286その1(23停止目)

「はぁ、はぁ・・・・・」
「あれ、どうしたの?」
「韋駄天、お前足速すぎな、隣にいると思って横みたらいないんだもん。
この前だって、一緒に帰ってると思ったらいないし、鬼ごっこなんて
 絶対追いつけないし、明らかに取れない外野フライだって捕っちゃうんだからな。」
「外野フライはあれだよ、ボールが浮いたまんまだったんだって。」
「またバカみたいなこと言ってるだろ?そんなんだから今日の算数のテス・・」
「あ、それ以上言ったらアイス奢ってやらないからな!」
「はいはい・・・・・神社にかばん置いてアイス買いに行こうぜ!」
「うん!」

韋駄天ってのは僕のあだ名。半年ほど前からたまにそう呼ばれるようになったんだ。
韋駄天っていうのは足の速い人のことを言うんだってお父さんが言ってた。

「50m走凄かったよな。誰一人お前の走ったところみてないらしいしな。」

神社に戻る途中、ちょっととけかかったアイスをなめながら
僕たちはいつかの体育の時間のことを話し合った。

「あれは先生のはかり方がおかしかっただけだって絶対。」
「あのなぁ、14回も計りなおすことがあっていいと思うか?
 お前はなんか凄い能力とか持ってるんだよ、絶対!」

半年前の体育があった日のこと。その日は50m走のタイムをとる日だった。
走ることが大好きな僕にとっては、体育の時間こそが学校の全てだった。
体育の時間は六時間目で、給食の時間以外は全部寝て、来る体育の時間まで
万全の調子を保ってた。
走ることはよくあっても、計ることは年に一,二度あるかないか、今までの自己ベスト、7秒07を切るべく
あの時の僕は、ただ楽しみに体育の時間を待っていた。

そして、六時間目の体育の時間。
今僕たちの話のネタになっている、14回計り直しが起こったというわけだ。

語るたかしの顔はとても嬉しそうで、このことについて
凄い能力だなんて言ってくれていることがちょっと嬉しくて
まったく自覚がなくても、なんだかくすぐったい気持ちになる。だけどなぁ・・・・・

「あそこまでいったら怒るとかの問題じゃなくて呆れちゃうよ。
 あーあ、自己ベスト切れてたはずなのになぁ・・・・・・7秒の壁・・・・」
「そう落ち込むなよな、そういや今度の土曜日にあるみたいじゃん、50m走。」
「そうそう!今度こそはちゃんとしたタイムとってもらうんだからね!」

「じゃあ今やっとくか?・・・・練習に神社までひとっ走り!」
「それじゃあ明日のアイス賭けようよ。」

いつものパターンだ。今までの僕の戦績は32勝24敗。今日奢ったアイスはこれで負けたせいだ。
昨日は圧勝と気を抜いたのがだめだった。後ろ向いてたかしを挑発してたら
石につまずいて転んだのがまずかったなぁ・・・・・

「よし、ほんじゃ、お先〜♪」
「あ、ずるい!フライングだフライング!」
「ハンデだよハンデ!コレくらいねぇと面白くねぇだろ!」

出た、たかしのズル。僕はたかしより数秒出遅れてスタートを切ることになった。
あーだめだ、負けパターン・・・・僕のお小遣いが・・・・・。

鳥居がみえてきた、神社まであと少しだ。頑張って走ってはみたものの
もう、たかしの姿は見当たらなかった。ズルがあったにせよ最近速くなってきてるなぁ。

鳥居をくぐると次は長い階段、僕らの間では魔の階段として恐れられている。
この階段で勝負が逆転することがあるからまだ勝負は決まっていない・・・・って
言いたいんだけどなぁ、もう上りきったんだろうなぁ、たかし。

「256・・・・257・・・・・・258・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

息を切らしながら急いで階段を上る。ゆっくり上るのもいいけど
待たせるのもたかしに悪いし、それに少しでも遊ぶ時間がなくなるのがもったいない。

「・・・・よし、ついたぁ!」

汗でびちゃびちゃの顔を服で拭きながら、僕はその場にぐったり倒れこんだ。

「ズルなしだったらどうだろ、明日また頑張らなきゃなぁ。」

負けたにしろやっぱり競走は楽しい。いつ抜かれるか分からないゾクゾク感と
追い抜かれたあとのひやひや感、そして、追い抜いたときの爽快感・・・・

もうすぐニヤニヤした顔でたかしが僕のほうに近寄ってくるはずだ。






あれ?たかしがこない。

「お〜い、たかし〜!」

たかしを呼んでみる。すると、意外な方向からたかしの声が聞こえてきた。

「さすが、韋駄天・・・・・つか、いつの間に・・・・・俺、抜かれてるんだよ・・・・はぁ・・・はぁ・・・・」

階段を見下ろしてみるとそこにはバテバテのたかしがいた。

「はぁ、はぁ・・・・・」
「あれ、もう神社ついてたんじゃないの?」
「韋駄天、お前足速すぎな、後ろにいると思って振り返ってみたらいないんだもん。
この前だって、一緒に帰ってると思ったらいないし、鬼ごっこなんて・・・」
「分かった分かった、それさっきも言ってたって。」
「あーあ、そんなんだから今日の算数のテス・・」
「しつこい、もう!明日は絶対アイス奢ってもらうんだからな!」
「しかたねぇなぁ・・・ほんと、やれやれだぜ。」
「あ、そういえばジャンプみた?今週のクリリンがさ・・・・」

こうして僕たちの日常が過ぎていく。

僕が今まで起こしてきた韋駄天と呼ばれる"きっかけ"を自覚するのは
あと数ヶ月も先のことだった。〜糸冬〜

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