554(42停止目)

砂海

外気の気温は40度を超え、呼吸をする度に喉の奥から鼻の中まで焼け付くような感覚に襲われる。
男は全身をすっぽりと黒の布で包み、足元はブーツ、手元はグローブという出で立ちで男は砂漠特有の細かい砂の上を一歩ずつ歩いていた。
男の眼前には砂と泥で形作られた街が迫ってきていた。男は歩みを止め、街を見つめると小さく安堵の溜め息をつくと再び歩みを進めた。
街の中へ入ると市場や商店が軒を連ね、静かな砂漠と比べ対照的なほど賑やかだった。
男は訳の分からない装飾品を持って声を掛けてくる親父を無視し、影のさす路地へと入っていく。先程まで歩いていた路地と比べて道幅が半分ほどで人通りはまばらだ。
男は3階建ての小さな建物の入り口をくぐる、ホコリの臭いが鼻孔を刺激した。中は小さなカウンターと小さな円卓と椅子がいくつかが乱雑に置かれてる程度。
「泊まるのかい?」
カウンターの奥に座っている白髪の老人が男に聞いた。
「…とりあえず1週間」
男がぶっきらぼうに答えると老人はくりっとした目で布とフードで覆われている男を見つめた。
「…キジンかい?」
老人が声のトーンを下げて男に聞いた。
「半端者だが」

男はそう言いながらフードから顔をのぞかせた。黒髪と金髪が入り混じった髪先が汗で微かに湿り、それと対照的に肌は乾いている。
「それじゃ、前金で一週間分貰おうかね」
男は胸元に手を入れ、小さな布袋を取り出すと中から銀貨をカウンターに並べた。老人は金額を確認すると壁に掛かっている鍵を男に手渡した。
「部屋は3階の突き当たり右だ」
男は部屋の位置を聞くと階段を登り始めた、3階に上がると廊下には小さな窓が開けられており外の景色がうかがえた。男は窓の位置を確認すると教えられた部屋の鍵を開け、中へ入っていった。
部屋はベッドと小さな円卓と椅子だけが置いてあるだけの簡素な部屋だった、大きめの窓の奥には砂色の街並みと青空が覗いて見えた。男は扉を後ろ手で閉めるとベッドに腰を下ろした。
ベッドは常人のそれよりも深く沈んだ、円卓の上には鉄製のポットとコップが置かれていた。男はコップに水を注ぐと一気に飲み干した。
男はベッドから立ち上がると体に巻いてある布を取り去り、グローブを外し、ブーツを脱いだ。普通ならそこにある筈の肌色の肌はなく、変わりに金属製の手足があらわになった。

男はブーツと脱いだ布を床に置き、グローブを円卓の上に置くとズボンの後ろポケットから小さな端末を取り出し、操作し始めた。
静かな部屋には男が耳に当てている端末からの呼び出し音だけが響いていた。
「やっほー!待ちくたびれたよ!」
静寂に満ちた部屋に明るい声が響いた。
「到着したぞ」
男は事務的に話し始める。
「思ったより早かったね、もっとゆっくりでも良かったのに」
「砂漠の中でゆっくりなんて出来るか」
端末の向こうからは笑い声が響いてくる、男は表情を変えないまま端末を耳から離した。
「君に働いて貰うのは明後日になるだろうから今は体を休めたりしなよ」
「分かった、また連絡する」

男は端末を操作すると円卓に置き、ベッドに体を預けた。

inserted by FC2 system