331(43停止目)

カウンターウィッチプロジェクト

 俺は時を止める事が出来る。
 信じられないかもしれないが、全て現実だった。
時が止まるなんて常識じゃありえない事だが、
物心ついた時から俺は他人とは違う時間を生きてきた。
原理は全く分からない。だが、確実に意図すると時が止まる。
そして、その時の止まった世界を動く事が出来るのは俺だけだ。
だが、時を止められる時間は(止まった時の中で時間というのも変な話だが)
最も体調の良い時でも三十秒程度で、金を盗む程度にしか使えない。
物理法則の半歩外を歩く者、それが俺。
 一度は、この能力を糊口を凌ぐ為に使おうと考えたこともあるが、
世間というものは怖いもので、常識から離れた物を排他する。
手品師やスポーツマン、宗教家を志しても、鼻から才能の無く努力もしない俺は、
超能力の存在を認めない世間にはすぐ飽きられて、インチキ扱いされてしまった。
 そして学歴も無く、手に職も無い俺が日銭を稼いでいるのは──。
「だっ!」
 俺が振り上げた拳で頬を叩かれた大男が地面に倒れこんだ。
決して力強くは無い鈍らの拳だが、顔は倍に腫れ上がっている。
当然だ。止まった時の中でパンチングマシーンのごとく十発も叩き込んだのだから。
「また正志が勝った!」
「正志! 正志! 正志!」
「ストリートファイトの生んだ奇跡だ!」
 と皆が俺を褒め称え、周囲の取り巻きが盛り上がる。
BGMと歓声が絶えない薄暗い駐車場は熱気に包まれていた。
 ナレーターがボロボロのマイクを片手に解説し、
「あのモヤシのような貧弱な腕の何処にこんな力があるのか!
今夜も盛り上がって来ました! 正志選手十連勝! 快進撃は止まらない〜!」
 俺は空き缶の中に入れられた万札数枚を拾ってポケットに入れた。
今の俺はストリートファイターをしている。
俺の拳はプロの格闘技選手に比べたらゴミ同然だろう。
だが、俺は時と止めて回避し、棒立ちの相手を存分に殴れる。
街にたむろしてるだけの一般人に比べれば、神のように強い。
ここに来る連中の誰もがある程度、腕っ節に覚えのある連中といっても同じことだ。
そして、俺に殴られてもなまじダメージがないだけに、
何連勝しても俺への挑戦者が耐えることは無い。
 俺は半年以上、こういったところに入り浸っては稼いできた。
いつかはこんな生活にも終わりが来るだろう。
だが、盗みで稼ぐよりずっと安全で確実で、
英雄として称えられるのは何より居心地が良かった。

「ここのルールは?」
 トレンチコートにサングラス、マフラー、帽子。
こういう場所に小遣いを稼ぎに来るボクサー崩れの特徴だ。
プロへの道は険しいし、それ一本で食っていくことは難しいと聞く。
バイトをしながら細々と続けて自らの肉体の限界を知るというのも珍しくなく、
後に残るのは体力だけが取り柄の低学歴中年だ。
「最低掛け金は一万、最大は十万の同条件。ただし、正志だけは倍で受けてる」
 と、この場を取り仕切り、暴力団とも繋がりがある男が答え、
「基本はバーリ・トゥード(何でもあり、全ての格闘技での反則以外は全て可)
ただし、ここじゃグローブなんておやさしいものは無い。
あとは相手選手本人との交渉次第だな。
賭けの方を楽しみたいんなら向こうの受付でチップを買って」
「ふーん」
 と鼻を鳴らし、
「正志ってのはどいつ?」
 取り仕切っている男は俺を指差し、俺はサングラスの奥から覗く視線を感じた。
その男は俺のところまで歩き寄ると、
「俺の名前は岸田」
 と言い、サングラスと帽子を外し、
「岸田金太郎。お前、滅茶苦茶強いんだって?」
「それなりには」
 と俺は受け答えた。
「聞いた話じゃ、負けなしらしいじゃないか」
「たまには負けるよ」
「謙遜だな」
 と岸田と名乗った男は再び鼻を鳴らし、
「それにしたって、ぬるいと思わないか?」
「ん?」
 と俺は記憶を巡らし、
「最近のK−1の事か? 昨日なんて酷い試合だったな」
 と言った。ここにいる連中の殆どは井の中の蛙だ。
プロはぬるい、喧嘩こそ本物。それを口癖のように話す。
俺はどちらにも興味が無かったが、それにのるとすこぶる上手く良く。
中には犯罪者のような奴も(犯罪者そのものも)いたが、
数万の為に好き好んで殴り合う奴らやそれに賭ける奴の殆どは、
子供の頃のワンパクが忘れられない気の良い馬鹿ばかりだったからだ。
「違うよ」
 と岸田は笑い、俺に耳打ちすると、
「ここの試合さ」
「え?」
 俺は耳を疑った。そんな事を他の奴に聞かれたら半殺しにされるぞ!?

「笑っちゃうよな」
 と岸田は言い、
「こんな命のやり取りも無いおままごとで満足してるなんて」
「何が言いたいんだ?」
 と俺は言った。
「お前はどうかって事さ」
「俺?」
「こんなとこで燻ってて良いのか?
使えるんだろ?」
「何だって?」
 俺は深呼吸した。鼓動がBGMに合わせて加速してる。
「超能力だよ」
 と岸田の顔が緩み、
「他のファイトクラブだって、頭にいるのはだいたい使ってる」
「まさか」
 と俺はなるべく平静を装って答え、
「お前、頭おかしいんじゃないのか?
そんな非科学的なものを信じてるなんてな。
UFOがどうだこうだ御託を並べるつもりなら帰ってくれ。
俺はこれからもう一試合やって明日の家賃を稼がなきゃならないんだ」
 冷たい汗が首元に伝い、気持ち悪かった。
岸田はにやにや笑い、
「お前はどんな力が使えるんだ?」
「俺はジークンドーをベースに──」
「格闘技のスタイルじゃない。
能力の話だ。ベースはPKか? ESPか?」
 俺は咳き込んで、
「お前、病院行ったほうが良いぞ」
「おいおい、つれないな」
 二人の合間に白いスーツ姿の男がポマードの匂いを撒き散らしながら割って入り、
「ちょっといいかい?」
「はい?」
 俺は聞いた。
見たところ、どうみても暴力団関係者だ。
「俺の舎弟がこてんぱんにやられたって聞いたんで、
兄貴としていてもたってもいられなくてね」
 その男が指差した先には、のしたばかりの大男がいた。
 男は続ける。その度に嫌なくらい唾が飛んだ。
どうしてこいつは顔を近づけたがるんだ?
「いや、ルールってのはわかってるんだよ。
だから、おたくを袋にしようなんざ考えてねぇ」
 岸田が俺を見てにやにや笑っている。むかつく奴だ。
「それで、俺に何の用ですか?」
「試合をして貰いたい。勿論、サシで」
「良いですけど、掛け金は最低一万、最大──」
「最大十万」
 男はポケットから札束を出した。
「クール」
 俺は口笛をふいた。

 試合はいつも通りの形式で行われた。
ライトに照らされた二人の男と、それを取り囲む多数の観客。
床が揺れるぐらいのBGMを鳴らしているのは改造車。
俺は相変わらず酷く冴えない格好で、ADか何かといったところだろう。
相手の男も武器になりそうなアクセサリーを外しているものの、
当然、グローブもなければ審判もいない。
取り仕切るものはいるが、観客の総意と互いの誠意こそが審判だった。
 「初め!」
 という合図とともに、相手は構えた。
両手を開いているから、柔術か何かを使うのだろうか?
 俺はため息をついた。今日はかなりの回数、力を使っているから、
一度に止められるのは最大でも二秒か三秒だろう。
それも、一度使ってしまえば、俺の精神が安定するまでは再び使えない。
回復までの待ち時間も、使えば使うほど長くなるから、乱用は出来ない。
 俺は計画を立てた。どれだけずさんな計画でも、ないよりましだ。
攻撃を見定める。時を止める。カウンターを(何発も)叩き込んで勝利する。
単純だが、俺の王道パターンの中でも一番よく用いられている。
これの最大限の特徴は相手に先手を取らせたと思い込み、
観客には逆転劇を見せることで盛り上がるという点だ。
そうだ、これにしよう。俺は相手と距離を縮めた。
 相手は手を握ると左フックを出した。
奇妙な話だが、プロはストレートよりフックの方が速い。
対してアマチュアはフックよりストレートの方が速い。
つまり、こいつはある程度の心得があるということだ。
 俺は時を止めるとその下に潜り込んで相手の顎を強打した。
二発、三発、四発──。
 歓声が沸き起こる。相手のフックは空振り、意識を失った相手が倒れた。
観客全員がカウントをする。明らかに普通より遅い。
勝たせたい方を贔屓するのはストリートファイトの常だ。
しかし、その男が時間内に起き上がることは無かった。
打たれる際には覚悟が必要だ。
プロのパンチのトップスピードは視認してから回避するのは不可能。
しかし、意識することはでき、それで意識を繋ぎ止める。
だが、俺のパンチはあらゆる意味で回避も防御も不可能なのだから。
 やっとの事で起き上がったその男は、
「俺に勝つなんて大した奴だよ。おたく、名前は?」
「正志です」
 と俺は答え、苦笑いをした。
「正志か、良い名前だ。お前にその気があるなら親父に紹介してやるぞ。
遊びじゃない、もっと良い仕事の面倒を見てやる」
「機会があったら、お願いします」
 俺は金を拾い上げると、喧騒を後に円陣の外に向かった。

 岸田がそんな俺の肩を引っ張って、再び中に引き入れ、
「みんなー! 聞いてくれー!」
 かなりの大声だった。辺りが静まり返り、皆が敵意の目で新参者を見つめた。
「俺は岸田って名前だ! 元キックボクサーだが、生ぬるいルールに嫌気がさしてな!
今日から本物が集う、このストリートファイト界にデビューする!」
 半数の視線が温和になった。ここを賞賛する奴は良い奴。
八百長に入り浸ってるような腰抜けはプロ。それが彼らの判断だった。
「ここに三十万ある!」
 と岸田は札束をポケットから出すと、
「プロで勝った時のファイトマネーだが、こんなつまらん金は使っちまいたい。
あんなやらせ同然の試合じゃあ誇れたもんじゃないからな!
俺はこれからここのチャンピオン、正志に挑戦する!
勝てば九十万だ! ここにいる全員、俺の驕りで飲みに連れて行ってやるぞ!」
 全員から熱烈な歓迎の拍手が沸き起こった。
勝てるかどうかわからなくても、金の存在だけで盛り上がるものだ。
「岸田! 岸田! 岸田!」
「応援するぞー! 岸田ー!」
「俺はお前に賭けるぞ、勝てよ! 岸田ー!」
 岸田は落ち着くのを待って、
「ただ、一つだけ問題がある!
ここの最大掛け金が十万だってことだ!
だから、チャンピオンが受けてくれるかわからねぇ!
しかも、チャンピオンは連戦になる!
もし、チャンピオンが断ったとしても、それは仕方ないことだ!
卑怯でもなんでもないし、逃げでもなんでもない!
だが、みんなは試合を見たいよな!?」
 俺は岸田を後ろから殴り倒したい衝動に駆られた。
こいつは俺に絡んで何がしたいっていうんだ?
「受けろ、受けろ、受けろ!」
「ここで引き下がるなー!」
「正志ー! 男を見せろー!」
 怒声が沸きあがる。
 俺はすぐに退散したかったが、この世界ではナメられたら終わりだ。
下手をすると、明日から俺の席が無くなる。
 俺は腕を叩く掲げると、親指を立てた。
ストリートファイターで共通するイエスの合図だ。
元はコロシアムでグラディエーターが生かせ、の合図だったらしいが、
そんな昔のことを俺は知ったこっちゃなかった。

 

 遠方から響く換気扇の音すら聞こえてきそうな静寂だった。
俺は粗大ゴミと見違えそうな傷だらけのソファに横たわり、
腫れ上がった頬に氷と水の入ったビニル袋を宛がって、記憶を巻き戻した。
 全ては昨夜の事だ。
衆人環視の中で、俺は岸田と三メートル弱の距離を保ち、
試合中に決定打を叩き込むべく戦術を思案していた。
 岸田は背丈は俺と大差がないが、足が日本人離れしているほどに長い。
重心も後方へ位置し、蹴り技を繰り出してくるのは明白だ。
 俺は自分と相手の相違点を考え始める。勝っているのは何だ?
純粋な身体能力では太刀打ち出来ないだろう。では、どの面に勝機がある?
 能力──時間を停止させるという絶対的優位性──しかない。
岸田は俺の能力の存在について、ある程度のを知識を持ち合わせているようだった。
半信半疑かもしれないが、それでも俺が使う事を前提に、今も構えている事だろう。
単に使わせる事だけが目的か?
駄目だ。楽観すべきではない。常に最悪のケースを想定しなくては!
 もしかしたら、俺がこのような力を持ち合わせているのだから
別の人間が同様の能力を持っていてもおかしくない。
つまり、岸田も俺のように時を止められる?
 いや、これは考えにくい。奴は超能力としか呼ばなかった。
つまり、俺以外にも物理法則を無視できる人間はいるだろうし、
岸田も似たような力を使えるかもしれないが、
オカルト関係でも、時を止める能力なんて聞いたことも無い。
(使用者以外、近く出来ないから当たり前だろうか?)
何にしても、超能力として時間の停止が一般的である可能性は小さい。
 奴はPKとESPの二種を挙げていた。前者は念動力、後者は超知的感覚。
俺が岸田だったら、俺はどちらを使うと考えているだろう?
 結論が出ないままに、岸田が前に出た。
観客がどよめき、後退する俺に怒声を飛ばす。
 蹴りは射程が長く、破壊力も拳の比ではない。
より高度な技術が要求されるが、達人は密着した状態からでも、
ハイキックを命中させる事が出来るという。
(ストリートファイトでこの水準まで懸念することは無意味に近いが)
 俺は姿勢を低くした。時を止めて近付き、密着して顎に連打を入れてダウンさせる。
テンカウントの間に距離をとって能力の回復を待つ。そして、繰り返す。
疲労と興奮で脳が麻痺しつつある俺にとっては簡単だが実に素晴らしい計画に思えた。
「なるほど」
 と岸田は呟き、
「珍しいタイプだ」
「何だって?」
 と俺は尋ねた。
 BGMが空気を振動させる。俺達の会話は観客には聞こえないに違いない。
岸田は俺の目を見つめると、
「アポートとテレパシーが複雑に絡み合ってる」
 俺は流れ出る汗が運動によるものとは別のものである事に気付いた。凄く冷たい。
「最近はこの手のやつが多いな」
 と岸田は呟き続け、
「三十万の価値はあったかもしれない」
「お前、さっきから何言ってるんだ?」
 岸田が距離を詰めた。俺の後ろには観客がいる。後退は無い。
俺は時を止め──岸田が当然に後方へ飛んだ。
 次の瞬間には世界が凍結した。何一つ動かない。音も無く、光も無く、
完全に時間が停止して、そこの唯一の支配者であり時に支配される俺は孤独を味わった。
俺はカウントする。約二秒間。駄目だった。懐に入り込めない。
岸田まで距離があった。奴が後方へ飛んだ分、ほんの数十センチだけ余分に。
たったそれだけの距離がパンチを極めて浅い貧弱なものに変えた。

 俺は次の手を考えながら──時が動き出す。
岸田は転倒しながら蹴り上げてきた。俺も仰け反るが間に合わない。
時も止められない。全ての条件が揃って、下段から上段へ蹴りが直撃する。
「がっ」
 と俺は血を吐いた。口の中が切れたようだ。観客がどよめく。
だが、下半身が安定していない状態での空対空蹴りは必殺には程遠かった。
俺は脳震盪すら起こしていないし、意識的なダメージが抜けるのも早い。
一方で岸田は倒れたまま起き上がらずに、カウントをとられていた。
 カウントエイトで岸田は立ち上がり、服の埃を叩いた。
どうやら、行動のひとつひとつをきざに演出しないと気がすまないらしい。
「驚いたろ?」
 と岸田は言うと、
「どうして回避されたか分からないって顔してるぜ」
「ついてたんだろ」
 と俺は強がった。
「ついてたな」
 と岸田は口から血を吐くと、
「お前が」
「俺がついてたって?」
 俺は鼻で笑って、
「ダウン貰ったのはどっちだ」
「俺さ」
 と岸田はファイティングポーズを決めなおし、
「だが、もう次は無い」
 俺は自分の汗に驚きつつ、
「お互いな」
「お前にはもっと良い舞台がある」
 と岸田は目線を札の入った缶に向けて、
「住所を書いた紙を入れておいた。俺に勝てたら、来てもいいぞ」
「負ける気がさらさらないって顔してるけど、今に──」
 観客が騒ぎ始めた。
全員が分けの分からない事を言ってる。
「おい! ヘリか……?」
「何だ、ありゃあ。出入り口に変な連中が」
「マッポ(警察)じゃないだろうな」
「まさか、そりゃあ」
「表の様子がおかしいぞ」
 岸田は円陣から走り抜けて自分の荷物を拾い上げると、
「時間みたいだ」
 もう誰も試合を見ていない。俺は岸田に詰め寄り、
「ちょっと待てよ、試合はまだ終わってないぞ」
「お前の勝ちで良い、金はやる」
「そんな馬鹿な話があるか。観客が納得しない」
「すぐに忘れるさ、そんなことはな」
「え?」

 外からファイトクラブと化していた室内駐車場にガス弾が投げ込まれた。
 しゅぽん。軽快な音が木霊する。
 ガス弾は三度転がった後に周囲に煙を撒き散らしている。目が痛い。催涙ガスだ。
全員が逃げ惑う。俺は涙目の中で岸田を探したが、奴は姿を消していた。
 ガス弾の第二波がくる。窓という窓、戸という戸から飛んできた。
一発が改造車のフロントガラスに直撃して白い波紋が広がった。
 続けて、昆虫のような外見になったガスマスクを被った集団が現れた。
警察のSATなどの特殊部隊か何かにも見えたが、それらしき部隊章がない。
苦痛にのた打ち回る彼らは俺らには目もくれず、スコープやサイレンサー、
レーザーポインタなどを山ほどつけたサブマシンガンを構えて室内を徘徊した。
 四人編成一斑で五チームぐらいいただろうか?
朦朧とする記憶の中では正確にはわからない。
そして、彼らはガスの効果が切れる前に退散し、
後に残されたのは目を真っ赤にしたストリートファイターと、
運悪く巻き込まれた賭け目当ての不良達。
そして、疑問を残したまま眠れない夜を過ごした俺だった。
 今朝になってテレビをつけても、新聞を読んでも、
昨夜の事は何一つ乗っていない。
あれだけの事なのに、何だったんだ? 夢か?
 違う。俺の記憶だけは現実だった。
岸田と何か関係があるんだろうか?
 俺に残されたのは片手に握り締めた一枚の紙切れ。
 「これが俺をどこへ導いてくれるってんだ」
 俺は鼻で笑い、それが岸田の素振りに似ていたような気がして、もう一度笑った。

inserted by FC2 system