ボーイその1(2停止目)

 

俺には他人とは違う能力がある。
 
――――86400秒に一度、30秒間だけ、時間を止めることが出来る。
 
その異能を使うのは、実に220924826秒振りだった。
世界を掌握するに足るようにも思えたこの能力。
しかしそれを7年間も使わなかったことに理由があるわけではない。
なんてことはない。
思ったほど使い勝手が良くなかったから、に他ならない。
たかだか30秒程度、止めようが止めまいが俺の人生には何の影響もないことを悟ったのだ。
手に入る金には限度がある。誰かの意志を誘導するにも限度がある。
無論、そんなモノは能力の使い方にも拠るのだろうが、少なくとも俺には能力を使うに値するだけのリターンを得る方法を思いつけなかったのだ。
便利ではあった。だが、能力なんてものは意志の後押しをする技術に過ぎない。たとえそれがどんな能力であったとしても、だ。
この7年間。俺に意志はなかった。正確には生まれてから757296128秒、そのうちの19353600秒を除き――志向すべき思考すらもなく、ただ流されるままに生きていた。
……だけど。俺が生きるにはそれで充分すぎた。だから『時を止める』その能力は使う必要もなく、ただ漠然と、出来ることなら死ぬまで使うことなく一生を終えたいと。
そう思うようにすらなっていった。
そうだ。能力は分相応が相応しい。

それでも。
能力を知った当時。まだ高校生だった俺には意志があった。その能力の可能性に胸を躍らせて、色々な使い方を夢想して、実践して――虚しくなったものだった。
労せず万単位の金を手にしても、愛のない性欲を満たしても、安全な位置からの暴力で憂さを晴らしても、決して満たされることのない空疎な毎日。
埋められることのない心は伽藍堂のようで。
むしろ時を止めるたびに、心のスキ間が増えていくような錯覚に襲われ。
やがて、俺はその能力を行使することを忘れていった。
 
『喪之宮、君は他の男子とはどこか違うな』
 
俺――喪之宮喪介が、彼女――直江涼と友人のような関係になったのは、高校2年の夏、俺が能力を自覚してから39484809秒を経過した頃だった。
笑うことの少ない変わり者の少女の存在。それは入学当初から耳にしていたし、俺自身構内で彼女のその姿を見かけることもあった。
170センチに近い長身で、背に靡く長い髪は真っ直ぐに切り揃えられており、男性的にも見えるスタイルだが確かに女性の柔らかさと整然さを兼ね備えたそのスタイルに見惚れたことすらもあった。
その容貌は俺とは違い、美形で。にも関わらず冷たい印象を抱かせるのは、彼女がいつも何事にも無関心な無表情を装うからで。
近寄り難く、しかし頼りになる孤高の女性。それが教員、生徒を含めた彼女の評価だった。
彼女は傍目にも有能であった。ヒマを持て余すことで時間を費やす矛盾を抱えた俺とは違い、
頼まれごとに縁のあった彼女が手持ち無沙汰にしていた光景などは見たことがなかった。
無表情に、事務的に頼まれごとをこなして行く彼女に惹かれた理由。
それは、俺とは対照的であったから――だけだろうか?
違う。
これだけ頼りにされていながら、彼女は誰も寄せ付けず、いつも独りであったからだ。
面白くもなさそうに仕事をこなす彼女。
仮面のような顔で他人と接することで壁を作る彼女。
当時の俺はなにが楽しくて、あんな顔をしているのだろうと、不思議に思ったものだ。
彼女なら、彼女ほどの力量があるのならば。
それこそ誰からも頼りにされている現状だ。もっと楽しい人生を送れるだろうに――と。
気がつけば、彼女をなんとなく目で追う日々が続いた。

短い休み時間に、長い放課後に、そして俺自身が目にすることはなかったが、恐らくは朝早い時間にも。
長い渡り廊下で、狭い準備室で、そして俺自身は目にすることもなかったが、恐らくは校内の至る所でも。
教員や生徒からの頼まれごとに奔走し、しかし卆なくこなしていく彼女。
――――しかし決して忙しい姿は見せず、ともすれば優雅にさえ映るその姿。
そんな彼女を視線だけで、とは言え追い続けたのだ。
彼女を追う理由が『なんとなく』から『憧れゆえに』へと変化するのに、それほど時間は掛からなかった。
元々モテない俺だ。ストーカーの気質・素質を有していたのかもしれない。
しかし偶発的な『頼みごと』に忙殺される彼女の行動パターンを把握することは難しく、気がつけばいつしか俺は彼女を探してふらつくようにさえなっていた。
多忙な身の彼女と、閑散とした身の俺。
対極な二人。とはいえ回転比率の違う歯車でさえ、ふとしたことで噛み合ってしまうものだ。
その日、俺は彼女と接触する機会に邂逅した。
放課後。階段の昇りと降りとが交差する場所、踊り場。
そこで手摺り沿いに昇っていた俺と、手摺り沿いに降りてきた彼女が鉢合わせたのだ。
それだけならば何事もなく、どちらかがどちらかに道を譲り、すれ違うだけで終わった邂逅だ。しかし、彼女は例によって仕事の途中だったのだろう。
女の子の手には余るほどの量の資料を両手に――俺と鉢合わせた。
狭くなった視界と、出会い頭の曲がり角。
バランスを崩すには十分だった。階段を踏み外す彼女。転びこそはしなかったが、当然の如く手に持っていた資料は全て廊下に散らばった。
「…………」
呆然。
しかし彼女は、
「すまない。大丈夫だったか?」
と俺が先に謝るよりも早く――謝罪。
「……あ、あ――うん。大丈夫、だけど――」
まだ呆然覚めやらぬ俺はそんな間の抜けた返事をし、
しかし彼女は安心したように胸を撫で下ろし、そして即座に資料を拾い集める。
彼女が俺を咎めることはなかった。
確かに客観的に見て、どちらかに非があったわけでもなかった。
それでも、彼女は俺を心配し、自らの仕事として資料を拾い集めている。
……このまま。
このまま立ち去ったとしても、彼女は俺を恨むどころか、このアクシデント自体に不平を漏らすことさえしないだろう。
「…………」
屈む。俺もその場に屈んで、資料をひとつひとつ拾い集める。
彼女は俺に「手伝え」と言ったわけではなかった。
むしろ彼女ならば絶対に言わないであろうということを直感していた。
……それでも。
俺は彼女と一緒に資料を拾い集めることにした。
「手伝って――くれるのか?」
そんな俺に、彼女は不思議なイキモノを見た、といった顔で問い掛ける。
「……いや、俺のせいだし」
事実、俺があのタイミングでこの場所に居合わせなければ発生しなかった事故だ。
非はない。だが、原因は俺。
だから、ぼそりと答え、あとは黙々と拾い集める。
「しかし、君は君でなにか用事があるのだろう?
 これは私の仕事だ。君は自分の用事を優先しても――」
「……いや、俺どうせヒマだし」
そんな受け答えしか出来ない自分がイヤになったりもしたが、事実でもあるし、なにより下心を悟られたくはなかった。
彼女と時間を共有したかった、という下心を。
「……それに結構な量あるし。紙って意外と重いだろ?」
「男の教員はどうにもデリカシーに欠けるからな。
 自分と私を同列に考える。私は女で、しかもまだ未発達なのだ。
 なのに自分と同じだけの筋力があると勘違いをする」
続けて「こう見えても体力はないのだ」と呟く声が聞こえたが、恐らくはコンプレックス(十中八九身長だ)に直結する発言なのだろう。聞こえなかったことにした。

プリントの類がその大半を占めていたとは言え、二人がかりでもかなりの量。
黙々と拾い集めるだけでもかなりの時間を要する。そんな無言の空間に堪えかねたのだろうか?
彼女が、口を開いた。
「私は、よくこういう仕事を任される」
……知っている。だけども当たり障りのない台詞で誤魔化すことにした。
「君は、有能だから頼りがいがあるんだろう」
「私にしか出来ないことなどない。皆それを知っていて、だがそれでも私を頼りにしてしまうのだ」
それは独白――否、告白にすら聞こえた。だがそれすらも俺は、ずっと見てきたから、知っている。
だから、
「……イヤにならないのか?」
問う。
「仕方がないのだ」
彼女は、そう答えた。
「私にしか出来ないことなどない。だが、私ならば要領よく片付けられることは多い」
「いいように……使われているだけ、とか考えないのか?」
問う。当たり前の疑問。
しかし彼女は頭を振り、
「私だけが多忙なのではない。皆が皆、何かしらの役割を持って生まれ、育ち、生き、活動している」
そして「適材適所というのかな? いや、若干違うな。困ったな。上手く説明できるだけの語彙を持ち合わせてはいなかったようだ」と小さく呟き、
「まぁ、とにかく、だ。私に出来ると任された仕事ならば、それは私がこなすべき仕事なのだと、そう思う。
 それが信頼に応えるということで、私に与えられた『役割』を果たす、ということなのだと思う」
そう、繋げた。
「……しかし損な性格だと――我ながらそう思うよ。それでも……頼られるのは嫌いじゃない」
遠く、グラウンドから部活に勤しむ生徒たちの声が聞こえる。
それは青春の謳歌。
しかしこの校舎はまるでそれから隔離された空間のようで。
「だから、与えられた仕事は自分ひとりの力でこなしたいと思ってしまう」
彼女の告白を辛く、悲しく彩っていく。
「自分でも良くないとは思っているのだがな。
 どうにも変えられない。お陰で皆、近寄り難いのだろう」
――――あ。
ああ、そうなのか。
「こんな私だ。誰かに手伝ってもらおう、なんて考えたことはなかったし、皆もそれを察してくれていたようだ」
唐突に、悟った。いや。ようやく、と言うべきなのだろう。
彼女は与えられる仕事を自分ひとりでこなすことで、誰かに認められたかったのだ。
俺はそんな彼女から仕事を奪ったに等しい。
こんなことだから「空気が読めない」なんて言われるのだ。
それでも、彼女は。
こんな、俺に――
 
「手伝ってくれたのは、君が初めてだ。ありがとう」
 
そんな、ことばをくれたのだ。

拾い集めた資料。その一枚一枚を組み直し、資料室へと運ぶ途中。
「喪之宮、君は他の男子とはどこか違うな」
唐突に、彼女が話しかけてきた。
「……? な、なんで俺の名前を――?」
「私は全校生徒の名前と顔を一致させて覚えている」
「ま―――――ッ」
マジか!?
と、続ける予定だった。だがその必要はなかった。
彼女は、
「嘘だ」
と小さく、稚気を紡ぎ――笑ったのだ。
 
「…………」
 
――――笑った、のだ。
 
孤高の美女、などと揶揄された彼女。
美形ではあっても、可愛げとは無縁であると思っていた彼女。
だが、そんな彼女にも、
愛嬌があることを知った。
否。初めから、知っていた。誰もが、確信していたのだ。
彼女は笑うと、こんなにも愛しく、愛らしく、可愛い貌を見せるのだ――
 
と。
 
気がつくと、俺は時を止めていた。
 
ああ、さっきの瞬間――彼女がバランスを崩した瞬間に止めればよかったじゃないか。
と、思ったことすらどうでも良くなった。
 
見惚れたのだ。
凍りついた空間の中で、笑顔のままの彼女に。
眼鏡の奥で、細められた瞳に。照れたように、上気し仄かに染まった頬に。艶かしくやわらかく色づいた唇に。
――――はにかんだ、えがお。
触れることなく、ただ、その笑顔を眺め続けた。
ほんの30秒。だが、ほかの誰よりも、彼女自身よりも、長く――――
俺は彼女の笑顔を眺め続けた。
空疎で空虚だった俺の心。
そこが、真ん中からゆっくりとじんわりと暖かくなっていく錯覚。
 
――――満たされて、いく。
 
俺は、初めて満たされることを知った。
こんなにも愛しい人が居て。その人に感謝されることが。
関われたことが。ほんの少しだけでも交流できたことが。
こんなにも、嬉しいことだと知って。
その、暖かさに思わず泣きそうになった。
 
触れることは出来ない。
 
それは――触れれば壊れてしまうほどに、脆く儚い感情だったから。
 
だから、ただ、眺め続けた。そしてそれで満足だった。
 
……0
 
溶けた。
空間も、俺の心も。

しかし、俺はそのことに気付くことなく惚けるように彼女を見ていた。
『見られている』
そのことを認識したのだろう。
派手に赤く染まっていく彼女の顔を見て、それでも俺は彼女から目を逸らすことが出来なかった。
「ぎょ……凝視するなっ!」
珍しく狼狽し、慌てる彼女。その姿さえも、愛しい。
すごく、すごく愛しかった。
「私だって、その――異性に見詰められたら……照れるくらいのリアクションは起こす」
彼女はそんなカタイ物言いで、顔を真っ赤に染め、視線を逸らす。
もし、彼女が――30秒も見詰められていたのだと知ったら、どんな顔をするのだろう?
そんな想像がただ楽しくて、嬉しくて――
「……ふふ、あはははははははっ」
俺は、つい笑っていた。
本当に、楽しくて、嬉しくて。
心の底から、笑えていたんだ。
「……バカ」
俺の笑い声に、さらに照れたのだろうか?
彼女が小さく呟いたその言葉。その言葉でさえも温かく胸に染み込んできた。
……罅割れていた心に、染み込んできたんだ。
 
これが、俺が意志を持った瞬間。
この瞬間から先――19353600秒。俺の能力はすべて、彼女の笑顔を見ることだけに費やされたのだ。

それからも俺は彼女と交流のようなものを持とうとしてきた。
積極的ではなかった。直接的でもなかった。
 
――――私にしか出来ないことなどない。
 
それは彼女の言葉で、そして事実その通りで。
つまり。
彼女にしか出来ないことなどはないのだ。
彼女に与えられる仕事の多くは、俺にでも――無理をすれば、だが――こなせるものだった。
彼女の仕事を奪うようなことはしなかった。
それでも負担を軽くすることくらいはできる。
消極的に、間接的に。
先回りをして、雑用を引き受ける。
それが俺に出来る精一杯で。
いつしか俺は『校内のなんでも屋』とあだ名されるほどの地位に落ち着いた。
彼女とは違う。
俺のそれは紛うことなく『いいように使われている』ものだったが、
それでも。
それでも彼女の負担が軽くなるのなら、と思えば苦になるほどのものではなかった。
これが俺の望んだ彼女との交流。
そう。
それは、たしかに交流だったと思う。
傍目に見れば幻想や自惚れに近いものだろう。
相変わらず彼女は彼女で『頼まれごと』に奔走しているし、
校内で目が合うことがあっても会釈し、それを返すだけの――交わす言葉もない繋がりではあったけれども。
それは、たしかに交流だったのだ。
なぜなら――――俺の行為は、彼女に無自覚の変化を齎していたのだから。

校内では彼女に対する認識が変わり始めていた。
喜ばしいことだった。
彼女の周りにはいつも誰かしらの姿を見かけるようになった。
……喜ばしい、ことだった。
全てが俺の功績だとは思わなかった。
それでも俺のやったことが、してきたことが彼女に余裕を生んだのだ。
余裕さえあるのなら、最早彼女に孤高という仮面は必要なかった。
俺が回りくどく、時間をかけて剥ぎ取ったのだ。
短い休み時間に、長い放課後に、朝早い時間に。
長い渡り廊下で、狭い準備室で、校内の至る所で。
すれ違うとき、遠くから見かけたとき。
彼女はいつも笑顔だった。
そんな彼女を見かけるたびに俺は時間を止めて、その顔を、姿を眺め続けた。
人が何かしらの幸せを得るために生まれたのだというのなら。
きっと、俺はこうするために生まれてきたのだ。
 
俺は、それだけで満足していたはずだった。

時を止めることが出来ても、そんなものは永続しない。
 
流れることが正常なそれは、時に穏やかに、時に激しく。
確実なる正確さと無差別な公平さを以って、この世界あらゆるものに影響を及ぼす。
……俺に与えられた30秒だけが唯一の例外で。
恐らくは、時間から俺に対しての差別なのだろう。
特権、などではなかった。
時間を止めることで得られるものなどなかったのだから。
しかし与えられた境遇の中で幸せを見出す。
それは人間が人間たる所以。
苦痛や逆境を経ても、その果てに幸せを見出すことが出来るのなら。
それがどんなにささやかなものであったとしても、きっと掛け替えのないものなのだ、と誰かが言った。
意味を見出すことが大事なのだ。
 
俺は彼女の笑顔を見出した。
ささやかな。
本当にささやかな、幸せ。
 
それでも、そんなささやかなものさえ永続しない。
時間は、残酷に流れていく。

「残念なことだけれども」
それは卒業式の日。
「目立つ人間が攻撃されるのは――人間社会の中で当然のことだ」
俺はずぶ濡れだった。
「抵抗できないものへ繰り出されるそれをイジメという。
 抵抗しないものへ繰り出されるそれを嫌がらせという。
 本質は変わらないさ。
 それに……無意識の暴力というものだって存在するのだ」
俺の脇に転がるバケツ。髪から滴る汚水の匂い。
「これはイジメかな?
 いや、違う。嫌がらせ、と言うのだ。
 抵抗は出来たはずなのだから」
いつかの階段の踊り場。
『誰か』に命令されて上の階からバケツをひっくり返した肝井の姿はもう見えない。
時間を止める能力を以ってしても、悪意からは逃れることは出来なかったようだ。
汚水を被り、みっともなく尻餅をついている俺の背後で彼女は淡々と続ける。
「たとえば集団生活。多く――他人に合わせることの出来ない人間は排斥されるように出来ている」
「…………違う」
ショックだった。ただ、小さくそれを呟くことしか出来ないほどに。
俺はただ彼女の笑顔を見たかっただけなのに。それが、こんな――――
「違わないさ。人間とは本来そういうものなのだ。
 世界自体がそういうものなのだ。異質は排除される。
 異質を認めたら、自分の立場を脅かされる。
 ならば脅かされる前に原因自体に警告するのは当然のことだ」
「……違う」
もう一度、呟く。
「なにが違うものか?
 なぜ君はこんな目に遭っている?
 それすらもわからない君ではないだろう?」
……ああ、すべて知っている。
でもそれは俺の中で異質なのだ。
彼女の言うとおりだ。本心では認めている。
だから、認めない。
認めてしまったら俺は、俺の立場を脅かされる。
築き上げた幸せをブチ壊してしまうことになる。
だから、彼女の笑顔を見るためだけに使うと決めた能力を駆使してでも回避しようとしたのに。
 
なのに。
 
彼女の口は残酷な言葉を紡いだ。

考えてもいなかった。
そんなことがあるなんて513秒前まで、考えてもいなかった。
彼女の笑顔は等しく心温めるものだと思い込んでいた。
彼女が笑うことで、幸せになれるのは俺だけではないと思っていた。
俺はただ、彼女の笑顔を独占できる30秒を優越として。
それが絶対的なものであると思い込んでいただけだった。
 
2729秒前。
卒業式が終わった。
教室で談笑する者。惜別の言葉を交わす者。
それもやがて姿を消していく。
時間の経過とは失われていくことだ。
人影も疎らになった校舎。
そんな中で彼女だけが最後の最後まで相変わらずの後始末に追われていた。
そしてそれは17283504秒振りに彼女が一人になる瞬間でもあった。
 
考えてもいなかった。
気付くことすら、出来なかった。
談笑に混じって聞こえた卑劣な計画を聞くまでは。

「最後までアイツは優等生ぶっててヤなヤツだったねー」
「でも肝井なんかに任せて良かったの?
 逃げそうじゃん?」
「大丈夫だって。
 アタシたち肝井の弱み握ってるから。
 アイツはヘタレだけど、言われたことくらいはできるっしょ?」
 
少し考えれば、予測できたことだ。
なんでも完璧に出来る優等生を嫌う人種は存在する。
出来るものの理屈を、出来ないものは理解できないからだ。
理解できないもの。
それを排斥しようとするか、或いは憧れるか。
しかし羨望も欲望も願望も怨望もその意味に違いなどない。
尊い望みなんてない。
そこに貴賎はなく、望みは望んだだけで卑しいものだ。
俺は俺の欲のためだけに彼女の笑顔を望んだ。
あの女たちと同じ。
ただ、ベクトルが違っただけ。
望んだものが違っただけ。
俺もあの女たちも自分の欲を満たす材料として――彼女を選んだ。
だけど、あの女たちに彼女を選ばせたのは。
……俺の責任だった。

828秒。
校内を走り回った。
肝井、若しくは彼女を見つける必要があった。
あの女たちがなにを肝井に命令したのかはわからないが、
彼女がなにをされるのかがわからない以上、肝井を見つけることが優先だった。
彼女を見つけても対策なんかない。出来ない。
警告をするくらいしか出来ない。
だから、肝井を見つけることが優先だったはずだ。
 
25秒。
なのに、俺は彼女を追っていた。
彼女を目に留めたあの日から。
すれ違い損ねて、ぶつかってしまったあの日から。
見過ごすことが出来ずに、交叉してしまったあの日から。
俺は彼女を追っていた。
或いは、彼女に牽引されていたのかもしれない。
 
彼女を追うということ。
それはどこかへと誘ってくれるような錯覚で。
それでも彼女の背中は遠くに見えた。
遠く、小さく見えた。
 
廊下を突っ切り、階段の手摺りに掴まり、ブレーキ。
昇るべきか、降りるべきか。
迷い、ふと気付く。
 
ここはいつかの階段。
上はあの日の踊り場。
 
視線を上に……
 
彼女を、見つけた。

7秒。
呼び止めるべきか、迷った。
 
3秒。
音がした。バケツを蹴る音だ。
 
「―――――ッ!」
 
反射的に叫び、気がつくと彼女の目の前には宙を舞う水があった。
間に合わなかった。
……時間を止めても、彼女と水の間に割り込むくらいのことしか出来なかった。
 
30秒はあまりにも短かった。
3段飛ばしで階段を上っても、彼女の元へ辿り着くのに21秒。
そこからさらに階段を駆け上り、彼女と水の間に割り込むだけで10秒。
タイム・オーバー。
汚水を被り思わず倒れる最中でも。
庇いきれずに飛び散った水が、彼女のほうに飛ばないことだけを祈った。

「この事態について何故、こんなことが?
 ……などとは問わない」
 
気付かせるつもりはなかった。
本当は、彼女よりも先に肝井を見つけて。
肝井を止めて。
彼女には何も悟らせずに済ませるはずだった。
 
「残念なことだけれども。
 目立つ人間が攻撃されるのは――人間社会の中で当然のことだ」
 
彼女は知らなくていい。
自分が目立つことで疎まれているとか、自分を妬む人間がいるとか。
そういうことを知らずに高校生活を終えるべきだった。
 
「……違う」
 呟く。
「なにが違うものか?
 なぜ君はこんな目に遭っている?
 それすらもわからない君ではないだろう?」
 
わかるものか。
彼女は有能で。
笑うと可愛くて。
皆に好かれて。
快く学生生活を終えるべきだった。
 
「私は、妬まれ、疎まれ、嫉まれていた。
 気付いていないとでも思ったか?
 本来なら私が被るはずの害だ。
 それが君を巻き添えにした。
 そうでなければ説明など出来ないだろう!」
 
出来なかった。
それでも彼女が。
有能なことで妬まれたり、
可愛いことで疎まれたり、
好かれることで嫉まれたり。
そんなことはあってはいけないことだった。
だから。
 
「違う」
 
と、しか。
言えなかった。

「本当は、私だったのだろう?
 肝井が狙っていたのは」
「……違う。俺が、肝井とふざけてて――」
この期に及んで、俺はすべてを否定する嘘を吐き、頭を振った。
水が散る。
同時に怖気にも似た寒気すら覚えた。
「……そのままでは、風邪をひく」
気休めにもならないが、と彼女はハンカチを差し出し、俺の前に屈みこんだ。
「君は、嘘が下手だ」
「…………」
「階段の下に居たはずの君が、何故肝井とふざけていられる?
 何故、私の前に突然現れる?」
「…………」
「どうやって――などというのはさしたる問題ではないのだ。
 何故、私を庇った?」
「…………」
「……君は答えてはくれないのだな」
拗ねる子供。その頭を撫で宥めるように、彼女は俺の髪から水を拭き取っていく。
「仕方が無い。答えてくれる気になるまで、少しだけ語ろう」
彼女の手が、ハンカチ越しに俺の髪を、頬を、制服の肩口を撫でていく。
「いつかはこのくらいのことをされる。
 そんな予感はあった。
 そしてついさっき、だ」
バケツ一杯分の水。ハンカチはすぐに水を吸って重くなる。
「避けられる距離ではなかった。諦めがあった。
 同時に、確信もあった。
 ここで私がこの水を浴びることで、誰かが満足することもあるのだろう、と」
それは、彼女がその事実に気がついてしまったことのようで。
なんて――――重たい。
「それなのに階段の下に居たはずの君が、なぜか私の前に居た。
 そんなことはどうでもいい」
顔を上げることなんか出来なかった。
俺の情けない顔を彼女に見せることになるから。
――――彼女の顔を見ることになるから。
「どうやったのか、なんてことは意味がない。
 Howではない。Whyだ。
 なぜ、私の身代わりになるような真似を?」
それでも、冷たくそして汚れていくハンカチが彼女の顔のように思えて。
「……君じゃない。俺が狙われてた。君は……俺の巻き添えだよ」
「君は嘘が下手だ」
何度も何度も下手な嘘を繰り返した。
「私が気がついていないとでも思ったか?」
願望はあった。
気付いていて欲しくなかった。
「私は、目立ちすぎたようだ」
必要以上に目立たせたのは俺だ。
「私が目立つことで立場を脅かされる存在がいないとは限らない。
 ……私は、無意識のうちに彼ら――彼女ら、なのかな――に攻撃していたのだろう。
 存在自体が暴力、あるいは目の上の瘤、出る杭は打たれる……違うな。
 ――――目障り。そうだな、きっと目障りだったのだ、私は」
「違う!」
「……違うのなら、なぜ君は私を助けたのだ?」
「それは……」
「あのまま水を被っていても、それはただの事故だ。
 なのに、君は私を庇った」
「……俺の、せいだから」

彼女の笑顔は、等しく安らぐ癒しなどではなかったのだ。
彼女が笑顔になることで、それを疎ましく思う人間がいることを想像できなかった俺の責任。
彼女がまだ『孤高の美女』などと揶揄されていた頃。
彼女の『孤高の仮面』は疎まれないための自衛だったのだろう。
 
あの日。
孤高の仮面から覗いた笑顔を見つけてしまったから。
俺はその仮面を剥ぎ取りたくなった。
いつでも笑顔が見れるようにと、回りくどく、狡猾に。
ゆっくりと彼女の仮面を剥ぎ取って、一人で恍惚としていたのだ。
 
彼女の――無意識の自衛を奪ったのは俺。
だから、俺のせい。

我侭に、横暴に。自分の欲を満たすためだけに君を操作した。
いつでも笑っていられるように誘導した。
その笑顔がもたらしたもの。
 
庇いたくて庇ったわけじゃない。
本当はなかったことにしたかった。
でも、力不足で、及ばなくて。
こんな結果になった。
すぐに逃げ出せばよかった。
でも逃げられなかった。
水を被ったくらいで動けなくなるわけじゃない。
でも、逃げたあと、彼女が悲しそうな顔をするのが――なんとなく、理解できたから。
だから、逃げられなかった。
でも、それすらも「悲しい顔をさせたくない」という俺のエゴ。
褒められることなんか、なにもない。
感謝なんて、もってのほかだ。
それなのに。

「君に助けられたのは何度目だろうな?」
彼女は。
「私は凄く凄く助けられていた」
俺を、責めない。
「いつからだろうな?」
遠い遠い思い出。
「この踊り場で、資料を拾い集めるのを手伝ってもらったときだったろうか?
 私は君に愚痴を溢したはずだ」
あの日は何気ない下心で。
「正確には、君が私の愚痴を代弁してくれたのだ」
会話能力の無い俺が必死で考えた、デリカシーに欠ける話題。
「あの日、君が手伝ってくれなかったら。
 私の愚痴を代弁してくれなかったら。
 ―――私は、きっと歪んでいた」
それが、彼女にどれだけの救いになったと言うのだろう?
「見えなくなっていたのだ。
 ―――わからなく、なっていたのだ」
「…………」
「私は何のために生きているのか。
 私に与えられた役割が何なのか」
そんなもの、俺にだってわからない。
「今―――私がこうして妬まれているのも、嫉まれているのも、
 それはきっと君のせいなのだと思う。
 私は妬まれないよう、疎まれないように必死でやってきていたはずだったからな」
「…………」
「それでも今、私は笑えている。
 こうして――――笑えている」
 …………………………。
「笑うことが出来るのは君おかげだ」
 ……………………。
「疎まれてもいいと思える人が出来た。嫉まれようと譲れない想いが出来た」
 ………………。
「だから、笑っていられる。
 生きていくということは幸福なことばかりなどではないと知っていた。
 だが、生きていくに足る幸せがあると教えてくれたのは、君だった」
 …………。
「君が私に接してくれたこと。
 君が私のために――というのは自惚れかな?
 とにかく雑用を引き受けてくれたこと。
 君という存在を知ったこと。
 君のお陰で余裕が生まれた」
 ……。
「余裕がある、というのは素晴らしいことだな。
 世界が見違える。
 あらゆる位置にある輝きに目を向けることが出来る」
――――ああ。
「お陰で気がついた。
 眩しくて眩しくて目を逸らしてしまいたくなるほどに――輝いているものがあると」
俺の気持ちは綺麗なものではなかった。
自分の欲。それがただ、ささやかであっただけ。
欲は欲として肯定されるべきものではない。
「私は、いつか何かをされるだろうと予想していた。
 私から笑顔を奪おうとするものがいるであろうコトくらいは――容易に予測できた。
 だから、さっきのこともそれほどショックではない。
 それでも――――」
それでも。
「少なからず呆けてしまった原因は、だ。
 君が、来てくれるだろうという確信と――――君が、また守ってくれた現実があるからなのだ」

ああ。
俺が見たかったものは、決して否定されるものではなく。
決して汚されるべきものではないと。
胸を張れる。
だから。
「私は君とこうしていることに苦は無い。
 けれどもこのままだと君が風邪をひく」
今なら、答えられる気がした。
そんなこちらの心を見透かしたように、穏やかに問い掛けてくる。
「そろそろ、答えてくれるかな?
 君はなぜ、私のためにそこまで出来るのだ?」
しかし、やはり譲れないものもある。
 
「なぜ、私を庇った?」
 
あの時、なんと答えただろう。
ただ只管に「違う」と繰り返し、自分の力無さに悔しくて、情けなくて、泣いていただけのような気もする。
 
「君に感謝を述べることは出来る。
 だが、どうすれば君に受けた恩を返すことが出来る?」
「…………」
「私がなにを差し出しても君は受け取らないだろう」
受け取れる、ものか。
そんなことをされなくても。俺はすでに、キミからたくさんの物を貰っていた。
「……だから、今は言葉だけだ」
 
夕暮れ。
西向きの窓から赤い光が差し込む。
残照が色を奪う。
古惚けたように、色褪せたように、しかしそれは何よりも鮮やかに焼きついた――――
たったひとつの言葉。
彼女から貰ったものではなく、彼女から与えられたもの。
ずっと、欲しがっていた言葉だった。
金なんか。
快楽なんか。
時間を止める能力なんか、いらなかった。
ただひとこと。
それだけを欲しがっていた。
本心からのその言葉があれば。
俺はいつだって満たされることが出来たんだ。
 
「  ありがとう……私の、親友  」

220806845秒。
彼女と別れてから220806846秒が経過した。
絶えることなく、途切れることなく、ただ流れ続けた。
流されるままというのは、実に心地良い。
立場は変動する。肉体も変化する。
変わらないままのものなどなく、維持することに意味があるのなら、
毎日のようにネクタイを締めて出勤する日々も悪くはない。
苦痛がないのなら、それだけで充分だ。
輝きがなくとも、そこに意味があるのなら
 
28秒の遅れで電車に乗り遅れようとも
布団の中の30秒が名残惜しい朝でも
 
時を止める力は必要ない。
充分だ。
俺はこうして今日も目覚めることが出来ている。

休日。
久々に帰省をすることにした。
観たい映画があったのかもしれない。
なんとなく部屋には居たくなかっただけかも知れない。
覚えていない。
とにかく電車を乗り継ぎ、1時間。
改札を、抜けた。
そこは懐かしい街だった。
期待はなかった。
予感すらもなかった。
冬の空気は澄んでいて。
見上げる空を何処までも何処までも高く演出する。
演出された空間は広く、こんなに猥雑した駅前ですら孤独を覚えるほどに――――伽藍堂だった。
世界には俺独り。
そんな錯覚、そしてリアル。
それだけで充分だった。
今の俺には充分すぎる認識だった。
いっそこのまま帰ろうかとも、思った。
……そのとき。
 
唐突に、時が止まった――――

――――気が、した。

たった独りの、雑踏。
そんな空間で俺の意識を捉えて離さない存在感。
 
彼女が、居た。
 
長い髪は短く切り揃えられていた。フレームの細い眼鏡は、コンタクトレンズへと変わっていた。男性的なシルエットを擁していたそのスタイルは女性らしい柔らかさに覆われ、170センチに近い身長も、いまの俺からは儚げに見えるほどに華奢なものとして映り――
 
何故だか、泣きそうになった。
 
思い出とは違う姿なのに。
それでも彼女だと認識できてしまったことが、どうしようもなく胸を締め付けたから。
彼女は、変わっていた。
彼女は……変わって、いなかった。
 
やがて呆けるように立ち尽くす俺を見つけた彼女は。
いまだ脳裏に焼きついて離れない最後のあの笑顔で。
ゆっくりと俺に歩み寄り、「久しぶりだな」と。
――――変わらぬ口調で告げた。

俺は、なんと返事をしただろうか?
笑っていただろうか?
泣きそうな顔をしてはいなかっただろうか?
覚えていない。
 
 
「君は変わらないな。
 一目でわかった。
 変わらないことは悪いことではない。
 例えば性質、それは成長とともに失われていくものだ。
 個性は埋没し、理念は平凡化する。
 そんななかで『変わらない』ということは、実に素敵なことだとは思わないか――?」
 
彼女は、捲くし立てるように――喋り続ける。
ああ、彼女もまた変わっていなかったのだ。
――――それが、たとえ性質だけだとしても。

彼女の隣には、一人の男性が居た。
俺には決して辿り着くことの出来なかった位置。
……いや。辿り着くことを自ら拒否した位置。
 
物腰の柔らかそうな彼。彼女が一方的に俺への思い出などを語っている間も、ただ黙して彼女の周りを気にしている彼。
会話に割り込むようなことはなく、彼女への干渉もなく、ただ傍に寄り添うように立っているだけの、彼。
その理由は無関心などではなかった。
彼女を守っているのだと、理解できた。
稀に見せる彼女への表情。
眩しむような、微笑むような、笑顔。
どこか――俺に似ている、なんて思ったのは自惚れだろうか?
彼のほうばかりに向いている俺の視線に気がついたのだろう。
彼女が告げた言葉。
素直に――――

「……ああ、そういえば忘れていた。紹介する――――私の旦那だ」

 

祝福、出来ただろうか?
 
出来たに……決まっている。
彼女の笑顔を誰よりも長く見詰め続けてきた俺だ。
彼女の笑顔に、誰よりも早く気がついた俺だ。
彼女の笑顔を引き出すだけの交流をしてきた――俺だ。
 
彼女の……親友の……俺だ。
 
彼女の幸せを、心から祝福出来たに、決まっている。

再開は唐突で、別れはあっさりとしたものだった。
あの日――卒業式のあの日のような数奇的な会話もなく、笑顔もなく。
ただ、手を振って別れた――ような気がする。
覚えていない。
あの瞬間、時間を止めようか、とも考えた。
時間を止めて、彼女を奪い去ろうかと考えた。
彼女の隣にいる男を殴り殺そうかと考えた。
 
でも、出来なかった。
…………違う。
 
「意思を持って、やらなかった」
 
――――私に出来ると任された仕事ならば、それは私がこなすべき仕事なのだと、そう思う。
    それが信頼に応えるということで、私に与えられた『役割』を果たす、ということなのだと思う――――
 
いつか。遠い昔日の、彼女の言葉。
 
彼女から俺に与えられた仕事。
それは『親友である』ということだった。
それは俺がこなすべき仕事で。
親友であるということが、彼女の信頼に応えることで。
俺は、俺に与えられた役割を果たすために――――
 
「意志を持って……やらなかった」
 
英断にも思えた行為。
それは、正解だろうか?
不正解だろうか?
 
その答えはきっと時間だけが知っている。
いつか――絶え間なく流れ続けた果て。
流されるままに辿り着いた場所にある。
変わらないものなどない。
維持することに意味があるのなら――今は。

――――――220924826秒が経過した。
あの日、彼女と別れてから220924826秒。
今日、彼女と別れてから18070秒。
 
本当に彼女の親友であろうと決めた。
ならばもう、彼女に会うことは禁忌だ。
二度と憧れない、夢にも見ない。
対等な立場で、対等な関係であろうと願う。
だから、せめて。
1日――86400秒のどこにも存在しない30秒で、俺は彼女を想う。
存在してはいけない時間。存在してはいけない想い。
 
夜、布団に潜り、眠りに落ちるまでの――ほんの30秒。
 
1日――86400秒のどこにも存在しない30秒で、俺だけが彼女を想う。
誰よりも、誰よりも、強く。
――――彼女を想う。

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