790(42~43停止目)

止まる時

 うだるように暑い六月、地球温暖化とかいうのが
問題視されているからそれが、原因なのだろうか……。
その割に気象学者たちは、十数年ほど前まで皆、
口をそろえて地球は氷河期に向かっているので、
寒くなるという話をしていた。
そうなるとこの暑さは、なんなのか――。

 今日は昼までに授業が終わり、学校にいてもしょうがないので
早めに帰っていた「谷口尚也」はそんなくだらないことを考えていた。
彼は、やっとの思いで上り坂を自転車から降りずに登りきった。
後は、ただ降りるだけの道なので楽になったと思い。
自転車に少しだけ残っていた力で、勢いを与え、坂道へと入った。
 
 ペダルから足を外し、ただ地球の引力に身を任せて降っていく。
半袖から出ている腕の部分に風が当たって、
僕の気持ちを涼やかな気分にしてくれる。
歩道から降りて車道に出るが、後ろにも前にも車はなく、
無駄に税金を投入して作っただだっ広い道路が、
自分から漂う陰鬱な雰囲気を追っ払ってくれているかのようだった。
このままこの長い坂道を楽しんでいたかったが、進んでいくと商店街に差し掛かった。
流石に商店街には、まばらに人がいて、自転車から体を降ろし商店街を抜ける。
すると、この町の中心地、駅前に着く。中心地と言ってもそんなに大きな町であるわけでもなく。
大型スーパーが一、二軒どかどかと立っている以外に別段と目立つところはない。

僕は、いつもこの近くの人ごみが嫌なのでここから更に道を進んで行く。
少し進むと神崎川という川があって、ちょっと遠回りになるけど僕はいつも
この川沿いを自転車で走るのだ。
川沿いは、さっきまでとは打って変わってほとんど人がいないので好きだ。
それにここには、坂を下りるときに当たる爽快な風とは、別の爽快な風が吹く。
どういったら言いか、わからないけどこれが空気がおいしいって言葉なのかもしれない。

――そんな風に思ってたときだった。
急に肌寒い風が吹いてくる。今までの爽快とも言える風ではなく
僕みたいな陰鬱としたというかそんな風が吹いた。
僕は少し疑問に思いながら自転車を漕いでいく、
今度は無風の状態になりドンヨリとした感じになっていった。
と、目の前にジョギングをする格好をしたおじさんが見えてくる。
しかし、どこかおかしい?
なんというか、走る時の姿勢で静止している。
新しい健康法なんだろうか? 良く分からない。
川を見てみると川の流れも静止していた。
そうこうして、自転車を漕ぎ続けると川の流れが急に流れ始め、
おじさんは普通に動き始める
疲れているからなのかどうか分からないけど、
僕は産まれて初めて摩訶不思議な体験をした。

 両親は物心がついたときから共働きで、
別に誰もいない家に帰ることは変なことじゃなかった。
郵便受けを開けると飾り気のない茶封筒に僕の名前だけが書いてある封筒があり、
誰かのいたずらか。と思い家に入って自分の部屋で開けてみることにした。
封筒には剃刀とかそんないたずら目的のものは入ってなく
ただ、二枚の便箋が入っていた。

「プレゼントはどう?
面白かった?」

と書かれている紙と

「後五回」

と心持ち大きな字で一枚の紙にそれだけしか書かれていない紙が入っていた。
僕はこの時、悪戯にしては趣味が悪いななどと思いながら二つの紙を丸めてゴミ箱に放り投げた。

 

 翌日、家から学校間の往復作業。
日常の繰り返し。
最高に面白くない生活だ。
小学校の頃はまだ女の子ともしゃべっていたような感じだが
高校生になって一年、女の子とは事務的な会話しかせず、女友達0
それに男友達もそんなに多いわけでもなく
活発でない帰宅部の俺に憧れて告白をしてくるような後輩もいるわけなかった。
あの手紙から変わったと言うことは起きず、僕もあの手紙の事はほとんど忘れていた。

 ホントにくだらない英語の授業だ。
なんで、教科書に書いてあることを丸写しなくちゃいけない。
そんなものコピーを使えば簡単に済むじゃないか。それに授業と言っても
ただ答えを言ってるだけの授業。こんなの授業じゃないか、つまらない。
そんな風に思い、昼飯も食べて少し眠気が増していた僕は、机に体を伏せ寝る体勢を整えようとしていた。
 そのとき肘が当たり、消しゴムが床に転がっていく。
面倒だな。と思いながら体を折ると、先に僕の隣に座っている女の子が拾って僕に渡してくれた。
僕は、ありがとう。と言ったが。女の子はもう前を向いて答え合わせをしていた。
僕の声は聞こえたんだろうか。まぁどうでもいいか。
 
しかし、あまりクラスの女の子の事に興味はなかったがさっき拾ってくれた子は周りと
何か違う空気みたいなものをまとっていたと思う。
容姿は僕の直球ど真ん中の黒髪ストレートで童顔。更に小柄で胸も控えめ。
僕の理想が目の前にあると言った感じだ。
何故今まで気付かなかったのかと自分を疑いたくなるが、
女の子といっても高嶺の花にしか見えなかった僕にとっては、当たり前の事だったのかもしれない。
でも、まぁそんな僕も健全な男子な訳で、歳相応の欲求というかそういうのももっているわけで、
彼女のうなじが目に入り少し色っぽく見えただけだというのに、僕の気持ちは昂ぶるばかりで授業中、
目を閉じても寝ることは出来なかった。

 尚也の近くで女の子の友達らしき子が女の子のことを「さえこ」と言っているのが
彼の耳に入った。
机から身を起こし少しそわそわした感じで、数少ない友人に尚也は、
「さえこって誰?」と尋ねる。
友人はニタリと笑ってから
「高田小枝子だろ? お前クラスメイトなのに覚えてないのか最低だなぁ。」
と言い、いきなり近寄ってきて耳元で
「何? お前が女の子のことをきいてくるってことは……」と聞く。
尚也はどぎまぎしながら強く否定したが、友人のニタリとした顔が
元に戻ることはなかった。

 帰宅の道中上の空で、彼女の事が頭から離れないようだった。
そんな幸せというか平和な気分でいたが、郵便受けにまた昨日と
同じ茶封筒を見かけたとき
彼の頭の思考は一気に誰の嫌がらせだ? という疑問に
変わっていった。
そうして、部屋の中で封筒開けるとそこには
「たった30秒で何を掴むかは、
あなたの行動力次第です。
頑張ってください         」
と書かれた紙が一枚だけ入っていた。

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