。
「――――あッ! あぅー、なにするんですかー」
などと言ってくるささらに
「バカたれ! メモなんぞ取るな! やる気を見せるな!
 それこそが悪の第一歩だ!」
「あっ! えっ? え―――そ、そうだったんですか!」
まぁ、嘘ではない。流石、といった羨望の眼差しを受けつつレクチャー再開。
「……いいか、七つの大罪ってのはだな――――」
たしか、よく覚えていないが。
「キリスト教で定められた人間を罪悪に導く七つの感情や欲求のことだ」
「…………」
コクコクと頷き俺の曖昧な知識に聞き入るささら。
「つまり傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲――この七つを満たせば、
 キリスト教においては最低最悪の咎人、悪になれるということだ!」
「――――おぉ!」
ささらが得心した、と言わんばかりに歓声を上げる。
……デタラメなんだけどね。
しかしそんなことは言わないでおく。
折角「時を止める」能力を手に入れることが出来るチャンスなのだから。

「……ではまずひとつひとつ実践してみるとしよう。
 そうだな、アレを貸し給へ」
と、ささらに件のMP3プレーヤーを寄越すように促してみる。
「えっ? あっ、ハイ。どうぞッ、ししょー」
ささらは疑うこともなく俺にMP3プレーヤーを差し出す。
うーん。今更だけど、やっぱりこの娘、悪いことするのに向いてないよなぁ……。
まぁいいさ。
「これはささら――キミの話を信じるならば『時間を止める』ことが出来るアイテムなワケだ」
「はっ、はいぃッ!」
「まぁ、そう恐縮するな。
 時間を止める――これが何を意味するか判るかい?」
「えっ……えっと、えっと――人に、気付かれずに動けます……よね?」
「そうだ。それはつまり他人より圧倒的なアドバンテージを有していると言うことだ。
 それを自覚する。これだけでまずひとつ、傲慢を満たした」
「―――――!」
ささらは相変わらず、俺の言うことを鵜呑みにする。
眼をキラキラと輝かせて、流石ですししょー、を連呼。
「次に、だ。ささら。キミはココに来る途中、隣のボックスに誰が居たか――覚えているかい?」
「……えっと、たしか女の人がたくさんと――――男の人が居ました」
「そう!」
その通りだ! 俺が20年近い人生で今日初めて女の子(ささらのことだ)とカラオケボックスに来たってのに、
世界では隣の男のように複数対一のカラオケを日常的に楽しんでいる輩が存在するのだ!
許せたもんじゃねぇ!
「これで二つ目の大罪、嫉妬と同時に三つ目、憤怒を満たした!」
「……あ、あのぅ、ししょー」
「なんだッ!」
「……んゆッ」
大声で怒鳴ってしまったせいだろう。
ささらはまたしても妙な悲鳴とともに身を強張らせ、両手で頭を覆うようにして身構えた。
「……すまん」
一応謝っておこう。テンションが上がるとどうにも扱いが難しい。
「……いえ。大丈夫ですぅ。それよりも―――」
「うん?」
「なんで二つ目と三つ目が満たされたのか、よくわからないんですが……」
「…………」
説明するのは流石に憚られた――
「……そのうちお前にも理解できるようになる!」
――のでテキトーに誤魔化した。これも大罪・傲慢(プライド)だ。
それでもささらは「奥が深い」などと感心している様子。
……ホントに、なんつーか初心っていうか純真っていうか。
「で、だ。残るは怠惰、強欲、暴食、色欲の四つなワケだが――――」
「はいっ、ししょー」
「ここからは――コレを使って実践してみせる」

俺はヘッドホンを耳にあて――件のMP3プレーヤーを掲げて見せた。

再生、スタート。
流れる曲はクラシック・ジャズ。哀愁あるサキソフォンから始まり、
軽快で親しみやすいリズム・パターンへと引き継がれていく、だがしかし穏やかなメロディ。
曲名は「It stop time too.」
まさに時間さえも止めてしまうかのような、緩やかな流れと柔らかな雨をイメージさせるそれ。
ほんの数十分前に聴いたそれだが、今はさっきとは違った高揚に覚える。
何故なら、この曲。
この曲が流れている間、ささらのいうことが本当ならば――――
「時間が止まっている」
…………。
……事実、世界は停止していた。
「It stop time too.」以外の音は消え、ささらも疑問符を浮かべたまま停止している。
マジだ! マジで時間が止まっているぜ!
俺は
「ひゃっほーぅ!」
などと歓声をあげ、このボックスをあとに隣のボックスへと向かった。

悪いこと――七つの大罪を実践して見せるぜ!
隣のボックスに押し入り、数人の女に囲まれた身なりの良い男を視認。
まず怠惰。
メンドクセー! ラクしてー!
っつーワケで金ちょーだい。
次いで強欲!
俺はすばやく男の懐に手を突っ込み――――財布を抜き取る。
金だけ抜き取って財布を返す、なんて野暮なマネはしない。
強欲だから。あとメンドくさいし。強欲と怠惰を同時に満たす高等テク!
そして暴食!
テーブルの上に散らばったホットスナックの類を食い散らかす。
不味ッ! 所詮カラオケボックスの料理なんかレトルトがほとんどだしな!
でも残さない。暴食だから! 暴食と強欲を同時に満たす高等テク!
最後、色欲!
この女どもに淫らなコトを――――。
淫らな、ことを……。
時間がないので辞めた。


……女に囲まれるってのはある種の夢ではあるけど。
それなりの容姿が必要だよ。
俺は量より質を選ぶ。
ブス山デブ子さんやガリ原出歯美さん相手では食指が動かねー。
すばやくボックスを後にし――
――――部屋に戻るなりタイムアップ。
「んゅ? ししょー? 実践してくれるんじゃないんですか?」
『時を止められる』、その前提を知っていながら、
もうすでに実践してきたのだとは気が回らないのだろう。
無垢な笑顔でそんなコトを訊ねてくるささらを見て、俺は再認識。
女はやっぱり、量より質。
ささらを見てたせいか、ハードルが上がってしまったようだ。

あははっははっはは。
愉快だ。実に、面白い。
たった30秒。なのに無抵抗な人間はこんなにも――脆い。
俺の悪事に抵抗することすら出来ず、
しかもそれを悟ることも出来ない。
圧倒的を超えた、絶対的な優位。
ただそれだけのことなのに、こんなにもハイになる。
妙に高揚する気分を落ち着け――
「さて、と……」
俺は解説を始める。
「実はもう実践した」
「えっ? えっ、え? 全然気がつきませんでしたよ」
「……そりゃあ、時間止めたからな」
ささらは「ああ!」と手をぽんと叩く。
なんつーかなぁ、もうこの娘は。
「で、だ。怠惰、これは怠けたい、ラクしたいって感情のコトだ。
 怠惰に必要なモノはなんだと思う?」
「……ん、むぅ。えと――」
「わからないなら、保留」
「……うぅ、はい」
「で、次は強欲。つまり欲望は加速するってことだな。
 あらゆる罪悪感情すらもコレで加速する。
 もっともっと――――欲求に忠実でありたいと願うんだ」
例えば、行き過ぎて抑えきれなくなった願望のように。
「次、暴食」
「あ……あ、知って、ます。たくさん食べるーってことです、よね?」
言葉通り受けすぎ。でもまぁ、正解。
「そうだな。コレはたらふく喰えってことだけど、俺はもうひとつ意味があると思う。
 つまり、貪欲であれ――ってこと。満たされたらダメだ。
 常に餓えている。常になにかを求める。喰いながらも食を求めるように、
 与えられても手に入れても求め続けること。これが一番の罪悪だ」
ささらはコクコクと頷いてはいるが、本当に意味がわかっているのだろうか?
いいさ。俺は解説を続ける。

「で、俺がなにをやったのか――ってーと」
これだ、と懐から財布を取り出してみせる。
「さっき時間を止めて隣の部屋の男から失敬してきた。
 盗んだワケだ。十戒にも違反してるな。
 怠惰に必要なもの、その答えは金だ。
 とにかく、さして労せず金を手に入れる、イコール楽したいってコト。
 怠惰を満たした。一枚や二枚を抜くわけでもなく、全部を盗った。
 強欲を満たした。バレるワケねぇしな。傲慢も満たした。
 ははは、我ながらすげぇ悪だな」
自嘲。そんな俺に、ささらは
「だっ! ダメですよ! お金はダメです!
 盗られた人が困りますッ!」
なんて見当違いなコトを言ってくる。
「困らせることがイコールで悪いことだろうが」
「でっ、でもさすがにそれは……返さないとダメです」
……うーむ。困った娘だ。
困らせるコトがイコールで悪いことだと言った手前、困らせるな、とは言えないが。
「じゃあ取り引きするか?」
「……え?」
「キミが師匠である俺に逆らわなければ――返してもいい」
何故か、ドス黒い感情が芽生えた。
一度『悪いこと』をしてしまうと『悪いこと』に慣れてしまうのだろうか?
これが『強欲』ということなのか、それとも『暴食』なのか。
それとも彼女は俺に逆らえないと言う『傲慢』なのか、
この期に及んで綺麗事を言う彼女への『憤怒』?
だが、いいさ。『俺は彼女に悪をレクチャーしているんだ。』
考えることを放棄。『怠惰』。気にする必要は無い。
「それに――まだ、『色欲』は満たせていない」
「えと、あの……な、なに――を?」
「師匠という立場と取り引きという材料を利用して、
 弟子である少女に淫らなコトをしようとしている」
言いながら、俺はささらに身体を寄せ――――
「あっ……あのッ! だめ……ダメです」
抗議は無視しつつ、そのスカートの裾をゆっくりと捲り上げる。
「う……あぅ、だめ……」
「ダメだと言われても辞めないのが悪だ」
そう言うだけでささらの抵抗は弱くなる。
……ああ、もう。純粋すぎる。つくづく悪いコトには向いていない、と思う。

「……ぱんつ見えちゃうよ?」
「うっ……うぅ」
わざと羞恥を誘うように、ゆっくりと。
だがすでに太ももは俺の視線に晒されている。
「うゅっ……んぅ」
羞恥心と、師匠には逆らえない、という良識が鬩ぎあっているのだろう。
混乱したような顔のまま、その頬は真っ赤に染まっている。
師匠には逆らえない――そんな良識に縛られているうちは悪いことなんか出来ないよ。
そもそも『師匠』だなんて上辺だけの『言葉』だ。
俺はキミをいいように弄んでいるだけのクズなんだよ?
「……うっ、ひぅ」
もう泣いているのか――喘いでいるのかわからないような声が、どうにも――
俺の嗜虐心を擽る。
捲る。
やがて、彼女の下腹部を覆う白い布が眼に入る。
それでも、辞めない。
「はい、両手をあげてー」
「……だめ、あぅ。だ、めです……」
無視。
ハイウエストのワンピースだ。手を挙げたらそのまま一気に裸にされることくらいは理解できるのだろう。
オナカを抑えるようにして抵抗している。
「はい、両手を挙げて?」
俺は裾を引っ張りあげることで急かす。
しかし、弱くだが抵抗は止まない。
うーん、じれったい。
片手はスカートを掴んだまま、もう片方の手で。
音楽、再生。
流れる曲はクラシック・ジャズ。
もう三回目。感動はない。リズムを口ずさめる程度には――聞き慣れた。
「ふふふーん」
などと鼻歌を唄いながら。
抵抗のなくなったささらの両腕を万歳のカタチに固定し、ワンピースを腕の位置まで捲くり上げ、そのまま拘束具として巻きつけておく。
上下お揃いの白い下着が眼に染みる。
いまや拘束具と化したワンピースを片手で押さえるように――壁へ。
音楽終了。
「ぅんっ? あ、あぁ……やぁ」
流石に――コレは瞬間的に理解できたのか。
もはや泣く一歩手前のささらは必死に眼を閉じてイヤイヤと首を振っている。
「…………」
無視。
壁に押さえ付けられ、腕で吊るされた彼女はその肢体を隠すことすらままならない。
俺はゆっくりと――また羞恥を誘うためだ――胸元に顔を近づけ、
ワザと息を吐きかける。
「―――――ッ」
もう、声も出ないのだろうか?
開いた片手で、その華奢で小さな身体に似合わぬ胸を覆う布を剥ぎt

ガヅン。
と、頭頂部に衝撃。
「…………っ? ? ……?」
薄れ行く意識の中で――ワンピースから抜け落ちたささらの右腕右拳が。
俺の頭に直撃したのだと悟り、俺は意識とささらを手放した。

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