251(33停止目)

何処かの家の、何処かにあるパソコンのデジタル時計が、12:00を表示した。
 
 
ゴールデンウィーク、か・・・。
キーボードの上で急かしく転がしていた指を止め、余り口にする事のない言葉を呟く。
(もう一年経つのか、意外と早く感じるな。)
ディスプレイの横に置いてあるコップを手に取り、半分ほど残っている冷めたコーヒーをぐいっと飲み干す。
冷たい感覚が喉を通り、肺から空気が抜け心地が良い。
この日は、俺の親父が亡くなった日。
ロッカーに捨てられ、施設に預けられた俺を引き取ってくれた義理の親父の、一度目の命日。

椅子から腰を上げ、洗面台へ向かう。そこには、伸びきった髪に髭茫々の姿。
鏡に写った、見慣れたいつものブサイクな俺の顔。
鏡の下の台にあるボロボロになった歯ブラシを手に取り、乱暴に歯を磨いた。
軽くうがいをして、もう何年も着ているいつものコートを羽織りながら玄関へ向かう。
靴箱の上に置いてあったタワシをポケットに突っ込み、何年も履いてるいつものスニーカーに足を収める。
さっきまで使っていた機械の電源も落とさずに、戸締りもろくにせず家を出る。これも、いつものこと。

まだ冷たい風の吹きつける暗闇に、一人の男が歩き出す。

行き先は勿論、親父のとこ。

これから一年振りの、再会。

人の気配の無い、街頭に照らされた寂しい道。
二つ目の角を曲がり道路に出る。辺鄙な所なので、この時間になると車が通る事も少ない。
役目を失った信号の前に立ち【夜間専用押しボタン】に指を当てる。
渡ろうと思えば難なく渡れてしまうのだが、何故だか信号が青になるまで待った。待ちたい、気分だった。

道路を渡った先の自動販売機で、しわくちゃの千円札を入れる。親父の好きだったビールを二缶買った。
両方のポケットに腕ごと突っ込み、おつりも取らずにまた歩き出した。取る気力が、沸かない。


━━徒歩とは、不思議だ。無意識にしてても気が付けば目的地に着いている。そんな事が多い。
去年以来なのに道は鮮明に覚えていた。それだけ一年という時間が短かったのか。
確か・・・親父の墓は隅っ子だったな。       ・・・あれか。

「久し振り、糞親父。」

軽く会釈をしてから墓の前にあぐらをかいて座った。
ビールを二缶とも開けて、一缶を前に置く。

「乾杯」

自分の持っている缶を目の前の親父の缶にコツンと当てる。
男の頬に水が伝った。一年振りの、涙。

自分のビールを一気に飲み干す。もう泣いてはいない。
ポケットからタワシを取り出し、掃うように親父を磨いてやる。

磨き終わって使っていたタワシをその辺に投げた。そして、足元に気が付く。
暗くて良く見えなかったが、墓の前に見慣れない四角い"何かが"置いてある。
手に取ってみると、どうやら箱のようだ。まるで浦島太郎の玉手箱のような、そんな形。
蓋を紐で閉じてあって、両手に収まるくらいの小さな玉手箱。
そしてその紐と蓋の間に、小さな紙切れ。既に暗闇に慣れた目で広げると何か書いてある。

『誕生日、おめでとう。』

少し擦れてるが、確かにそう書いてあった。

(そういえば、今日は俺の誕生日か。)

すっかりと忘れていた事を思い出す。親父の命日と、一緒だったな。半ば自嘲的な笑みを浮かべる。
親父は、男がいい年になっても必ず毎年に『誕生日プレゼント』を渡してきた。
去年も息を引き取る前に渡してきたくらいだ。

そしてこれが、今年で最後の誕生日プレゼント。何だかひどく、遠い昔の様な懐かしさがした。

「じゃ、帰る。また来年な」

立ち上がり、箱を抱えて墓から遠ざかる。来た道を、戻る。
暗闇に寂しく光る自動販売機でまだ残っていたおつりを取り、赤のままの信号も無視して渡る。

帰路についた。

 
家に戻ると、すぐに男は汚い布団へと身体を沈める。
眠気が泥のように全身を覆う。抗う気力も無い。
そのまま、重い瞼を閉じた。まだあの箱を抱えたまま。

 
・ ・ ・

 
―――夢を見た気がする。遠い昔の懐かしい夢。
九歳の俺を引き取り、俺の右手を笑いながら引っ張っている。左利きだった親父のごつい手。
でも、顔が見えない。いや思い出せない。たった一年だと思ったのに。
一年は、そんなに長かったか。最も尊敬する人の顔を忘れるくらいの時間だったのか。

 
不意に鳥の囀りが耳を突付く。もう朝か。起きなきゃいけない。頭が俺に呼び掛ける。
寝起きなのにもう身体は覚めていて、瞼も軽い。
そして、視界に写る抱えていた箱。そういえばまだ開けてなかったな。

多少きつい紐を解き、子供に戻ったようなワクワクした感覚で箱を開ける。

 

そこには・・・

 

 

―――なにもはいっていなかった。

(最後まで、親父らしいな)

今まで、ろくなものを貰った試しが無い。
十歳の誕生日から渡された物は全部ガラクタとも言える物だった。

久し振りに出してみるか。何故だか、珍しくそんな気分になった。

押入れをから丁度腕いっぱいに収まる段ボールを降ろす。
その中には、金色のガラクタ。何かの玩具の一部とも言えるような、一つ一つが特異な形。
それが全部で計八つ収まっている。そして、去年貰ったネックレス。
今も首に掛けており、小さなゼンマイがついている。

何か、頭に引っかかる。焦りとも言える感覚。

ガラクタの入ったボール箱をひっくり返し、一つ一つを玉手箱に収めていった。
まるでパズルのような、そして本来あるべき場所に。手際良く八個のガラクタが綺麗に収まっていく。

やっぱりか。

数秒で完成した、本当の誕生日プレゼント。
金色のパズルの中心には小さな穴。
ネックレスについたゼンマイを、少し汗をかいた手で強く握り締める。心臓の高鳴りが聞こえる。
何かが起こる。頭が、脳が、感の全てが俺にそう告げている。

差し込み、回す。このただ単純な動作に全精神を賭けた。

 
カチャリ―――

 

 

静かに響く音。同時に空気が凍りついた様な、異質な感覚。

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