763(ゴメス)その1 (34停止目517)

 

朝、と呼ぶにはまだ暗く、夜、というには明るすぎる時間帯。
俺は、親の力も目覚ましの力を借りずに目を覚ました。
それはいいのだが、俺の枕元においてあった目覚まし時計は、どうやら電池が切れたらしく、
午前5時24分で止まってしまっていた。
今日は、吹奏楽部の演奏会があり、準備とか何とかで、学校に6時集合なのだ。
家から学校まで、自転車で20分かかる。
今の時間はわからないが、十分マズい時間であるのは確かだった。

俺は慌てて制服に着替えた後、昨日あれだけ起こしてくれと頼んだのに、忘れて寝ほうけてる親の寝室に向かって
「行ってきます!」
と叫んで、まだ薄暗い外へと出た。
時計の針は、5時26分をさしていた。
「・・・なんだ、まだ余裕あるじゃん。慌てて損した。」
とかぼやきつつ、俺は落ち着いて自転車の鍵をはずした。

清々しい明け方の空気。
この中途半端な地方都市に作られたこの大通りは、通勤時間になると、歩道を歩いていても自動車の出す
排気ガスが熱風とともに襲ってくる。
しかし、今の時間帯には、自動車は本当にまばらにしか走らない。
まだ開発の進んでいないこの地方都市の、まだ汚れていない新鮮な空気が俺を包み込む。

しばらく進むと、大通りと大通りの交差点に出くわす。
俺がわたろうとする方の信号は赤だった。
交差する方の信号は、ずっと青になっていた。
なのに、車一台走らない。
しかし、あの止まっている車、もうずっと赤信号なのに、よくじっとしてられるな・・・。
俺は痺れを切らし、赤信号で渡ってしまった。
どうせ誰も渡らないのなら、渡っても問題ないだろ?

家から出て15分。
もうそろそろ太陽が山の上から顔を出してもいいころなのに、一向に姿を見せない。
まぁ、そんな日もあるかと思いつつ坂道を登る。

俺は、登校前に遅刻か否かを毎日チェックする、学校近くの散髪屋にある時計を見た。
時計は、まだ5時25分を指していた。
俺は不思議な感覚に襲われる。
あの時計が止まっているのか、といえばそんなことはありえない。
あの散髪屋の主人はとても几帳面な性格で、時計は毎日秒単位であわせている。
もちろん、電池が切れる兆候くらいは察して取り替える。
散髪屋に何かあったのか?

そんなこんなで、坂道の頂上付近まで自転車をこぐ。
これが結構な運動になる。
俺はサドルから尻を離して、最後の関門、心臓破りの坂に挑む。
この坂は傾斜がかなりきつく、校内マラソン大会でここを走るときは本当に足がすすまなくなる。
この坂の道路わきには側溝があり、学校近くの家から生活廃水が流れている。

水は静止していた。

俺はそれを見て少しびっくりした。
が、「恐怖!!水が逆流する坂道!!」
とかいうネタを思い出す。
そうさ、きっとこの坂が心臓破りなのは見た目がすごいからで、遠近感とかを
全部取り除いたらきっと坂道じゃないんだろ。

そして、校門をくぐり、俺は自転車置き場へ向かう。
時計の針は5時25分をさしていた。
多分、この時間なら来てるのは2人か3人。
もしかしたら一番乗りかもしれない。
急いで集合場所である音楽準備室へと向かう。

「おはようござーまーす。」
俺は元気よく音楽準備室の扉を開けた。
音楽準備室には、吹奏楽部の顧問の杉村治夫先生と、部長の澤田直子がいた。
二人はキスをしていた。
おい、待て。
お前ら先生と生徒という関係だろ?
何だ、そのハレンチな醜態は!
というか、俺が入ってきたんだから、あわてて隠すくらいの事はしろよ!!

しかし、見せ付けるように彼らはキスを続けていた。
俺は二人に「お熱いでげすな。」
と茶化してやるが、彼らは一向にキスをやめない。
茶化すのがバカらしくなって、俺はクラリネットを準備する。

「フォーーーン」
と、独特の間の抜けた音を教室いっぱいに響かせる。
時計の針は5時25分をさしていた。
この時計も壊れてやがる。

しかし、今朝はホントに変な一日だったな。
目覚ましの電池は切れてるし、そのクセ自力で起きたし。
散髪屋の時計はぶっ壊れてるし。
信号もなんか壊れてたみたいだしな。
なんか心臓破りの坂の不思議も見つけたしな。
そして最後は、あの熱いキス!
ていうか俺なんて眼中にないってか?

ふと、ある予感が俺の頭をよぎる。
「これらの現象は、時間が止まっていて、俺だけがその停止した世界で
動いている」とすれば、全て説明がつく。
俺はもう一度時計を見た。
そういえば、散髪屋の時計も5時25分だった。
つまり、世界は今日の午前5時25分に止まったのだろう。

俺は準備室へ駆け込む。
杉村と澤田は相変わらずキスをしていた。
「おい、澤田!!」
俺は大声で叫ぶが、彼女は杉村治夫に夢中で、一向に振り向かない。
・・・やっぱりそうだ。
時間は、5時25分で止まっている。

俺は、小さいころに時間が止まれば、あれもできる、これもできると
妄想したことが良くあった。
中学に入って、性に目覚めると、時間が止まったあとの世界での妄想は
一気に汚らわしいものになる。
そして、高校に入ると、「時間が止まる」という概念そのものに疑念を感じる。
「時間が止まれば、自分、他人含めてそれ以上何も変化しえない。時間が止まったことにすら気づかないだろう。
つまり、時間をとめる行為には何も意味がない。」
しかし、現実に俺はその時間の止まった世界で活動している。
多分、時間が止まってしまったことは、俺以外の誰もきづいていない。
澤田と杉村は、キスをしたまんま、永遠の一瞬をすごすだろう。
いや、もしかしたら彼らは次の瞬間をすでに体験しているのかもしれない。
そんな中、俺だけがこの時間に取り残されてしまった。
永遠にして刹那の孤独。
俺は気が遠くなった。

普通にすごす分には、5分くらいが経過した
俺は、中学生のころに妄想したことを澤田に向かってする。
澤田は、ある校内美少女研究家の中でも1、2を争うくらいの美少女だ。
まずスカートめくって、体いろいろ触って、それから・・・。
澤田に体温はなかった。
虚しくなって、やめた。

10分、いや、20分経過しただろうか?
愛し合う二人は、キスをやめない。
俺の中で苛立ちが募っていた。
俺はとうとう抑えきれなくなって、杉村の足を蹴飛ばした。

 \\sokode sekai ha ugokidasu\\

杉村は、バランスを失ってすっこけた。
澤田は、俺が少しはだけさせたせいで、突然の出来事に驚愕した直後、自分の前をとっさに隠す。
杉村が、足を抑えながら慌てふためきながら、
「おい、お前!このことは誰にも言うなよ!わかったな!?」
とか叫ぶ。
澤田は、何がなんだかわからぬまま、前を隠してオロオロしていた。
俺はというと、永遠の孤独から抜け出した喜びで、なぜか目に涙を浮かべていた。
そんなことはおかまいなしに、杉村がまだ「誰にも言うな」と繰り返し言っていた。

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